83 開幕

 また別の地点では、ガンが二人の敵と対峙していた。

 人工衛星サテライトで仲間たちの位置を確認するが、全員合流は厳しい程離れた位置に散らされている。つまり一人でやるしか無い訳だが。

 

「二対一だぜおチビちゃん! たっぷりねっとり可愛がってやるからなあ!」

「煩え170はある! チビではねえだろ!?」

「腕の変形とは……! とても興味深い、これは隅々まで解剖してあげないといけませんね……!」

「気持ち悪い奴しかいねえのか!?」

 

 敵が二人とも気持ち悪くて愕然とした。


「おいシェルヴィン! 解剖するならオレが楽しんだ後にしろよ!」

「大丈夫です解剖してもちゃんと治療して治してあげますからね。不死の魔法を掛けても良いです。そうしたら永遠に遊べますよレックス!」

「おお! それ良いな! それにしよう!」

「良かったですね、おチビさん。奴隷にはしますが死ななくて済みますよ。此方のレックスは男女問わず犯しながら破壊するのが大好きなんです。沢山気持ちよくなれますよ、良かったですね。 ねっ!」

「ブチ込んでる最中に手足握り潰すとさ、めちゃくちゃ締まるし痙攣して気持ちイイんだよな~! オレ今溜まってるから期待しててくれ! なっ!」


「喜ぶと思って言ってんのか!? 頭大丈夫か!?」


「私も普段はただの人間だったら実験してすぐ殺してしまうのですが、あなた方は特殊で研究し甲斐がありそうなので、不死にしてずうっっっと解剖したり実験してあげますからね。沢山知らない経験ができますよ、良かったですね。後でお仲間も生きていたら一緒にしてあげましょうね。 ねっ!」

「シェルヴィンの研究はまじで気持ち悪いから期待しててくれ! なっ!」


「やべえ言葉通じねえよ……! とりあえず死ねッッッ!」


 会話にならないというか豪速で投げられてくる球をキャッチしきれないし投げ返せない。キャッチボールを放棄して、早々にガンは二人目掛けて特大の熱弾を放った。過去に五人目が開幕に超遠距離で撃ってきたプラズマ砲位のやつだ。

 青白く爆ぜる熱量に一瞬で二人が飲み込まれ――――。


「やったか!?」

 

「ひゅー! 熱烈ゥ! おチビちゃんのイエス! 確かに受け取ったぜ!」

「待ちきれないんですか? 可愛いですねえ」


 熱の奔流が過ぎ去った後、二人は“無傷”で立っていた。シェルヴィンが杖を掲げ、防御結界を張っている。粘つく笑顔でレックスが戦斧を構えて前に出た。

 

「気持ち悪ィいいい――――ッッッ! もう喋んなッッッ!」


 攻撃が効かなかった事よりも、二人が気持ち悪過ぎて絶叫する。全身鳥肌の勢いまま、上空に三百を超える分離端末が召喚され、いつか獣の目を射抜いた時のよう一斉に熱源の光が点った。同時にレックスが疾駆、踏み込み眼前に迫り――こうしてなし崩し、火蓋が切って落とされた。



 * * *


 

「貴様は魔王か?」

「でしたら何か?」

「同じ魔王と見込んで話がしたい」

「話ですって……?」


 また更に別の地点。魔王イモルヴァスとカイが既に打ち合っていた。異形の槍と王錫のぶつかり合い。武芸ではカイの方が少し劣るようで、受け止め打ち返すものの後手に回ってしまっている。

 

「此処なら彼奴等に聞かれる事はあるまい。頼みがあるのだ」

「……?」

「加減はする。打ち合いながら聞いてくれ」


 彼奴等とは、恐らく勇者一行の事だろうか。魔王が周囲を気にするような素振りを見せる。カイは不審そうに眉間を寄せた。


「勇者達を見ただろう。あの、品性の欠片も無い下劣な者達を。我はもう耐えられぬのだ。彼奴等の仲間から抜けたいと思っている。助けてくれ」

「何を……! あなたが誘ったのでしょう!?」

「仕方が無かったのだ!」


 出力を上げれば王錫を打ち払う事が出来るだけの技量は感じる。だが、魔王はそれをしなかった。他に誰も聞かれぬよう声を潜めて、外から見ると“真面目に戦っている”かのように加減した打ち合いを続けている。

 

「勇者一人なら何とかなった。だが、多勢に無勢で敵わぬ盤面だったのだ。無謀に戦い滅ぼされ、臣下をいたずらに死なせるより、彼奴等に話を持ち掛け世界を二分した方がましだったのだ。貴様も魔王なら分かろう……!?」


 ギィンッ! ひときわ強く得物がぶつかり火花を散らす。ぎりぎりと拮抗したまま、双方顔が近付いた。


「そんな話を信じると……!? 一緒に世界を滅ぼしたのではないのですか!?」

「実際の様子を見たのか? 世界を面白半分に滅ぼしたのは勇者達だ。我の臣下と領地まで……! 我は止めたのだぞ……!」

「神を引き裂き力を奪った癖に……!?」

「世界が滅ぼされては、最早行く先も無いだろう……! 受け入れるしか!」


 何だこれは。罠だと思うが、最初の世界でどういう遣り取りがあったかの情報は無い。そしてこれが罠でないのだとしたら、数の不利を引っ繰り返せる可能性になる。疑いながらも打ち合いを続けるしかなかった。

 

「覇王の世界での暴挙については?」

「グランガルムを説得した事か? 世界は既に滅びかけていた。そのまま居座る訳にも行かぬし、アクウェルがグランガルムを誘おうと言ったのだ。奴は勇者達より幾分ましに思えた故、機を窺えば二人で離反できる可能性があると思った」

「死体から魔力を吸い上げた件については?」

「我とて力が必要だ! その事を知っているなら、我があの世界で誰も殺さなかった事も知っている筈だ……!」


 限りなく疑わしいが、否定もしきれない。


「証拠は?」

「我を助けてくれるなら、奪った神の力を返しても良い。それに、ほら――」


 ギィンッ! 何度目かの切り返し。魔王の槍が弾かれ手を離れる。回転し、背後に槍が落ちると同時、魔王が無手を見せる。


「――……」

「助けてくれ、頼む」

「助けるとは具体的には? それに神の力を返す方が先でしょう」


 王錫を魔王の喉元に突き付け、カイが難しい顔をする。非常にやりにくい。

 

「我は安住の地が欲しいだけだ。……貴様らは我らの討伐の為に別々の世界から神に召喚されたのか? それとも同じ世界から?」

「……出身はそれぞれ別の世界ですが、今は同じ世界で暮らす仲間です」

「そうか、では難しいか。貴様の世界に行ければと思ったのだが……」


 魔王の秀麗な顔が困った色を浮かべる。カイも困り果てた顔をした。


「……魔王だから、受け入れないという事は無いでしょう。そもそも私が魔王ですから。あなたが改心さえすれば、可能性は皆無では……」

「では、貴様から掛け合ってくれるか?」

「その前に、返すものがあるでしょう。私には時間が無いのです。私の仲間が二人掛かりで襲われている最中です。早く行かなくては」

「そう、そうだったな……」


 敵意は無い、と両手を広げて示した魔王が一歩下がる。


「信じて貰う為の証拠として、先に返そう」


 魔王が水面の如く自らの胸に手を入れ、心臓のような物を引き摺り出す。黒い宝石のような心臓の形に、弱々しく輝く光の宝石のようなものが融合している。強い魔力と強い神気を同時に感じる。間違いなくあれが神の一部だった。

 まただ。罠だと思っても、見守らざるを得ない。


「剥がすと強い神気が溢れる。貴様には辛いやもしれぬが耐えろよ」


 言いながら、魔王が宝石をふたつに剥がそうとし――言葉通り眩い光と共、魔力探知が効かぬ程の強い神気が辺りに溢れた。思わず目を細めた瞬間。



 ――――――どっ!



「ごぼっ、」

「………………ははっ」


 カイの胸を魔王の槍が貫いていた。恐らく強烈な神気を目くらましに、魔力で操り撃ち出した。やはり罠だった。だが言葉は出せず、代わりに鉄錆の味が喉からせり上がる。カイが胸元を押さえ、ごぼごぼと血を吐き出してよろめく。


「お人好しの魔王も居たものだ。お陰で聞きたい事は全て聞けた。感謝しよう」


 嘲る口調、侮蔑を隠さず嗤う顔。魔王が再び心臓をしまい、槍の柄を握った。


「最初の世界は未観測、次の世界は観測されている。恐らく今も。こんな場所で貴様らが暮らせる筈が無い、他に暮らす場所があるな? 覇王の世界の神の切れ端もそこか? 近いな、気配がするぞ。貴様を殺し、奪いに行こう」


 検証の為に第二の世界では大人しくしていた甲斐があったとばかり、魔王が一層悪辣に笑う。そのまま勢いよく槍を引き抜いた。黒ずんだ魔族の血が飛び散り、地面を汚す。


「――安住の地が欲しいのは本当だ。滅びた世界など要らぬ。我は我だけの世界が欲しいのよ。封じられるならば此処の、貴様らの世界を貰うとしよう」

「げほ……っ、」

「貴様の次は神の切れ端、次に勇者達を一人ずつ。神の力を奪って行けば、覇王を超える。さすれば阻むものは何も無い」

「…………しい、…… ね、 っ……!」

「うん?」


 血を吐き、たたらを踏みながらカイが王錫を付いて顔を上げる。


「小物の魔王、らしい……っ、遠大な……計画ですねと……言ったのです……!」

「まったく小物のやり口だろう? 勇者達を笑えんな! だが利用出来るものを利用して何が悪い? 貴様はその小物に殺されるのだ」

「いいえ……!」


 何度目か、血を吐き出し口を拭う。本当に失態だった。これ以上は許されない。


「――あなたが、此処で死ぬのです。私の手によって」

「ハッ……! では試そう」


 重傷を負ったカイを魔王が嘲笑う。槍を構えた。カイも細く息を吐き出し、王錫を構える。こうして、今度こそ本当の戦いが始まった。

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