82 分断

「リョウ! カイ!」

「私は大丈夫です!」

 

 戦闘機と箒のあるガンとベル以外が放り出され、自由落下を始める。慌ててガンが戦闘機を旋回させようとするが、それより早くカイが蝙蝠のような羽根を背から出した。カイがリョウの手を掴み、全員自由落下は防げたが。


「あなた達来るわよ……っ!」

「キャハッ! くそババアはこっちぃ~!」


 モニコが無詠唱で強大な火炎球を放つ。直径100mはあろうかという質量、咄嗟にベルが防御壁を張るが、勢いに圧され――変形しゆく戦場の方へと飲み込まれていく。その後を箒に跨ったモニコが追って行った。

 無彩色の瓦礫の塊が、巨大な掌のようにかしこから迫っている。ベルとモニコを飲み込んだ掌は拳を握り、それから転移するように消えてしまった。


「ベル!」

『ベルとモニコは離れた場所に転移しました! あの掌に飲み込まれると分断されますよ! 気を付けてください!』


 観測しているカピバラの神の念話が届く。


「ガンさんカイさん! 離れないようにしないと!」

「ガンナー! 此方へ!」

 

 残るは三対四。一応は想定内、この状態で時間が稼げれば何とかなるが分断されると拙い。一対二の組が出来てしまうと、各個撃破されていってしまう恐れがあった。


「レックス! シェルヴィン! 一番弱そうなとこから片付けていきな!」

「おうよ!」

「弱い者虐め、大好きです」

「殺すか奴隷! どっちかな!」


 リョウとカイの方へ近づく前に、シェルヴィンが生み出した巨大な球状の防護壁が戦闘機ごとガンを包んだ。


「……ッ!」

「ガンさん!」


 咄嗟、右腕を変形させ熱弾を撃ち出すが防御壁に罅が入る程度ですぐには破れない。そこへ、レックスが戦斧を構えて飛び込んでいった。


「オレ達と楽しもうぜ! おチビちゃんッッ!」

「くそが! リョウ、カイ! 任せとけッッ――――!」

 

 レックスが防御壁ごと、ガンを掌の方へ“打ち出し”た。そのままレックスとシェルヴィンが後を追い、三人が掌に飲み込まれて行く。ガンが二人へ残した言葉を最後に、掌が握られて此方も別の戦場へと消えていった。


「ガンさん……っ!」

「リョウ! よそ見している場合ではないです!」


 直後にアクウェルとイモルヴァスが得物を手に突っ込んできた。カイが王錫で受け止めるが、リョウを落とさぬよう片手が塞がっているため分が悪い。押し込まれ、吹き飛ばされる。


「ッッ……!」

「カイさん、離していいよ! 僕らそれぞれ役目を果たそう!」

「っ、はい……! 速やかに果たし、ガンナーを助けに向かいますよ!」


 吹き飛ばされながら手を離す。分離したそれぞれに、勇者と魔王が飛び掛かる。勇者は勇者と、魔王は魔王と、武器を合わせたまま――別の掌に飲み込まれていった。



 * * *


『ああっ、あああ……!』


 コントロールセンターで一人カピバラの神が慌てていた。全員が分断されてしまった。狼狽しながらモニターを増やし、各組の様子を確認する。全員が別々の離れた戦場で対峙、今にも戦闘が始まりそうだった。


『どうか、どうか、皆さん……!』


 ぶるぶる震え、祈るようにする背後で――どっと気配が溢れる。


『!?』

「モイッ、モイッモイイイモイッ……!」

「モイィィ!」


 心配で入り口から覗き込んでいた小人達の数がどんどん増え、増え過ぎた結果雪崩れ込んでしまったのだ。


『ああ、小さき者達……! 心配で見に来てしまったのですね。この場所までなら入って大丈夫ですよ、いらっしゃい……!』

「モイッモイッ」


 小人達が招きにモニターの方へと集まり、各地の戦場を見て目を丸くする。


『此処で一緒に応援しましょう。私達には応援する事しか出来ないのだから』


 共に戦えぬことが、彼らの助けになれぬ事がとても悔しい。その苦さを飲み込むようにして、カピバラの神はモニターに視線を戻した。ケンがグランガルムを倒してくれさえすれば、自分にもやれる事がある筈だ。



 * * *

 

「――名は?」

「ケン! 貴公のように大層な名は捨てた!」


 荒涼とした何処までも広がる無彩色の大地。妨げるものは何もない。立派な二騎が降り立って、対峙した。


「その威風。元は名のある王だろうに。何故捨てた」

「……ふん、“覇王”をするより“村長”をする方が楽しいからだ」


 物凄いケンのドヤ顔。現役の覇王の方は、恐らく村長の響きにだろう。呆れ果てた顔をした。


「村長……まったく理解出来んな」

「わはは! そうだろう。村人は俺を含めてたったの五人と小人が大勢だ。これからもっと発展していくがな」


 値踏みするようグランガルムが此方を見ている。ケンは何ら恥じるところは無いとばかりに、いつものように尊大にしていた。

 

「貴公も名乗って良いぞ。既に知っているが、名乗りは武人に必要であろう」

おれはグランガルム。滅びた世界の覇王だ」

「滅ぼした、の間違いだろう?」

「はは……」


 ケンが皮肉気に笑う。覇王も笑った。


「この先も滅ぼしていく予定だ。付き従う気は?」

「無いな。在り得ぬ事だが、貴公が俺を降したら考えてやっても良い」

「では、そのように。お前が降れば、封印されたとて破れよう」

「俺はお前を滅ぼすぞ。奪った神の力、返して貰う」


 封印。流石九割神の力を奪っただけはある。他の五人よりずっと察しが良いようだった。否、自分でも思いつく事だから単に察しただけかもしれない。まあどちらでも良い。覇王が切っ先をケンに向け、ケンも大剣を引き抜いた。


「では」

「参る――――!」


 瞬く間の接近。激突。

 覇王と村長の戦いが始まった。



 * * *


 

「聞いてはいたけど何て品性の無い魔法を使うのかしらね!」

「はァア? 競り負けた負け惜しみ? だっさ!」


 別地点。箒に乗った魔女達が対峙していた。


「魔法だけじゃないわ! 箒の乗り方も無様! そんな乗り方をして良いのは見習いか乳臭いガキだけ! 直した方がよくってよ!」

「何言ってんの! 今はこっちのが可愛くてトレンドだし! ババアだから知らないの~!? それともアソコが腐って跨れないのかしらぁ~!」


 可愛らしく箒に跨るモニコと、優雅に箒に横座りをするベル。男達が居たらうんざりしそうな汚い舌戦が始まっている。


「大体あなたねえ――……」


 呆れ返って通り越し哀れむような顔で、ベルが袖から煙管を取り出し煙を吐き出す。煙が蝶々の形を作って金の光を辺りにまぶしていく。


「実年齢が何歳か知らないけど、何よその見た目。センス無さ過ぎじゃない? 桃髪に清楚系って! どうせつるぺたかロリ巨乳でしょ! どう見てもビッチ! 何処狙いなの? それとも“わからせ”を期待してそういう仕様なの!? 恥を知りなさいよ恥を!」

「キーッ! むかつく! アクウェルは可愛いって言ってくれるもん! シェルヴィンだってつるぺたは至高って言ってくれるもん! それにあんたに言われたくないわよっ! 何よその爆乳! 弄ったでしょう! 絶対弄った! キッショ! 乳弄る暇があるなら顔中の皺とたるんだ首を直したらぁ~!?」


 ベルがきょとんとする。


「この乳は自前だけど? ああ、若さが無いと男にちやほやされないなんて可哀相! 中身がスカスカだって自ら暴露してるようなものだわ! わたくしはもうそんな事しなくったって、素敵な殿方に愛されてるから~!」


 ベルがオホホと高笑いをする。舌戦ではベルの方が有利なようだった。モニコが歯を食い縛り、怒りでわなわなと震えている。


「…………の、……ババア……ッッ! ブッ殺す…………ッッッ!」


 モニコの絶叫と共に、周囲に幾重の火炎球が浮かび上がった。先程の火炎球よりずっと大きい、小さな太陽のような剣呑な魔法が幾つも。


「細胞の欠片も残さず死ねッッッ――――!」


 ベルへと一斉放たれる。女と女の戦いが始まった。

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