81 対面

 息は出来る。地に足は着いている。重力はある。

 無彩色の、荒涼とした大地の上に立っている。

 風は無く、何も動くものは無い。上手く言えないが、最低限の機能以外の全てが停まっている感覚があった。

 

「此処が戦場……」

「いつ凶兆達が来るか分かんねえぞ、準備しとけ」


 ガンがすぐさま空へと掌を向け、最強装備を呼び出している。眸に灯った光が強く明滅し、葉脈状の淡光の筋が指先から目の周りから広がり皮膚を侵食していった。いつもは見られたくなくて別の場所で行っていたが、今回そんな余裕は無い。

 この戦場で出せるのか不安だったが、意外と普通に出す事が出来た。目視では星と見まごう上空に人工衛星サテライトが現れる。


「…………変な空間だな」


 急速起動からの観測開始。すぐに戦場に対する感想が零れた。


「やはり普通の世界とは違うか?」

「今おれ達は謎空間に浮かんだでかい大陸の上に立ってる感じだ。丸い星の上じゃない。これが言ってた世界の残骸って事なんだろうな。そういうのが幾つも浮かんで、果てが見えない。だが重力はある。そういう設定で作ったんだろう」

『その通りです。空気や重力、生物が活動する上で最低限必要なものは各残骸から発生しています。離れすぎると――今まで居た世界の星と同じく、大気圏までの距離を越えると宇宙空間になっていると考えて下さい』

「おお、カピバラの神の声は此処まで届くのだな。了解した」

 

 不意にカピバラの神の声が頭に響いた。離れた際の中継も、このように行ってくれるという事だろう。ケンがオルニットを呼び出し跨る。ガンも戦闘機を呼び出し飛び乗った。――――その直後、全員に悪寒が走った。


『皆さん! 凶兆達が到着します! 備えて下さい!』


 魔力が無くとも肌で感じる、嫌な力の気配。カピバラの神の声が重なり、目の前の空間に断裂が走った。裂け目から黒い靄が溢れ、どんどん押し広げられ、奥に複数の気配。気配が此方へ近付いてくる。


「あっれ? まーた滅んだ世界かよ! つっまんねえの!」


 若々しい青年の声。裂け目を潜り、一人目が姿を現した。洒落た金髪、美しく整った顔立ち。美麗な鎧にマントを羽織り、腰に帯剣している。恐らく彼が勇者アクウェルだろう。踏み入った瞬間、世界の様子につまらなそうな顔をしたが、すぐに此方に気付く。


「…………っれ、」

「オレ溜まってんのに! 金玉爆発しちま――……っと、居るじゃねえか」


 アクウェルの後ろから、もう一人姿を現した。勇者と同じく年若いが、ケンと同じかそれ以上の筋肉質の大男だ。重戦士らしい甲冑と巨大な戦斧を背負っているから、これが戦士レックスだろう。世界の様子に不満を垂れていたが、此方に気付いた瞬間野卑な笑顔を浮かべる。


「ちょっとぉ! レックス邪魔~! 後がつかえてるんだからっ!」

「おお、悪いな!」


 更に後ろ、レックスを退かせるようにして小柄な少女が姿を現した。桃色の髪に清楚な美貌。所謂甘ロリといわれるフリルとリボンの沢山ついたパステルカラーのドレスを纏っている。彼女は魔法使いモニコだろう。世界の様子はそっちのけ、此方に気付くとけらけらと笑い始める。


「なぁに~? 臭いと思ったらなんか年寄りが沢山居るんだけどぉ~!」

「こらこら。失礼ですよ、モニコ。我々の玩具になって下さるのだから、現地の方には感謝の気持ちで接しないと」


 モニコの後ろから僧服を着た男が現れた。勇者らと同じく年若い。見た目も物腰も温和そうだが、僧服には返り血が目立ち、まず台詞がおかしい。僧侶シェルヴィンで間違いないだろう。此方の方をねっとりと値踏みするように観察している。


「――――何を詰まっている。邪魔だ、退け」

「あん! モルモルったら乱暴なんだからぁ!」


 モニコごとシェルヴィンを押し退け、異形の槍を背負い漆黒の鎧を纏った男が現れた。見た目の年頃は勇者らと同程度。凍り付くような美貌に、カイと同じく青白い肌、尖った耳、一対の角を持ち一目で魔族と知れた。これが魔王イモルヴァスだろう。此方に気付くと怪訝な顔をした後で、酷く侮蔑的な視線を投げてくる。

 

「ははぁ、前評判通りの者らだなあ」

「思ったより若っか! って思ったけどそうだよね、最初の魔王討伐パーティーって事はあの位だよね……」

「あいつ金玉爆発すんのか? やばくねえ?」

「見た瞬間に、嗚呼この方達は悪なんだなあと分かるのは逆に凄いですね……」

「出たわよぶりっ子メスガキタイプ。あなた達覚えておきなさい、ああいうタイプの魔女がいっっっちばん性格悪くて性根もゲロカスなんだから! ああ臭い。鼻が曲がるわ! ゲロカス魔女のドブカス臭が此処まで漂ってくる!」


「ちょっとそこのババアァアァァ――――! あたしに喧嘩売ってるの!?」


 口々に感想を述べていたら、モニコが秒でキレてきた。ベルが挑発して相手をすると言っていたから正しいのだろうが、単に感想を述べただけで挑発ではない可能性もある、とベルを知る男達は思う。


「落ち着けよモニコ。何かこの世界おかしいぜ」

「何よぅ……!」

「世界もおかしければ、現地の方達もおかしいようで」

「何でもいいから早くヤらせろってえ!」


「――――……どう思う?」


 魔王が肩越し断裂を振り返った。蹄の音。最後に騎乗した男が裂け目を潜る。オルニットに劣らぬ立派な軍馬、重厚で剣呑な王の為の鎧。一目で解った。あれが覇王グランガルムだ。


「神共の小細工だろう。見覚えのある“残骸”だ」


 がっちりとした大柄な男だった。肩まで伸びた蓬髪に、精悍な顔だち。温かみを削ぎ落したような印象がある。ケンと似ているが似て異なる、例えるなら獅子と虎のように、似た風格を持つが違う生物だという違いがあった。

 その覇王が世界をぐるりと見渡し――それから視線を此方に遣る。


「……そして、刺客だ。よくも寄せ集めたものだな」


 わらう、嗤う。覇王の視線は真っ直ぐにケンを射ている。


「これは、気付かれていますかねえ……」

「やっぱり覇王って馬に乗るものなんだ……」

「勇者パーティが徒歩ってのもまじなんだな……」


 こそこそと小声で此方が呟く中、ケンが手綱を引いて前に出た。


「如何にも。我々はあらゆる世界から集められた勇者英雄、其方らを滅ぼす刺客である。神々の怒りを買った覚えがあろう? さあ、相手をせよ」


「げえっ、まじ!?」

「やだぁ~!」

「うおっ、早くヤりて~!」

「そうきましたか」

「相変わらず貴様らは小物感を出していくな?」


 口々に勇者一行がざわめく。無視して覇王が同じく手綱を引いて前に出た。


「一番の獲物はおれが貰う。後は好きにせよ。ただし――」


 覇王が背から大剣を引き抜いた。


「疾く片をつけろ。この世界に“閉じ込められる”前にな?」


 完全に“見透かされて”いる。聞こえた瞬間、勇者一行の道化のような表情が凍った。薄ら笑う覇王が、大きく剣を薙ぐ。

 見えない何かが引き裂かれた気配。同時に彼らが通って来た空間の断裂のよう、新たな大陸へと繋がる裂け目が生み出された。

 

「――来い。余計な邪魔が入らぬ場で、二人で愉しもうではないか」

「ああ、よかろう!」


 覇王が馬を駆り、先に裂け目へと飛び込んでいく。


「皆、行って来る! 後は任せたぞ!」


 ケンが一度振り返り、皆の顔を見て笑う。全員が笑い返して頷いた。


「では、また後でな!」


 手を振りながら、ケンもオルニットを駆って裂け目へ飛び込んでゆく。二人の覇王が通過すると、すぐに裂け目は閉じてしまった。

 残されたのは勇者一行と、ガンとリョウとカイとベル。先程までふざけた調子だった勇者一行が、覇王の言葉で冷や水を浴びせられ、暗い目でじっと此方を見ている。低い声で勇者が呟いた。


「――――お前ら、誰がいい?」

「オレは全員ヤりてえよ」

「あたしはあのくそババア。ぶッ殺してやる」

「私は誰でも」

「あの魔族だ。恐らく魔王だろう」

「いいだろう。俺も勇者同士、やッちゃおうかな~!」


 暗い目のまま、アクウェルが腰の剣を引き抜いた。此方が身構えた途端、地面へと剣先を突き刺す。途端に、船酔いのように気持ちの悪い感覚が全員を襲った。


「何だ……!?」

『残骸に干渉して戦場を作り変えています! 気を付けて下さい!』


 焦ったようにカピバラの神の念話が届く。

 何かする前に、次の言葉を発する前に。足元が消失した。勇者一行を含めた全員が宇宙空間に投げ出され――作り変えられた戦場が彼らを受け止めるように手を伸ばしてゆく。

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