06 機械と魔法

 密林を進む。高く伸びた樹に葉が重なり、昼前でも薄暗い。差し込む光が神秘的で綺麗だった。


「この辺りがいいかな。この葉を沢山集めたいんだ」

「ほーォ、これが屋根になんのか」

「茅葺き屋根だね。南の方を旅した時、色んな集落で使われていたよ」

「草の家か。面白えなあ」

「ふふ、丈夫で長持ちするんだ」


 低木の椰子が多く生えた辺りで足を止める。大きな椰子の葉を根元から幾つも断ち、重ねて束ねていく。


「ガンさんの世界にはこういう自然はもう無いんだよな。どんな世界だったか……とかは、聞いても良いんだろうか」

「ああ、別にいいよ」


 葉を重ねていたガンが顔をあげる。


「おれが生きてたのは、こういう自然資源を使い果たしちまった後の世界だ。地表は全て砂漠と荒野。なァんにも無いぜ。普通の人間はこうして外で息をする事だって難しい」


 言って、大きく息を吸って見せる。


「え、じゃあどうやって」

「地上にドーム、こっちは下級市民。地下に大都市、こっちは上級市民って感じで住処を作ってた。中で空気を作り出してな。そういう都市が世界中に幾つもあった」

「空気を作る……?」


「んん、どう言や伝わんだろな。おまえの世界ってさ、魔王居るし物語に出てくるような剣と魔法の世界なんだろ?エルフとかドラゴンとかそういう」

「ああ、うん。ガンさんの世界の物語がどんな風かは分からないけど、魔法はあるし、エルフやドラゴンも居たよ」


「おれ達の世界でそれは空想なんだ。実在の過去の記録じゃ、魔法は無いしドラゴンやエルフだって存在しない。けど娯楽として昔から流行ってたんだろうな。子供向けの物語として残ってる」

「はあ……想像つかないな」


 だよな、とガンが笑う。


「こっちだって魔法は分かんねえ。そっちが魔法文明なら、こっちは科学と機械文明だ。機械つって分かるかなあ」

「機械……からくり人形とかオルゴールみたいな?」

「オーケーオーケー、そういう感じな。じゃあ機械部分を魔法に置き換えよう。実演もつけてやる」


 ガンが見せるよう掌を持ち上げた。


「おれ達は生きようにも必要な資源が無かったから、代わりに技術を用いたんだ。空気や食料、エネルギー、生きるに必要な物を代用生産できる魔法を作った」


 掌に淡く葉脈のような光が広がったかと思うと、指先ほどの銀の球体がぽこんと生まれた。ぽこん、ぽこん、3つ4つ、生まれると宙に浮いて旋回し、方々に飛び立っていく。


「魔法は人間より優れていたので、各都市の人工知能――魔法の親分が完全に人間を管理していた。おれから言わせりゃディストピアなんだが、まあ必要なんだろうなァ」


 ガンが肩を竦めて目を閉じる。此方はじっと語る様子を見詰めていた。

 分からない言葉や想像が追い付かない部分はある。今の球体も気になる。だが彼の言葉を取りこぼしたくなくて、口は挟まなかった。


「おまけに宇宙人が攻めてきて戦争がはじまっちまったもんだから、まあ色々あって、今度は人間を改造強化し始めた。その結果がおれなんだけどよ。まあそんな世界だ。なあ、新入り」

「……えっはい!」


 急に呼ばれて肩が跳ねる。開眼して此方を見るガンの瞳には、掌に浮かんだのと同じ淡い光が灯っていた。


「4つ足の動物が3種、あと羽根の生えたやつ。どれがいい」

「どれがとは……?」

「全身毛が生えた4つ足の動物だ。細長い脚で曲がった角が生えたやつ、太って足が短いやつ、耳が三角で尻尾が長くて牙が生えてるやつ」

「おっと唐突な謎々。山羊と猪と、何だ、猫科の何かだな……?」

「羽根が生えたやつは、目の周りが赤い。頭と体は青と茶色が混ざってる」

「キジだ。それはオスのキジだなあ」


「だからどれがいい。一番近いのは羽根生えたやつ」

「えっ……じゃあなんとなく羽根の生えたやつでお願いします」

「分かった」


 ――――ジュッ!


 よく分からぬままセレクトすると、聞いた事の無い音がした。

 ガンは片手を持ち上げて何処ぞを指しただけだ。二度見する。


「いや、え?」

「見えたか? ちょっと拾ってくる」

「わー!待って!絶対待って!僕も行くから!」


 歩き出す背を慌てて追った。

 ずっと見詰めていた事が幸いした。見逃さずに済んだ。

 勇者の動体視力でやっと追えた“今の出来事”を反芻する。


「……今何か撃ったよね? あと指先が、一瞬変形してた気がする……?」

「そこまで視えたか。おまえら眼良いなァ」


 ちょっと感心したように笑っている。おまえ“ら”という事は、ケンも同じく見たのだろう。歩く途中で幾つか、見慣れない何かの熱量が樹や岩を削ったり貫いた小さな跡。それは“真っ直ぐ”続いていて、理解すると鳥肌が立った。


「“眼”を飛ばして熱源を探知、目標を固定する。後は計算して障害ごと撃つだけだ。簡単だろ?」


 飛ばしていた球体が3つ戻って来る。握って開けば元の掌だった。後の1つは恐らく、射貫かれた鳥の傍に“眼”としてまだ居るのだろう。


「簡単じゃねえと思う部分は“おれの魔法”で済ませてくれ。お互い様だよ」

「……そうだな、お互い様だ」


 未知の技術に、畏怖にも似た気持ちを抱いてしまった自分を恥じる。彼は、彼も自分と同じだ。こんな事で“差別”されていい筈がない。

 だから戒めるよう首を振り、なんでもない笑顔になった。


「……見せてくれてありがとう、ガンさん」

「ひひ、こんなもん小手先だ。礼を貰う程じゃ――あ、そうだ」

「うん?」

「代わりにいいこと教えてやる」


 暫く歩くと、射貫かれ落ちた鳥が見える。彼が言った通りの目の周りが赤い、青茶の体を持った雉だ。それと彼に戻っていく最後の球体。


「名前だよ。おれはガンかガンナーだって言ったろ。砲手や射手って意味のガンナーだ。ケンがケンって名乗った時に、倣って付けた」

「ああ、そういう由来だったのか。じゃあケンさんの方は」

「そう、『新しい名前か……じゃあ俺は剣が得意だからケンにするぞ!』ってな。3秒くらいで決めてたよ」

「めちゃくちゃ目に浮かんだ」


 獲物を渡され元の場所へと歩き出しつつ、想像して笑ってしまう。


「おまえも勇者だし剣士なんだろ? どっちが強えのかなあ」

「いや、僕は専業剣士じゃないからな。ちなみにケンさんはどの位……?」

「おれもちょっとしか見た事無えけど、意味分からんし通り越して笑える」

「ええ、後学の為にめちゃくちゃ見てみたい」

「何の為の後学だよ。絶対いま以上要らねえだろ、勇者」

「いやいや、剣術を究極まで極めたって訳じゃないんだから。興味はあるよ」


 噴き出すガンに、つられてまた笑う。悩んでいた力の事を、他愛もない雑談にしてしまえるのが心地良い。

 元の場所に辿り着き、集めた椰子の葉も背負って拠点へと歩き出した。

 ケンは今どうしているだろうか。


「剣以外は何を使うんだ?」

「魔法と魔術だな。相手によって変えるけど、剣術と併せて使う感じ」

「魔法と魔術って何が違うんだ?」


「ああ、そうか。僕の世界ではだけど分類が違う。そうだな、ざっくりだけど準備や時間が要るけど大規模な不思議を起こせるのが魔法、その場の詠唱だとかで氷や火を出したりできるのが魔術って思って貰えば」

「なるほど。何となく分かった」


 拠点が見えてきた。まだケンは戻っていないようだった。


「おまえもその内なんか名前付けねえとな。新入りのままだと、もし次の奴が来た時困るだろ。来るか分かんねえけど」

「あっ、そうか。次があるかもしれないもんな」


 確かに、と頷きながら。拠点へと戻っていく。

 そこで見たものは、確かにまったく“意味分からん”だった。

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