07 懐かしの道
出た時と様子の変わらない、土と骨組みを置いただけの広場。そこから繋がる水場への小道――が、石畳で舗装されていた。
「は?」
「な? 意味分からんだろ」
「本当分かんない。何だこれ」
近付いてみると、大き目の石タイルが並べて置かれている。恐らく開拓で出てきた石を再利用したのだろうが、正方形だ。均等にカットされていた。
ただ石を割ったにしては形も断面も厚みの揃いも綺麗過ぎる。石工が都市整備に使う為、きちんと加工したような美しさだ。
「あいつやったなァ」
「これはやりましたねえ……本当何だこれ」
「先に屋根のやり方だけ教えろよ。そしたら見てきていいぜ」
「ええ、悪いよ……って言いたいけど正直見たいですありがとう」
慌てて荷をおろし、椰子の葉を使った屋根の葺き方をレクチャーする。ガンは飲み込みが早いので、しばらくなら一人で任せて大丈夫だろう。
「じゃあちょっと、行ってきます。ついでに肉の下準備もしてくるから」
「あいよ」
ガンは石畳よりも屋根が気になるようで、もう楽しそうに作業を開始している。此方は仕留めた雉を持ち、石畳を進んでいった。
少し進むと石畳が途切れ、岩の“切れ端”が一か所に積まれている。ケンの姿はない。
「やっぱりか……」
切れ端を見て確信する。息を吐いて先を進んだ。石畳の無い足元は、雑草が抜かれ石も取り除かれ、きちんと踏み固められた土だった。道の左右より少し高く作られていて水はけも良い。指示した以上、広場を作った時よりもしっかりと作業されている。
「初期に色々してたって言ってたもんな」
“薄っすら”が少し蘇ったのかもしれない。姿が見えないので足早に進むと、小道の先に小さな渓流。少し離れた場所にケンの姿が見えた。
「ケンさ――」
声を掛けようとしたが、慌てて噤んだ。彼が抜き身の剣を提げ、大きな岩に向き合っていたからだ。
一瞬だった。
「まったく後学にならないな!?」
腕の一振り。“追いきれない”。
「――やあ、新入りさんじゃないか!」
思わずの叫びを気付かれ、笑顔で振り向くケンの背後で“岩の切れ端”が落ちる。長方形の石柱が残っているが、どうせ“スライス”されているに違いない。
「僕です!ごめんねケンさんこういうの良くないって分かってるんだよ!?けど一度処理させてね!?すぐ終わるから!」
ちょっと待ってのジェスチャーをした後、水流に顔を突っ込んだ。
「がぼぼぼぼぼぼ……!(何してんだあの人!) ぼぼぼ……!(そりゃ僕だって岩くらい斬れるよ!?) がぼぼぼ、ぼぼぼ……!がぼぼぼぼぼぼ……!(けどそういう問題じゃないだろこれ!岩は野菜じゃないんだよ!何してんだあの人……!) 」
水中に思いのたけを吐き出す。吐き出さないとちょっとやってられなかった。
「――ぶはあ! もう、もう大丈夫……」
「ははっ、結構暑いものなあ!」
ケンが重ねた瓦よろしく、スライスされた石柱を抱えて此方にやってくる。
「いや、暑かった訳では……! あっ、ケンさん道見たよ! すごいね!」
「おお、見てくれたか! 最初は整地だけしようと思ったんだが、雨が降ると道が悪くなるだろう。石を敷いた方が歩きやすくなるのではと思ってな」
「なんて気遣い……!」
「後どんどん楽しくなってしまって」
「知ってた」
小道開拓を申し出た時の顔をしている。
「新入りさんはどうしたんだ? まさかもう飯が……!?」
「あ、いやまだだよ。様子を見に来たのと、これの下処理をね」
雉を掲げてみせると、ぱっとケンの顔が喜色に染まる。
「鳥か! 良いなあ、楽しみにしていよう! 俺も先は見えたし、何かあればいつでも言ってくれ!」
「ありがとう、作業を続けてくれて大丈夫だよ。あ、けどそのタイル少し分けて貰っていいかな?」
「これを? 構わないが」
「色々するのに丁度良さそうなので」
三枚ほど石タイルを分けて貰う。そのままケンは舗装の続きへ向かい、此方も雉の処理に取り掛かった。腸を抜き、血抜きをし、羽根を毟っていく。旅の間に何度もした作業で慣れたものだ。
時折ケンの様子を窺うと、石タイルを並べてきては戻ってきて、恐らく道中の岩は使い切ったのだろう、河原でまた岩を斬って抱えていく。ずっと楽しそうにしている。
「…………はあ、すごいな」
ケンが岩を斬るたび注視するが、動きを追いきれない。少しずつ何をしているか、というのは分かって来るがやはり全ては視えない。
首を振り作業に没頭していく――ふと、ケンが近くでしゃがんで此方を覗き込んでいる。
「どうしたんだい、ケンさん」
「いや、上手く捌くなあ」
手元の肉は、もう解体されて貰ったタイルに乗せられている。
「ふふ、慣れてるからね。もうすぐ食べられるよ」
「礼を言おうと思ったんだ」
「えっ」
何事だ、とケンを見る。先ほどまでのわくわくした顔ではなく、穏やかで静かな笑顔が浮かんでいた。
「こうして道を作っていると、記憶の彼方の“はじまり”を思い出す。それが俺はとても大切だったんだ――と思い出せた。ありがとう」
「いや、僕は何も……けど、大切な事を思い出せたなら良かった」
「新入りさんが来て、新しい事をはじめようとしてくれたからだろう」
「わ、」
にい、と笑みが深まりケンの手が伸びた。わしゃわしゃと子供にするように大きな掌が頭をかき混ぜる。
「ちょ、ケンさん……!」
「ははっ、新入りさんが一番すごいかもしれないぞ! もう一度ありがとう! 人の礼は受け取っておくものだ!」
「あっ、あっ、はい! わかりました! 受け取りました!」
「ようし!」
ケンが満足したよう手を離して立ち上がる。此方は面映ゆい顔で乱れた髪を直していた。
「もう舗装も終わるから、そうしたら戻ろう」
「……じゃあ僕は先に戻って、食事の支度をはじめるよ」
「分かった。また後で」
歩き出す背を見送って、此方も石タイルごと肉を持って立ち上がる。
何だか胸の奥がむずむずする。言葉になりそうでまだならない。
「……………………新しいこと、かあ」
「――そうだ、新入りさん!」
呟いて、石畳を戻る背に。遠くから声が掛かる。
「おっ、はい?」
「剣など千年も振っていれば身につくものだ! 後学などと気にするものではないぞ!」
「~~ッ! 聞こえてた上に見透かされてるし時間差で刺してくる! 気にしてないし張り合おうとも思ってない!感心してただけだよ!」
「わはは!」
耳まで赤くなる。大らかな笑いを背後、足早に。
何だか悔しかったので、美味しい料理を作ってケンを滅茶苦茶感心させてやろうと思った。
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