03 はじめての食事

 山を下った辺りに彼らの拠点があるという。

 目指して歩きながら、気になる事を質問していった。


「じゃあ、本当に此処は僕達以外の人間は居ないんだな」

「ああ、おれらが見て回った限りでは。つってもひと月そこらだけどよ」

「うむ、誰もいなくて寂しかったから、ガンさんが来てくれた時はそれはもう嬉しかった! 新入りさんも来てくれて今は更に嬉しいぞ!」


 ケンが大らかに笑う。本当に嬉しそうで、大型犬のようだ。

 岩が剥き出しの斜面を下ってゆくと、一気に緑が増えてくる。


「おい新入り、こいつは大体こんな風だ。煩え時は叱っていい。つねってもいい。大体何しても喜ぶ」

「えっいや、え?」

「ああそうだ。俺は構って貰うと大体嬉しいから新入りさんも構うといいぞ!」

「得意げにしてんじゃねえよ」

「本当に犬みたいな人だなあ……」


 笑いが重なる。こんなくだけた会話を誰かとするのは何年振りだろう。それだけで楽しくて、足取りは軽くなる。反面、樹海に踏み入り足元はどんどん悪くなっていった。

 樹木が密集したジャングルというより、熱帯雨林らしい高低差のある樹木が天蓋を覆う階層構造をしている。空気も湿り、植物も多彩だ。

 

 道中で二人の汚れた身形に納得がいった。勇者英雄のフィジカルをもってこそ問題なく進めているが、傾斜や段差も激しく常人では厳しいほどの悪路だ。こんな場所で過ごしていれば汚れて当然だろう。


「今の季節が判らないけど、暖かい地方だね。湿気や気温もそうだし、植物も南方で旅をした時に近い気がする」


 むせるような自然の匂いと熱気。息づく鳥獣の気配。みっしりと見上げる空まで埋め尽くす天蓋の緑。豊かで濃密なそれは嘗て旅をした南方を思わせた。目に付いた葉を千切って嗅いでみる。前の世界と同じもののように見える。


「おお、新入りさんは旅をしていたのか。以前は旅人を生業に?」

「旅人というか、勇者をしていたよ。魔王を倒す為に世界中を旅していたんだ」

「えっ、魔王って実在するのかよ!? マジで?」

「僕の世界では居たな。二人の世界には?」

「俺の世界に魔王は居なかったが、竜種や獣人族は居たな」

「なんだそれ、物語の世界じゃん。すげー」

「だいぶ世界が違いそうだな。ケンさんとガンさんは、前の世界では何を?」


「ああ、俺は世界征服をしていたよ」

「おれは宇宙人と戦ってた」

「待って、ワードが強い。世界の違いがすごい。正直めちゃくちゃ気になるんだけど今広げる話じゃない。後でじっくりしよう」

「おう」

「わはは、そうしよう!」


 そうこうする内、切り立った崖の麓に辿り着く。岸壁が大きく抉れた自然洞窟、そこが彼らの拠点のようだった。トンネルのような奥行きは無いが、小屋ほどのスペースがある。

 入り口は広いし換気も良い。雨も防げる。悪くない場所だった。

 少しの荷物と小さくなった焚き火が残っていたから、二人は此処で野営をしていたのだと知れる。


「まず飯にしよう。つっても美味くはねえから期待すんなよ」

「そう、腹は膨れるが美味くはないのだよなあ」


 残念そうにしながらケンが荷を漁り、その傍らでガンが小さくなった火に薪を足して大きくしていく。


「これで丁度無くなるかな?」


 ケンが大きな葉で包んだ黒い肉の塊を取り出した。何の肉かは分らないが既に悪臭がした。枝に刺すべく切り分けているが更に強い臭いがする。


「………………」


 折角のもてなしに口を出すのも野暮だと思い、黙って様子を眺めていた。

 枝に刺された肉が炎で炙られ、肉の臭いが蔓延していく。

 火を囲んで男三人が肉を見詰める時間が発生した。


「臭えだろ。けど毒とかは無えから大丈夫だ。ちゃんと毒性の有無は事前におれの能力で解析してある」

「なるほど、ガンさんはそういう能力を持っているんだね」

「毒があっても俺は大丈夫だが、ガンさんと新入りさんは困るかもしれないものな。大事なことだ」

「いやごめんなさい。僕は毒無効のスキルを持っています。ごめんなさい」

「謝んなよ、新入り。おれも毒物は分解できるから効果無えよ」

「なんだ二人ともか! 俺も毒無効の祝福を授かっているぞ、ははは!」


「……まあ、全員効かないとしてもほら、あるよりは無い方が、ね?」

「だな」

「うむ、それはそうだ!」


 なんともいえない時間を経て。強い火力で焦げそうになった肉が火から遠ざけられ、各人に配られる。


「えー、水の入れ物が無えので肉での乾杯となりますが、あ、水はそっちにちょっと行くと川がある」

「あ、はい」

「では!新入りさんの合流を祝ってかんぱーい!」

「おれの台詞を取ってんじゃねえよケンが!まあいいやかんぱーい!」

「ッふ、……かんぱーい!」


 爽やかとは程遠い音で肉同士の乾杯が行われる。噴き出しそうになるのを堪えて、肉をぶつけて口に運ぶ。

 分かってはいたが、近づけただけで肉が臭い。火力が強過ぎて表面は焦げている。それでも構わず噛みしめた。中は火が通っておらずほとんど生で、それはもうえげつなく酷い味だった。


「~~~ッ!」

「な、不味いだろ!」

「うむ!不味いんだこれは!」


 肩を震わせる様子に、二人が口々に肩を叩いて笑う。


「……っ、めちゃくちゃ、まずい……!」

「だろう!クソまずいんだこれは!」

「わはは!」


 湧き上がる気持ちを上手く言葉に出来なかった。これは不味さに対してではなく、失った筈の団欒に再び触れて湧いた感情だ。普通の人のように新入りを歓待して貰って湧いた感情だ。

 堪えるように、無理矢理肉を噛みちぎって咀嚼し飲み込む。


「けど、今まで食べた中で……っ、一番美味い……!」


 上手く言葉に出来ない。だからそれだけ絞り出す。

 自分で見る事は出来ないが、今まで生きてきて一番良い笑顔をしていたんじゃないかと思う。

 二人は目を丸くし、すぐに大きく笑いだした。自分も笑いだした。洞窟内にみっつ、笑い声が長い間響いていた。



 * * *



 食事を終えて暫く。もう外は暗い。

 明るい内に行動できるよう、早々に寝床に入った。寝床といってもそれぞれ火を囲んで横になるだけだ。

 虫や獣避けの為に火は絶やせず、煙をあげて燃え続けている。

 昼ほどの暑さは無いが、夜になっても自然の音は消えず濃密で深い。まるで森全体が生きているようだった。


「…………あのさ、二人とも」

「どうした?」

「何だい、新入りさん」


 すぐには寝つけず、ぱちぱちと爆ぜる焚き火を眺めている。


「明日は僕が食事を作ってもいいかな?」

「おお?」

「ほう?」

「……その、実家が食堂をやっていたんだけど、その影響もあって、旅先や野営でも料理をするのが好きでさ」

「マジか!」

「それは素晴らしいな!」


 跳ね起きまではしないものの、明らかに二人に喜色が宿る。


「いや、あまり期待されても困るんだけど!その……お礼がしたくて」


 いい歳をした男がするものではないが、もじもじとマントで顔を覆う。

 二人の様子は窺えないが、笑うような呼気だけ聴こえた。


「なんのお礼だか。……なあ、いいよなケン」

「ああ、いいともガンさん! 楽しみだなあ……!」

「じゃあ明日の予定は、新入りの手伝いだな」


 明日の予定が確定し、三人はわくわくとした顔で眠りに落ちていった。

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