■■■■の場合④


 カイのレベルを上げるため外に出る。「レベルを効率的に上げるのは大事で、スキル以外のことにもっと時間を割けるようになる。スキル【限界突破】は同レベル帯のスキルを限界突破できるから、同じパーティの人のスキルが上限に達した頃に、同レベル帯に追いついていればいいのは確かだけど、僕みたいにいきなり追放されるかも知れないし、スキルレベルは基本的に上げておいて損はない。それじゃあこれから上げていく訳だけど」ゲンは先程受け取ったものを指に嵌める――勿論、‘重ネ鏡’である。ヴルシェはあの小屋から動かないという意思表示であり、少し遠出してでもレベルを上げてこいというゲンへのメッセージでもある。「戦闘に参加してないって言ったよね。じゃあまずそこから」言ってゲンは進んでいく。




 少し行ったところの地面に小さい穴が空いている。


「これは……」


「雫鼠の巣穴だね。


『人は叫ぶ――叫ぶは人』」


 ゲンはそう詠唱し、カイのほうを向いて、人差し指を口の前に立てながら、穴の前にしゃがむよう示す。カイはその通りしゃがんだ。ゲンは、「穴に向かってできる限り大きい声を出してみて」と次の指示を出す。


「わ、わーーーッ!」


 カイは精一杯声を絞り出す。あまり大きくはなかったが――ゲンのした詠唱によって。あるいは狭い穴の内部での反響によって。その声は増幅され、


『わーーーーーーッ!!』


 穴の中に彼女の声が轟く。続いて、


『ぢぢ! ぢぢ! ぢぢ!』


 という声と共に――別の穴から、雫鼠の群れが飛び出していった。


 カイは唖然として尻餅をついた。ゲンは手を差し出し彼女を立たせる。「えっと――逃げちゃったみたいなんですけど」


「いや、大丈夫。雫鼠は百匹とかで群れるんだけど、いま穴から出てきたのはせいぜい四十匹ってところでしょ。多くは穴の中で気絶してる」


「こ、殺しちゃわなくてもいいんですか? その、経験値を得るために」


 カイは続けて質問する。素質がある上に勉強熱心だ。


「《捕獲クエスト》とか《撃退クエスト》でも経験値が入るのは確認済だから問題ないよ」ゲンは言う。その検証は“剣の舞”にてやったことだがここに来て役に立った。何より今まで魔物にノータッチだったということで雫鼠程度でも多くの経験値が見込める。「確認してみて」


 彼女は言われた通り自分の胸の前に手をかざす。「あ――レベル45になってます」


「うん。いいね」ゲンは言う。「じゃあ早速次に――いや、君の心のほうは、大丈夫?」


「心?」


 カイは首を傾げた。


「今更だけど、初めて魔物に立ち向かった訳で、参っちゃったりしてないかと思って。ごめん事後承諾で」


「あ、それは、大丈夫です、えっと」彼女は胸に手を当てた。「少し動悸動悸ドキドキしてるけど、問題はないです。あの、ありがとうございます」


「そっか。じゃあ次行こう。次は魔物じゃないからね」


 ゲンはいいながら、その少女への自分の中での評価がどんどん上がっていくのを感じた。初対面で攻撃的になりすぎたことを改めて反省する。




「次はこの辺の石を食べてもらうんだけど――まあそういう顔になるよね」


 ゲンは言って少し笑う。カイはあり得ないと言わんばかりの表情でゲンを見ている。


鉱石いしは永い年月を経て作られるから、得られる経験値が多いんだよ。食べるといっても、口に含むだけでいいから。僕は最初は本当に食べさせられたけど」言ってゲンはぺっぺと吐き出す真似をしてみせる。まあ実際にはゲンが勝手に飲み込んだとも言えなくはないが、説明不足だったフウへの抗議の意を込めて。あとは、カイとの距離を縮めるためのテクニックでありレトリックだ。そういえばリョーはふつうに食べていたことを思い出す。さてゲンは岩石に詳しくはないが、とりあえず手頃な石を割ってみたところ水晶のような透き通った欠片が出てきたのでそれをつまみ、服の袖で拭くと彼女の目の前でぺろと舐めてみせた。


 カイは、それを見ると覚悟を決めたように自分でも石の断面から水晶を取って、袖で拭い、ぺろと舐める。彼女は再びレベルを確認した。


「レベル66です」


「順調だね」まだ上がりやすい低レベル帯とはいえ21レベルも上がるとは。珍しい石だったのかも知れない、魔人が住んでいるような場所だし。「この方法は簡単だから、もう少し探そうか」


 そうしてもう二つ石を食べ(舐め)、レベルが85に上がったところで切り上げる。




 とりあえずの目標であるレベル90まであと5レベル。これくらいなら持ち越し経験値を分けたほうが楽だろうが、生憎ゲンはこの間、限界突破したばかりである。リューは恐らく持ち越していたが、こちらも遅かった。魔人たちは――分からないから保留。そもそも魔物のレベルをチェックできないから魔人のレベルも調べられないのではないだろうか。持ち越せるかどうかは別としても。


 ではどうしよう。あと5レベル。魔物を討伐しに行ってもいいのだが、慣れないことをして下手に怪我などさせたら申し訳ない。


 石は長い時間をかけて作られるからそのぶんの大量の経験値を得られる。ここから考えて――魔物より長生きなもの。いや、魔物の寿命を正確には知らないが、まあ人間と同じくらいだとして、それより効果がありそうなもの――それは、


 ゲンは空を仰ぐ。


 それは目の前にあった――である。下の方に生えている草花はまあ五年も続かないだろうが、太い幹をもつ木々は五十年ばかりか、そこに立っている。もっと太いものだったらもっと長く立っているだろう。とりあえず周囲の木のうちいちばん太い木のところへ行ってみる。素人目だが百を超えているのではないかという巨きな木である。表面は綺麗なもので、もう百年は生きそうである。木の皮を少し割って口に入れてみる。少し苦い。スキルレベルを確認してみたが、レベル120台ではほとんど変化がないようだ。レベル85→90の5レベルだけ上げられればいいのだが――そもそも、これを彼女の口に含ませるのは石より過酷かも知れないと、プッと地面に吐きながらゲンは考える。


 そこに虫が飛んできて、幹に止まった。何をしているのかと見てみたら、樹液を舐めているようである。ゲンたちが石を舐めていたように――ではないが、虫としては僥倖だろう。


 あるいは。ゲンたちにとっても、かも知れない。彼は虫たちに混ざって樹液を指で少し掬う。そしてその指をぺろりと舐めた。舐めながら、どうしようかと考える。まずは樹液を舐めてもらうか。それで効果が薄いようだったら樹皮を食べてもらう。ゲンは手招きして、カイに樹液を取らせた。樹液ならまだ抵抗は少ないだろう、どんな虫が舐めに来たか分からないとはいえ。カイは目を瞑って小指の先をぺろりと舐め、スキルレベルを確認した。



『スキル【限界突破】 lv.90

 スキルレベルが最大です。

 スキルレベルの限界突破が可能です。

 スキル【限界突破】を使用しますか?』



「あの、レベル90になりました」カイは少し嬉しそうに言った。


「よかった。突破して」


「使用……」



『スキル【限界突破】を使用。

 スキル【限界突破】のレベルの限界突破に成功しました。

 スキル【限界突破】はスキル【限界打破】に進化しました。』



「【限界打破】……」


「おめでとう。早速だけどヴルシェさんはレベル100、つまり次の上限まで上げてこいって言ってたから、早速どうするか考えないと」気軽に頭を撫でようとした右手を左手で押さえて、ゲンは言う。経験値のおすそ分け――持ち越し経験値を持っていそうな人はいないだろうか。そういえばリョーが限界、つまりレベル120に達したかどうかは聞いてはいない。達していたとして、ヴルシェは今日じゅうと言っていたから今日じゅうに彼女と会わなければならないから現実的とは言えない。実現可能な方法を考えると――おすそ分け。そう、あの時“白い杖”のメンバーは何と言っていただろうか。まずノリアが『おすそ分け』の存在を口にして、ソークが解説し、ロイツは――そう、彼は確か、


 


 そんなことを言っていた――百匹ぶんの余った経験値。それだけあればレベル90→100など余裕だろうが、


 これは結局実現可能なのか。


 フクシーのように魔物を操れるスキルだったらできるだろうが――いや、どういうスキルならできるか、それが思い描ければ、ゲンの詠唱でなんとかなるかも知れない。彼はまず魔物を探す。丁度霧鹿キリシカが歩いているところに出くわしたので、ゲンはすぐ、


『人はしたがう――順うは獣』


 そう詠唱してみる。鹿はゲンに対してひれ伏すように首を下げた。彼はうまくいったかと思い、カイを近くに呼んで、「この子に、経験値が余ってたら分けてあげて」と鹿に言ってみる。鹿は頭をカイに差し出した。角が少し危なかったが、触れということなのだろうか。彼女はその額に触れる。


「レベル91になりました」


 彼女は確認して言った。疑似フクシー作戦は成功したようである。あとは今のでレベル1しか上がっていないから、もっとたくさん魔物に来てほしいが――この鹿に頼めばどうだろうか。まだスキルの効果は切れていない。「同じように経験値が余ってるのがいたら、分けてくれるよう頼んで」ゲンが言うと、鹿は森の中に消えていった。カイは少し疲れたかその場にしゃがむ。


「大丈夫? 確かに結構ずっと歩いてたから疲れるよね」


「あ、大丈夫です――えっと」


 カイは目を丸くする。ゲンもそちらを向いた、


 たくさんの魔物が。


 ぞくぞくと集まっていた、その中心には、先程ゲンが頼みごとをした鹿がいる。効果は覿面だったらしい。そしてロイツの話は、結構現実的だったということである。

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