□□□の場合⑥


「ご挨拶だねー」


 ヴルシェが刺さっている杖を掴むと、杖は身体の前後に落ちた。断面は綺麗で、ヴルシェの胸には血痕どころか何かが刺さった跡もない。


「何してるんだ、ロイツ」フクシーはヴルシェが何ともなさそうなのを見て、ただ投げただけかと思いそう言う。


「……はは、少し試してみたんじゃ」


 言ってロイツは杖を消し、座り直す。




「ゲン!? ゲンだよね!?」




 ノリアは。


 立ち上がって、


 ゲンに、激突する。「うう、うあうええ、うぐ、えぐ」そしてその場で泣き始めた。


「ごめんね」彼は屈んで、そんな少女を抱き締める。「あと、ロイツさんも――」


 顔を上げた彼の目に映ったのは。


 ロイツだけではない、他にいる。


「あ、ゲンだ」


 一人はイーヤ。“剣ツルギマイ”のメンバーで、ゲンが追放されて以降に会うのは二度目となる。


 そしてもう一人は。


「…………」


 身を縮こまらせて、イーヤの隣に座っている――あれは、前に会った時もイーヤと共にいた、カイとかいう少女だ。


 ゲンの代わりに、“剣の舞”に加入したという、限界突破スキル持ちである。


「なんで――」


「さっき言いかけて、忘れてたな。新しくうちに加わったんだ」フクシーがゲンの頭にぽんと手を置いて言う。「ほら、飯を食べよう」


 鍋が火にかけられているのは見えていた。いい匂いがゲンのところまで既に香ってきている。「ノリア」彼は自分にしがみついている少女に声をかける。


「ん!」


「……まあ」


 ゲンはノリアを抱きかかえて立ち上がり、火のところまで行き、空いていたのでイーヤの右隣に座る。


「懐かれてるね」


 イーヤが声をかけてきた。


「まあ、そこそこ」髪を踏まないようまとめていると、ヨーカーが近寄ってきてゲンの後ろで丸くなった。と思ったら、


「ふーん。この子供が」


 ヴルシェが隣にやって来てノリアを見下ろしていた。


「今、その話は……」ゲンが声を落として言うと、「んー、まあ言ってた通りって感じ。任せるかあ」ヴルシェはそう独り言ちて、ヨーカーの腹にぼすっと寝転がる。狼は、少し嫌がる様子を見せたが何もせず目を瞑り続けた。


 リョーとソークは、それぞれロイツの左右に座る。


 八人で丸くなって座る。真ん中にあるのは兎の鍋だろうか。肉も野菜も丁度よいくらいに煮えている。「ノリアはちょっと先に食べてたけど」言ってイーヤは、少し取り分けた器をゲンに渡し、続いてノリアが使っていた器に肉を足して更に渡す。「ありがとう」ゲンは受け取ると、まず一口、汁を飲む。


「……やっぱり美味いな」


 ゲンは言う。“剣の舞”では、自炊の時はいつもイーヤが担当だったことを思い出す。それは、どちらかといえば良い記憶か。


「ありがと」


「うん、イーヤ料理上手い! フクシーより!」ノリアが顔を上げて言った。目元に涙が残っていたのでゲンは拭ってやりながら、「そうなの?」と応じる。


 ちなみにこの間――魔人ヴレディに会った日に食べた象鍋、あれはフクシーが作ったものだったか。フクシーは料理に関しては真面目でゲンもいい印象を抱いているが、栄養バランスのために苦手なものも食べさせられるため、ノリアからの評価はいまいちなのである。


「なんだとノリア」


「ぼ、ぼくのは?」


 フクシーが喰ってかかろうとし、ソークはそう言ってみる。


「ソークはふつう!」


「ふつう……」


 ソークは少ししょげた。


「どぞ」イーヤは残りのメンバーにも器によそって渡していく。ヴルシェにも渡そうとしていたが、ヨーカーの腹に顔を埋めてじっとしていたので、とりあえずゲンが受け取って放っておくことにした。


「そいえば結局、なんでいるの」


 ゲンは肉を食べながらイーヤに尋ねた。


「ん? や、なんか愛想が尽きたから、抜けた。カイにひどいこと言ってさ――ああ、それはゲンも同じか」イーヤはカイにもよそい、自分のぶんの野菜を取りながら飄々と言う。勿論心当たりはあるので、ゲンは何も言えなくなる。「イーヤ、お肉ー」膝の上のノリアは無邪気に言った。


「うん」


「ノリア、肉だけじゃなくて野菜も――」


「ねえゲン、今まで何してたの?」ノリアは無視してゲンに言う。ゲンは、ヴルシェをちらと見て、「あの後、この人に助けてもらってしばらく療養してたんだ」


「すごい人なんだね!」


 ノリアは目を輝かせる。


「うーん、まあ、そうかな」


「ゲン」ロイツが、久々に口を開いた。「食べ終わったら少し話さぬか」


 それは。ヴルシェに関することだとすぐに理解できた。ゲンは少し緊張しながら頷く。ヴルシェからは手を出さない。しかけるとしたらロイツのほうから――そんな話を、出発前にヴルシェにされたが、まさか出会って一秒で攻撃するとは思わなかった。なぜかヴルシェは無事だったようだが、とりあえず、ロイツとしっかり話さなければならない。ヴルシェは一応恩人だと。フクシーの腕は元通りだと。ヴレディは、魔人たちにとっても厄介な存在だと。


 ヴルシェはゲンのそんな気苦労も知らずまだヨーカーに顔を埋めている。



   *



「それでいつも向こうの肩ばっかり持って、意味分かんない! ちょーっと向こうのがいろいろ、まあいろいろってだけでデレデレして!」


 と管を巻いているのはイーヤである。


 ゲンは適当に頷くのにも疲れていた。


 イーヤが話しているのは、ケンと、最近新しく入ったというヤウの関係だ。言ってしまうとイーヤはケンのことが好きなのだが、ケンはヤウにすっかり心を奪われていて、それでパーティを抜けたそうだ。ケンがカイを悪く言ったのも事実ではあるらしいが、ウエイトとしては五分五分といったところか。


 夕飯はあらかた終わって、食後にロイツが呑んでいた酒を、イーヤがもらって呑んだのだ。ちなみにソークは全く飲めず、フクシーは修道女だから飲まないと本人は言っていた。まあフクシーも飲めないのだろう。ゲンは勧められれば飲むがまだ味に慣れておらずあまり飲まないほうだ。カイとノリアには、勿論まだ飲ませられない。


「ゲン」


 ロイツが言って岩から降り、森の奥へ消えた。そう、食後という約束だった。


「フクシーさん、この二人お願いします」ゲンは、肩に頭をぐりぐりしてくるイーヤと、膝の上で眠ってしまったノリアをフクシーに頼む。「はいはい」彼女はやって来て、まずノリアを持ち上げてヨーカーの首のところに寝かせると、続いてイーヤを引っ張り上げ、水を飲ませる。「ありがとうございます」ゲンは言って、ロイツについていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る