■■■■の場合③
フクシーは言葉を切ると、つかつかとゲンに近づいた。「えっと……」何を言えばいいか悩んでいるゲンの、頬をまず左右に引っ張る。しばらく揉んだ後で、彼の服をバッとたくし上げた。へそから上向きに指でなぞり、途中で横向きに切り換える。「あの……」ふつうに恥ずかしいゲンは声をかける――彼女は、服を戻しゲンと顔を合わせると、彼の両肩に手を置き、
「うああああああー」
俯いてそんな声を発し。手を離すと、彼の頭を鷲掴みにし、「どこいたんだ今まで。ああ?」ぎりぎりと力を込めていく。
「痛たたたた」
「二人は知り合いなの?」事情がわかっていないヒッツがやって来て尋ねた。
「こんな薄情者、知らないね」フクシーは言って、ゲンから顔を背ける――ただし力は込め続ける。
「痛たたたた」
「誰コイツ」事情が大体分かっているはずのヴルシェがニヤニヤしながら訊く。
「痛たた。
ヴルシェはその言葉を受け、袖から例の鞄を取り出し、腕――その呪具を取り出す。
それに気がついたフクシーはゲンから手を離し、「アンタ――その腕は何だ」目を細めて言う。
「何って、キミの腕だよ」
「はあ?」
ゲンは再び口を噤ませようと思ったが、よく考えれば
「あの、フクシーさんの斬り落とされた腕です」ゲンは説明を始めた。「その腕を着けようと思って、探しにきてて」
「はあ?」
フクシーは何も理解できていない。「そもそもアンタは誰だ」
「その義手、使用者の魔力で動かすタイプでしょ。これもそう。ほら、外して」
ヴルシェは構わず話を続ける。
「ゲン、コイツ――」
「フクシーさん」ゲンは、彼女の正面に立つ。「説明不足ですみません。でもまずは着けてみて下さい。そのために、会いに来たので」
「…………」
フクシーは。ゲンの瞳を見て、
義腕を外し、ヒッツに渡した。「……いいんすか? ゲンは信用できるけど、そっちの男は――」
「ゲンが信用してるなら、信じよう」フクシーは言って、呪具を受け取った。
「いいね。この呪具に相応しい――名づけて‘
ヴルシェはフクシーの隣に回ってスキルを発動した。
「…………」
彼女はまず手を挙げ、下げる。次に肘を曲げて伸ばす。続いて手首をぐりんと回し、最後に指の関節をぱらぱらと曲げる。「――元通りだ。なるほど」腕の繋ぎ目の部分を見る。「これがアンタのスキル?」そしてヴルシェにそう尋ねた。
「そうだよ」
「こっちも」
フクシーは、ゲンの胸の辺りを人差し指でつんと突く。
「そうだよ」
「ふーん」
彼女は何を言うでもなくヴルシェを眺める。
「それだったら、義手の代金はお返ししますよ」腕を受け取ったヒッツは言って裏に戻ろうとするが、
「いや。いいよ」
フクシーは言う。「むしろ、追加で払わせてくれ。ここで保管しておいてほしい」
「それでいいなら、いいすけど……」
ヒッツは目的地を変えて、裏に消える。
「今はソイツと行動してるらしいけど、これからどうするんだ」フクシーは振り返ってゲンにそう尋ねた。
「とりあえず、約束を一つ残しているので――」彼はリョーの顔を思い出しながら返す。彼女は今クレミェと共に『龍神』について情報を集めている。彼女とは後で合流する予定があり、それは反故にできない。まずは森へ戻って、クレミェの小屋で待機しよう――と思ったら。ゲンはヴルシェを見る。
「
スキル【呪具贈与】により与えられた呪具は完全にその人の所有物となるまでに時間を要し、なるまでの間はヴルシェが側にいなければその効力を失う。例えばゲンの貰った呪具‘絆ノ留メ具’は効果が大きすぎるゆえにいまだにゲンのものとなりきっておらず、彼は常にヴルシェと行動を共にしなければならない。ではフクシーに与えた呪具はどうなのだろう。腕を元通りに繋げるというと時間がかかりそうだがヒッツの作った義手と仕組が同じだという。ならば時間はかからなそうでもあるが、
「分からないね。最低でも半日かな」
ヴルシェは答えた。その基準は今までの経験則なのだろうか。まあ期間を見誤って効果が切れてしまっても、ゲンと違って命を落とす訳ではない。ひとまず一日は共に――
「フクシーさん、当然ですけどこれからパーティのところに戻りますよね」
ゲンは尋ねた。
「そりゃそうだ。ああ、この店でソークと待ち合わせてるからそろそろ来るよ。あと驚くと思うけど、新しく――」
「どうもー」
ソークが来店する。彼は“白い杖”の
「――ッ!?」
彼は幽霊でも見たように顔を強張らせ――まあ実際、そう思われても仕方ないが――後ろに飛び退き、扉に衝突する。店がぐらぐらと揺れた。
「落ち着けソーク。本人だよ」
「本人だったらなおさら落ち着けないよ!?」フクシーの言葉にソークは正論を返す。「でも本人ってことは、生きてたってこと? ゲンが?」
「えっと、そうです」
「真っ二つにされたのに?」
「まあ、そうですね」
「へ〜」
まだ近寄ろうとしないが、ソークはゲンの身体を上から下までじろじろ眺める。
ソークが扉にぶつかった音を聞きつけてヒッツが戻ってきた。「ああ、いらっしゃい。ゲン、もう行くのか」彼はそれがソークだと知ると安心したようで(?)、ゲンにそう尋ねた。
そうだった、まだ結論が出ていない、パーティ、そこには当然、
ロイツがいる。
彼は、ヴルシェを見たことがあると言っていた。フクシーもソークも、ヴルシェを見ても反応を示さないということは魔人だとは思っていないということだ。しかしロイツには――角がなくとも流石に、バレるとゲンは思う。この二人も顔が分からなくともヴルシェの強さは感じているだろう。顔を知っているロイツは、それを結びつけることができる。そして理解したロイツがどのような行動に出るかは――分からない。
フクシーよりは喧嘩っ早くないが、いまだによく分からない人間である。
「ということなんですけどヴルシェさん」
ゲンはそう説明した。
「別にいいじゃん。ボク負けないし」
「戦う前提でいないで下さい」
「いやボクからしかけなくても、向こうが攻撃してくる時は容赦はしないって言ってるでしょ。そういうことはその人間のほうに言ってよ」
ヴィルシェは不満げに言う。ただ言っていることには頷かざるを得ない。ヴルシェのほうからはロイツに対して何の感情もないのである。危害を加えるとしたら、ロイツ側からだ。ロイツがヴルシェを見た時にどのような行動に走るかは読めない。
「少年くん、結局来るのか」
フクシーが二人の内緒話に痺れを切らして言う。
「えっと、行きますけど――」ゲンはヴルシェを見る。「この人が、ロイツさんと知り合いで――」
「じゃあ一緒に行くか。ソーク」
「スキル
ソークは鎖を三人に伸ばす。「あの」ゲンは説明しようにも言葉が出てこない。まず前提として、フクシーにはついていかなければならない。その上でフクシーとロイツが会わないことはない。フクシーについていくということはロイツと会わざるを得ないのである。フクシーについていくことが目的である以上、下手なことを言ってヴルシェが同行できない事態になってはいけない。つまり――ロイツを信じて、ここでは口を閉ざすしかない。
そして四人は、ヒッツの武具屋を出立する。
*
ヨーカーは顔を上げた。
「戻ってきたかの」ロイツが呟く。
火を囲んでいるのは
「ノリア、口にもの入ったまま喋らないの」
そこへ、武具屋からの四人が到着する。
「おかえり――」ノリアは口の中のものを飲み込んで言い、言いかけて、
フクシーと、ソーク以外の存在に気づく。
ゲンもすぐその少女を見つけた。「ひ、久しぶ――」
「【
言って、ロイツは、
ヴルシェに向かって、
杖を。投げた――杖は、
ヴルシェの身体を貫いた、
胸を、まっすぐ、貫いた。
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