▽▽の場合③


「まず――お主のほうから、言うことはあるかの」


 開けた場所に行き、ロイツは静かに言った。


 ゲンはここまで来たら、正直に話すしかないと心を決める。出会ってすぐ、あんな行動に出るとは、よほどの確信があったのだ。既にヴルシェがヴルシェであることはバレていて、無理に誤魔化せばロイツとの間に無駄な軋轢を生むことになる。


「――僕を助けたあの人は、魔人です」


「それだけ聞ければ充分じゃ」


 ロイツは言って、もう戻ろうとする。


「……えっと、もう少し何かしら訊かなくていいんですか」ゲンは思わず引き止めてしまう。拍子抜け、という感じだ。


「なぜじゃ」


「いやその、さっき、杖を投げたじゃないですか。そうするだけの、理由があるんじゃないかと」


 ゲンはおずおずと言う。


「まあ――ないこともないがの。しかしゲンのことを助けた、その一点においてヤツを信用することとした」対するロイツはそう返す。


 それでいいというなら、いいのだが。とりあえずヴルシェにはこのまま大人しくしていてもらおうとゲンは考える。二人で、元の場所に戻った。


 ヴルシェが、カイをじっと見下ろしていた。少女は目を合わせないよう俯きながらぶるぶる震えている。


「何してんですか!」


 ゲンはすぐヴルシェの首根っこを掴んで少女から離す。カイはとりあえず、フクシーに絡んでいる酔っぱらいイーヤのところまで逃げていく。


 ヴルシェは、引きずられている状態から足を踏ん張って立ち上がり、逆にゲンを持ち上げる。


「ソイツも連れて帰る!」


 そしてそう言い放った。


「ど、どういうことですか」ゲンは担がれた状態で言葉を発する。


「その子のスキルが【限界突破】らしいから」


「ぼ、僕もそうですよ」


。限界突破スキルっていうのは」ヴルシェはよく分からないことを言って、ゲンを地面に下ろす。「そもそも決定権はゲンじゃなくてアイツにある」


「じゃあ訊いてみて下さいよ」


「そう焦ることはないさ。まだどうせ、ここにいるんだから。今日はもう寝る」言ってヴルシェは再び、ヨーカーの毛の中に潜っていった。


「…………」ゲンは頭を掻き、少女を振り向く。「あー、その、ごめん。驚かせて」


「だ、大丈夫、です……」カイは小さな声で答える。ヴルシェだけでなくゲンにも怯えている様子だ。その原因は、勿論、初対面でのゲンの態度にある。


「戻ってきたならイーヤの相手してやって」フクシーが声をかける。「カイはもう、寝とけ」


 結局その後、夜中まで、イーヤにぐだぐだ絡まれることになったゲンだった。



   *



「大丈夫そうだね。じゃあ帰ろうか」


 翌日の昼。ヴルシェはフクシーの左腕を調べてそう言う。


「アンタ、ありがとな。あとゲンも。またね」


 フクシーは言って手を挙げる。


 しかしノリアは、まだぐずってゲンの足下にいた。「ね、ね、もう一日くらいいてよ」と少女は服の裾を掴んで離さない。対するゲンは、しゃがんでノリアの頭に手を置き、


「ごめん。でもひとまず戻らなきゃいけないんだ。用事が済んだら、また来れるから」


「ホントに?」


「うん」本当に。このパーティの元へ戻ってきたいという気持ちは本当である。しかし、ここを離れる理由は少し違う。ゲンは隣のヴルシェを見上げる。ヴルシェを、少しでも早くこの場から去らせたいのである。ここには、フクシーに呪具を定着させるためにいただけだ。ヴルシェを一刻も早く帰らせたい。ここにいるとヴルシェは余計なことしかしないのだ。一方のヴルシェも、早く戻りたいとは思っているようである――何でも、ダルテリが、ノリアのことをずっとのだとか。自分まで監視されている気になって気分が悪いから、だそうである。


「それじゃ行くよ。ゲン、カイ」


「ちょっと待って下さい」まだ諦めていなかったのか、とゲンは溜息を吐く。「駄目です。というかそこまで連れて行きたがる理由は何なんですか」


「ん? 気に入ったから。大体、決定権はあの子にゲンにはないって言ってるでしょ。ねえカイ」


 イーヤの隣にいるカイは、その言葉にビクッと身体を震わせた。イーヤはあまり興味なさそうな顔をしている。カイとの間にはまだそこまで深い絆がある訳ではなく、ゲンたちについていってもいいかと思っているのかも知れない。まあゲンが“剣の舞”を追放されてからまだ二ヵ月ほどしか経っていないだろうか、二年ばかり一緒にいたケンやゲンと比べたら、その間の繋がりは薄いものである。「んー、カイ。嫌なら嫌ってはっきり言いなよ」イーヤは言う。「カイがそう言うんだったら、フクシーさんが全力で追い出してくれるから」


「まあやぶさかではないな」


 フクシーは呪具のほうの腕をぐるぐる回す。ヴルシェが特別なギミックを何も着けていないことを願う。


 さてカイは、俯きながら、


「嫌っていう訳ではないんですけど……」


 と発した。


 あれ、とゲンは首を傾げる。意外と乗り気のようだ。「ほら、本人がそう――」「ちょっと黙って下さい」ヴルシェの口を噤ませ、「、なに?」ゲンは続きを促す。


「あの、どうしてわたしなのかなって……まだスキルレベル低いし、魔法が使える訳でもないから、そこまでわたしを連れていきたいって理由が、やっぱりあるんじゃないかって」


「だそうですよヴルシェさん」


「だから気に入ったから――」


気に入ったのか、です」ゲンは言う。「あの子は何を気に入られたのか分からないって言ってるんです。答えて下さいよ」


「そんなのボクのペットにするのにいいと思ったってことだよ」


 ヴルシェは、そんな言葉をあっさりと言った。


「ぺ――ペット?」カイは目を丸くする。


「ゲン、それは流石に、無理にでも止めようかという気になるんだけど……」


 イーヤが少し引きながら言う。


「大丈夫、ゲンもボクのペットだから――」


「ペットじゃないです!」ゲンは叫ぶ。「えっと、ここで言うペットっていうのは面倒を見るとか、仲間として一緒に行動するって意味で」そしてイーヤたちに対して弁明を始める。


「…………」イーヤはもはや憐れむような視線を送ってくる。


「ああもう、だからボクは本人に訊いてるんだって」


 ヴルシェが少し大きい声を出す。「結局来るの、来ないの」


 そうだ、カイが一言、行かないと宣言すればいいのである。流石にペットにするとか言っている怪しい者についていきたいとは思うまい。一同の注意はカイに集まる。



「え、ええっと、じゃあ、行きます」



 ほらやっぱりそうだ、今の話を聞いてついていきたいと思う者などいる訳がない、ヴルシェには諦めてもらって――



「「「「え?」」」」



「ほらね」ヴルシェは、勝ち誇ったように言い、


「うう〜」ノリアはまだゲンの足から離れない。

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