■■■■の場合②


 ヴィヴェとの話は結局うやむやになり、翌日。今日は特に何もしないということで、例のクレミェの小屋でゲンとリョーは休んでいた。クレミェは外出していて、ヴルシェはゲンの近くにいなければならないため室内に吊るしたハンモックで昼寝している。


「――という訳で、“オリーブの鱗”は活動休止中。フウはゲンの言ったように何かやってて、ヒッツは元の武具屋で働いてると思う」


 リョーから、ゲンがいなくなった後のパーティの話を聞いた。活動休止とは言っているが、フウの様子を思い出すに再結成することはないだろう。そもそも、ゲンがフウの身代わりとなって斬られたとはいえその後、無事だったとは限らない。そのうち、確認に行きたいが――彼は眠っているヴルシェを見る。


「そうだ、ずっと気になってはいたんですけど」魔神の顔を見て、ゲンはリョーに向き直る。「その角と尻尾は、どうしたんですか」


 リョーはハッとしたように右角に触れる。尻尾が大きくゆらりと動いた。「……うん。そうだよね、だけど――



 ――私自身、よく分かってないんだ」



「……え?」


師匠せんせいに会って、この小屋に運ばれて――起きた時には、もう角は大きくなり、尻尾は生え始めてた。ここ一週間くらい、毎日どんどん伸びたね。師匠が、何をしたという訳ではないらしいけど」


「そうですか」


 こういう時は。ゲンは立ち上がって、ハンモックに近づく。「ヴルシェさん」そしてそう呼びかける。


「……むー」


「ヴルシェさーん」


「……くー」


「ご主人さまー」


「今ボクを初めて『ご主人様』と呼んだね!? そろそろ芸を仕込もうかなあ」ヴルシェは跳ね起きてそんなことを言った。やはり聞こえていたらしい。


「何か知らないですか、


 ゲンは構わず質問する。


「あれ。まあいいか――角と尻尾? それは竜人に本来備わってるモノじゃないか」


 ヴルシェは何の益体もないことを返す。


「それはそうですけど、今まで生えてなかった訳で」


「少なくとも角や尻尾の大きさは、仲間の竜人と比べて平均的だろう?」ヴルシェはリョーに尋ねる。


「まあ、これくらいの人も中にはいました」


「じゃあそれだけだ。魔人と関わって遺伝子が活性化したんじゃない? 育つべくして育っただけだよ」


 ヴルシェは言う。なるほど、まあそういうものか、魔人と関わって――



「『』?」



 ゲンはその部分を繰り返す。竜人の話をしていたのに、なぜそこで魔人が出てくる?


「ん?」ゲンの顔を見て、リョーにも視線を移すヴルシェ。彼女もゲンと同様に、不思議そうな顔をしていた。「えっと、竜人の起源が魔人っていうのは常識じゃ――」


「「ないです」」


 二人の声は重なる。


「……説明しようか」ヴルシェはハンモックから降りてそう言った。



   *



「つまりは竜人の起源が魔人ってこと」


 ヴルシェはそれだけ言った。


 それは、既に聞いた内容だ。


「それだけですか?」ゲンは訊く。


「え、他に説明が必要?」ヴルシェは首を傾げる。「起源に触れて思い出したんだよ。自分が何であったか。まあ現在の竜人に尻尾はないけどね、邪魔だから」


「自分が何であったか――」リョーは復唱した。「あの、村では竜人は、竜とヒトの間の子だと教わったんですけど」


「龍と人間が交われるかよ」ヴルシェは笑う。「まあ竜人は魔人と人間が交わって生まれたとも言われてるけど。でもまあ魔人か人間かでいえば人間だね。角なんて飾りです」


 ヴルシェはそう煽ってくる。リョーは甚だしく気分を害したようで、顰めた顔をゲンに向ける。


「き、聞いたことなかったですね。そもそも人間は、《探索クエスト》っていうので、魔人の情報をコツコツ集めてる段階なので」彼は慌ててリョーとヴルシェの間に立つ。――そこで、自分の言ったことに少し引っかかるところがあった。「……ヴルシェさん、そもそもなぜ?」


 ヴルシェは――目を細くする。「――どうしてだろうね」それだけ言うと、またハンモックに寝転がった。


 魔人。それは人間を遥かに凌駕する力を持った存在。かつては人間が神と崇めた対象。しかし現在は、人間に滅多に危害を加えることはないが、特に交流がある訳ではない、どころかほとんど知られていない存在。それは魔人の仲間内でもそうで、仲間のをしているという。一体何があったのか。ヴルシェは知らないふうを装っているが、何かしらを知っていそうである。ただそれを詮索するかどうかという段階で、昨日の彼の態度が思い出される。


「ゲン、相談なんだけど」


 と、リョーがヴルシェを見ないように角度を調整してから、ゲンに話しかける。


「何ですか?」




「私――一度、村に帰ろうと思う」




「――いいんじゃないですか」


「うん。それで……ゲンに、ついてきてほしい」


 彼女は言う。


「いいですよ――ああ、そうだ、ヴルシェさんから離れないんだった」ゲンは自分の主を一瞥する。ヴルシェから離れれば、呪具は効果を失い、彼は真っ二つになってしまう――らしい。「ヴルシェさんも一緒に行くっていうのは――」


「嫌」


 ですよねえとゲンは言いながら考える。呪具がいつ、彼が単独で動けるようになるほど定着するのかは分からない。だったら――を作ってもらえばいいのではないか?


 そういう、というのは、


「ヴルシェさん、ヴルシェさんのみたいな呪具って作れませんか」


「分身?」


 ヴルシェは興味を持ったように再び身体を起こす。


「そうすれば僕とヴルシェさんが別行動取れるようになるんじゃないかと思いまして」


「んー、作れるけど、三つ目だからなあ」


 ヴルシェは言う。


「三つ目?」


「ボクのスキルで贈与できる呪具は、一人当たり三つまで。回収したら数は減るけど、キミにあげた‘絆ノ留メ具’は回収できるけどできないし、‘愑ヨロコイキドオツツ’、あの水筒ね、はもう回収できないし。つまり呪具として作れはするけど、キミにそれをあげたらもうキミに新たな呪具をあげることができない。それはこの先、何があるか分からないから避けられるなら避けたいんだよね」


 とのことだった。


「じゃあリョーさんにあげれば……」


「キミたち二人はこれからいつも一緒に行動するつもりなのかい。そもそもボクの分身である以上ボクから居場所が分かるから、クレミェに交換条件として『標』を付けさせられそうだし」


 ヴルシェはあまり乗り気ではなさそうだ。


「げ、ゲン。やっぱり私一人で行くよ」


 リョーが遠慮してそう言う。しかしそう言われたからこそ、ゲンはヴルシェとの交渉を続けた。


「ヴルシェさんの分身として機能するって、結構な呪具だと思うんですけど、行ってすぐ帰ってきて回収してもらうっていうのはどうですか」


「微妙だね。意外とすぐ定着するかも知れないし。それに回収した呪具はボクに所有権が移るんだけど、ボクが所有できるのも三つまでだから、回収した時点で呪具は壊れるよ」ヴルシェは袖から例の鞄を取り出して言った。やはりそれは呪具だったらしい。「ただまあ――そこまで言うんだったらいいよ。ボクが気にしてるのは、万が一の話だ。それにいざとなったらキミがという選択を取れる」そう言って――自分の髪の毛を一本抜き、ゲンに、「人差し指、出して」


 ゲンは右手を伏せて開いた状態にして、ヴルシェのほうに出す。ヴルシェは人差し指の根本に髪を巻きつけ、「はい、名づけて‘カサ鏡’カガミ」毛は見る見る指輪のように形が整っていき、最終的にピッチリ指についた。「……ありがとうございます」ゲンは言う。


「気をつけて行ってくるんだよ、ボクのペット」


 ヴルシェは言って、また寝転がった。


「はい。いってきます」


 ゲンはその背中に、声をかけリョーと共に出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る