□□□の場合⑤


 ゲンに付き添ってもらい、リョーは村に帰った。村の入口が見えたところで、彼女は一度足を止める。気づいたゲンも、隣で足を止めた。


「大丈夫ですか」


 彼はそう声をかける。


 リョーが付き添いを頼んだのは、ただ村に独りで帰るのが怖かったからである。表面上は、気にしていない――いや、実際そこまで気にしているという訳でもないのだが、傷が浅い訳でもない。そしてその傷は、村に帰り住民と会うことで容易に開くだろう。そして――これは少し嘘を吐いていたのだが、弟に避けられたことは、結構傷ついた。それだけ可愛がっていたし、頼られたかったということなのかと、意味のない自己分析をする。……よし。


「ありがと。行こ」


 リョーは今できる限りの笑顔でゲンに言った。彼は頷き、二人でまた進み始める。



 門に着いた。村には竜人以外は入れない決まりとなっていて、その関所がある。ベルを鳴らすとすぐ受付の竜人が姿を現した。


「はいよ、通行証出して――お前、リョーか?」


 その受付は。彼女と同世代の者である。どちらかというと、リョーが嫌いな側の相手だ。


「うん。早く通して」


「いや待て。随分姿が変わったみたいだがそれはいい。ただ――」彼はぎろりと言を見る。「人間は村に入れられないぜ」


「えっと――」


「人間性は私が保証する。今日だけ許してくれ」


「リョーよ」受付は彼女の名を呼んだ。「人間を入れちゃならないって決まりは、そういう危険だからとかいう理由じゃない、、これに尽きる」


 それが、仲間意識の強い竜人の村のしきたり。


 ゲンはどうなることかとリョーを見る。彼が弁明してもいいのだが、リョーのほうから付き添いを頼んできた以上、何らかの策を用意してきたのだと思ったため何も言わないでおく。


 さて、リョーは。




「――スキル【獵神の運命】使用」




「ち、力尽くはダメですよ!?」


 ゲンは慌てて止めに入った。


 静観しようと思ってはいたがこれではこうするしかない。


「そっちがその気なら――」


 受付は身を乗り出し応戦する構えである。竜人はかなり戦闘的だというのは常識である。


 一体どうすれば――




「何の騒ぎだ」




 そこへ。


 一人の男が現れた。


 角は大きく髪は長く、身長はヒッツより高いくらいだろうか。彼と違う点は細く締まった身体つきであるところだ。服はゆったりとしたものを着ている。その強さ、その錬度は、フウをも凌駕しているように感じた。


 後ろには部下と思われる兵士たちが数人並んでいる。


「お、おさ。それが――」




「リュー?」




 リョーが言った。


 男はその姿を認めると、走り寄ろうとした――が、その大きな右角、そして見慣れぬ尻尾に速度を落とした。


 二人は手が届くかどうかという距離で向かい合う。


「長、こいつ、村に人間を入れようと――」


?」


 男は受付を睨みつける。


「あ、えっと」


をこいつ呼ばわりか」彼は言う。「俺が許す。ついてこい、姉貴、人間」


「人間じゃなくて」


 リョーはその男の圧倒的な存在感に負けず言う。


「ゲン。彼の名前」


「――分かった。ゲン、ついてこい」


 命令口調は変えずに、男は歩き出した。リョーはゲンに向かって頷き、二人で後をついていく。


「お前らは持ち場に戻れ」


 男は待機していた兵士たちに声をかけた。



   *



「父さん母さん、ただいま」


 ついたところは。リョーの家、らしい。中年の竜人の夫婦が、二人を出迎えた。


「おかえりなさい、まあ随分、変わっちゃって」


 母親がリョーを抱き締める。


「うん。あ、紹介する、彼はゲン。での私の仲間」


 リョーは言った。それはヴルシェがしたような形式的な紹介とは打って変わって、いい説明だった。


「リョーを助けてくれてありがとう」


 父親がゲンに握手を求める。彼は応じておいた――思ったより、力強い握手だった。


 それにしても、受付の男と全く態度が違う。彼らは人間のゲンもふつうに受け入れる構えである。だからリョーは連れてきて大丈夫だと考えたのだろうか――いや、既にひと悶着ありそうだった、というかほぼあったようなものだが。


「俺はのところに行ってくる」


 男――リョーの義弟おとうと、リューは言い残して家を出ていった。


「……リューは、『長』って呼ばれてたけど」


 リョーが両親に尋ねた。


「ああ、うん。あなたが出ていった後にね」


「今言っていた『村長』は勿論村長のことだ。まだ戦っていないから、自分が長だと認めきっていないらしい」


「リューらしいね」リョーは笑った。「小さい頃に、のがまだ尾を引いてると見た」


 ゲンは話に置いていかれている――が、限定的とはいえ、村に帰ってきてもリョーが楽しそうでよかったと少し思った。


「どのくらいいる予定なの?」


 母親が尋ねる。


「用が終われば明日にでも」リョーはゲンの右手をちらと見て言う。「というか私も村長に用があったんだけど――正式に、リューが村長になったんだよね?」


「ああ。由緒ある御前試合を経てな」父親が答えた。「まあそれならしばらく家で休みなさい。ゲンくんも、くつろいでくれ」


「うん。じゃあゲン、ソファにでも座ってて」


 リョーは言って階段を上がっていった。ゲンは言われた通りソファに腰かける。ふかふかのいい素材だった。



   *



 戻ってきたリョーは、自分の着ているのと同じ上着を一着持ってきた。


「これあげる」


 そしてそれを、ゲンに渡す。


「……えっと、リョーさんのと同じやつですか」


「うん。しっかり厚くて防護性・耐熱性・耐水性に優れ、血や油もよく吸収し、保温効果もある。ただ――」リョーはそこまで言って、少し口ごもる。「これ、……だから、その」


「すみません、もう一回」声が小さくて聞き取れなかったためゲンは聞き返す。



だから」



 彼女は言う。「い、嫌なら無理に使えとは言わないけど、結構使いやすいし、これから役に立つと思うから」


 ゲンは最初は困惑したものの、彼女の意図が分かったため、


「ありがとうございます」


 言って、笑顔で受け取った。


 リョーも釣られて笑みを浮かべる。


 そのタイミングで、リョーの弟、リューが帰ってきた。彼はまず姉を見て、次に姉の上着を羽織るゲンを見る。


「丁度よかった、訊きたいことが――」


「村長が許可を出した。今日と明日、ゲンを村に滞在させていいとのことだ」姉の言葉を遮り、リューは言う。ことは上手く運んだようである。


「ありがとうございます」ゲンは頭を下げかける――


」ゲンの言葉を遮り、リューは言う。


 ……おや?


 先程、受付と揉めた時には確かに『』と言っていたはずだとゲンは首を傾げる。


「リュー?」リョーは、弟の名を呼んだ。彼女も事態が少し変であるように感じたのだろう。


「俺を認めさせたいなら力尽くでそうさせろ」リューは再び家の戸を開ける。「俺は力でこの位に就いた。ついてこい、ゲン」


 ゲンはリョーを見る。彼女は首を振る――


「姉貴、これは俺とゲンの決闘だ。邪魔するな」


 リューが鋭く言う。


「邪魔するなって――するに決まってるでしょ。何を考えてるの」


 リョーは反駁した。


「まず戦う。早く来い」


 ゲンは急かされる――彼は、不安そうな視線を向けるリョーに対し、「まあ、やれるだけやってみます」と言い残し、リューの後を追った。



 場所は村の中央にある広場。


 リューは得物の刀を手にし、ゲンと相対する。「お前は得物が必要か?」リューの質問に、


「いや、僕は詠唱手キャスターなので」


「そうか」リューは分かっていたというふうに大した反応を示さず、刀を構える。


 周囲には続々と村民が集まってきた。さてとゲンは、どうしたものかと今更ながら考え始める。本気で戦っても、恐らく彼には勝てない。ではまずは相手が何のためにこの戦いをしようとしているのかを考えるべきだ。まず思いつくのは、彼が力で認められているという点。つまり彼らは、強さを重んじる種族ということだ。それならば、何も勝つ必要はない、勝ったら長が交代することになってしまう。彼がすべきなのは戦いの中で彼の強さを示すことだ。勝つことだけが強さではない、もまた強さである。そうすればこの戦いを通して少しは人間のゲンを認めようという気が起こるかも知れない。


 もう一つ、思いつくものがある。彼は観客の中からその人物を探した。


 ゲンの右後ろ。父親と共に、リョーがついてきていた。彼は一瞬そちらに視線を遣ると、改めてリューと向かい合う。


「準備はいいか」


「いいですよ」


 彼らはそう言い合う。


「それでは――始め!」立会人が、声を上げた。

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