●●●●の場合②


「貴様は自分のスキルをどう認識している」


 ヴィヴェがそう質問する。


 リョーは少し居心地悪そうにヴィヴェの隣の椅子に座っていたが、続いてゲンがその隣に座ると安心したような顔になり、話し始める。


「えっと、『獵神』は猟の成功を祈って祀られた神で、スキルの効果は、そのまま猟の成功――発見率や遭遇率の上昇、後は狩猟技術の向上など、だと」


「便利だな」ヴィヴェは言った。「――まあいいか、スキル【探出 サグリダシ】は近づいてくるものを感知するだけのスキルだ」ヴルシェのほうを少し気にしながら続けて言う。そのスキル内容は、クレミェの言っていた内容とおおよそ同じだから、恐らくそれがヴィヴェのスキルなのだろう。スキルを明かしていなかったのか。


「あー、そっか、自衛には充分なのか」


 ヴルシェが口を開く。「ヴィダツの件とかヴレディの件で丸め込もうと思ったのに――」


「おい」そこで、初めてヴィヴェがヴルシェに対して話しかけた。「何だそれは。その二人がどうした」


「ヴル。ヴィとは私が駆け引きを――」


「んー、教えようかな、教えないかな」


「ヴレディなど、久々に聞いた名だぞ。貴様とは会話しない予定だったがこの際いい」ヴィヴェはかなり喰いついている。


 そして人間二人は話に置いていかれる。


「でもキミはうちのペットたちと話したいんじゃ?」


 ヴルシェは自分が主導権を握れそうなのを察知すると、そうして強い態度に出た。


「弟子だ」クレミェが訂正を入れる。


「いいから言え」ヴィヴェは椅子から立ち上がる。


 すると、




「やーだね」




 ヴルシェは、窓から建物の外へ飛び出していった。「はあ?」ヴィヴェは扉から出てすぐその後を追いかける。クレミェもすぐヴィヴェを追った。


 そしてヴルシェは同じ窓から帰ってくる。


「…………」


「…………」


「まんまと撒けたね」


「あの、戻ってきていいんですか?」ゲンは尋ねた。


「スキルを聞いた感じ、『近づいてくるもの』に対する感知っぽいから、逃げてる途中で間違って距離を縮めちゃったら、すぐ捕まると思うんだよね。あとキミから離れられないし。そうそう、ボクがすぐ戻ってこられたのはこの呪具、」


「えっと、ちょっと待って下さい……僕から、離れられないっていうのは?」


 ゲンはそう訊く。ヴルシェは――相変わらずの、とぼけた顔で。


「――まだ言いそびれてたことあったっけ」


 多少はすまなそうに言って、頬を掻く。



   *



「まず見てもらおっか」


 ヴルシェは言い、ゲンの背中をめくった。背中の真ん中にはヴルシェはからもらった呪具、‘絆ノ留メ具’が見える。


「これは――私の、鱗?」


「そう。瀕死のゲンを救ったんだよ」ヴルシェは服を戻す。「で、まあ一命を取り留めたのはいいんだけど、あげてから間もないのと、効果が強力なのとで、ボクから離れると呪具の効果がなくなっちゃうんだよね」


「――効果が、なくなっちゃうっていうと……」


「真っ二つ」


 恐る恐る尋ねたゲンに、ヴルシェはばっさり言う。


「でも、師匠せんせいのあの小屋も、呪具、なんですよね?」リョーが思い出して言うと、


「あれをあげたのはかなーり昔だからね。完全に所有権がクレミェに移ってる。反対にゲンのはまだあげてから日が浅くて、


「――回収したいと思ったら回収できるっていうと……」


「ペットの生殺与奪の権を、主人が握るのは当然でしょ」


 やはり恐る恐る尋ねたゲンに、やはりヴルシェはばっさり言う。


「まあでも」リョーはそっと、ゲンの背中に手を置く。「ゲンを救ってくれて、ありがとうございます。そうでなかったら、私は彼と再会できませんでした」


「キミを拉致ったクレミェにもお礼を言うんだね」


 ヴルシェは笑う。


「別に、拉致られては――いやあれは確かに拉致に入るかもですけど」


 後ろの会話を聞きながら、ゲンはリョーのことを考える。一体どういう経緯で、クレミェの弟子になったのだろう。“オリーブの鱗”はどうなったのだろう。


 そして何より。あの片側だけ大きくなった角――そして尻尾。


 彼女は竜人なのに尻尾がないから、村を追い出されたのである。それなのに今は、随分と立派な尻尾が生えている。今までそれほど竜人を見たことがある訳ではないが、太く長く攻撃力が高い(体験談)いい尻尾だと思う。しかし結局、なぜ今更なのか。それが気にかかる。


「そうそう、クレミェには、気をつけたほうがいいよ」ヴルシェは声を落として言った。「特にゲンは、あんまりクレミェと会話しないように。『標』付けられちゃうから」


「リョーさんはいいんですか?」


 ゲンは少女のほうを見て言った。


「もう付いてるでしょ。その右目」


「え?」


「え?」


 驚いたのは――二人共である。


「んー、他人のスキルをべらべら喋るものでもないけど――ゲンには自衛のため。キミには師匠に代わってさらっと教える」ヴルシェは更に声を落として続ける。「クレミェのスキルは、相手と自分、同じ箇所に同じ傷を付けることで、傷を付けた相手の現在の状態・状況を知ることができる。傷――『標』を付けるには条件が必要らしいけどそれは知らない。ただボクはまだ付けられてない」


「条件が分からないのに、付けられてないかどうかは分かるんですか?」ゲンはそう質問する。「その、知らないうちに条件を満たしたかも」


「付けてたらクレミェはすぐここに戻ってきてるよ」


 ヴルシェは言った。


 それはそうである。クレミェはヴィヴェを追って外に出ていったが目的はヴルシェに、ヴィヴェとの交渉をさせないことである。それが条件に関係あるかどうかは知らないが、ヴルシェが戻ってきて建物の中にいるとが分かるなら、まず戻ってくるはずだ。


「『標』……」リョーは右目に巻いている布に触れながら呟く。


「たぶん説明とかほとんどされてないでしょ。師匠だからって、何に対してもハイハイ言ってちゃ駄目だよ」ヴルシェは言い、


「……説明ほとんどしないのはヴルシェさんもですけどね」


 ゲンはぼそっとつけ加える。


「おい貴様ら、ヴルシェが――」


 ヴィヴェが帰ってきた。


「――ここに――来てるな! ヴルシェ!」言って、近づく前に――ヴルシェは、先程出たのと反対側の窓から出ていく。ヴィヴェはすぐにその後を追って出ていき――またヴルシェは、戻ってくる。


「ふふ。外に出たように見せて実は別の空間に入るという呪具。一つの入口に対して一度しか使えないけどね。名づけて――」



 扉が開き。


 クレミェが帰ってくる。



 使。窓が入口なのかどうかという点には疑問が残るが、窓は使用済の二箇所しかなく、残る入口はたった今、クレミェが入ってきて立ち塞がっている扉のみ。


 そして、ヴルシェがクレミェに捕まって、あわや『標』を付けられそうになったところで、ヴィヴェが再び戻ってきて、またしばらく追いかけっこが続いた。

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