▽▽の場合①


「クレミェがよければだけど、ボクとしばらく一緒に行動しない?」


 ゲンとリョーがじゃれ合っている傍らで、ヴルシェはそう尋ねる。二人は動きを止めて無口な魔人の返答を待つ。


「構わない」


 クレミェは応じる。「やった」リョーは拳を握る。


 が、ゲンは。


「ありがとうございます、だけどまず、ヴルシェさんと二人で話したいことがあるんですけど」


「ボク?」


 特に身に憶えがないヴルシェは首を傾げる。


「まあいいけど」


 二人はリョーたちと一旦距離を置く。




「それで?」


 ヴルシェはすぐに尋ねた。


「――会館の魔人リスト、の話を、していたと思うんですけど」


 だからゲンも、すぐ本題に入る。


「してたね」


「記載されてるのは、全部で十七人、うち名ありはって言いましたよね?」


「言ったね」


 ヴルシェはいずれも首を縦に振る。



「でも僕が前に聞いたところによれば、全部で十六人――うち名ありはのはずです」



 ロイツから聞いた話だ。彼の過去の記憶はあやふやだがこの情報は恐らく正しい。ヴルシェのスキル【呪具贈与】が誤って伝わっていたり、ヴィダツとかいう魔人が偽名で載っていたりと、細かい点で、情報としての精度は低かろうが、その人数は、そうそう変わることはないだろう。しかも名ありが名なしへの変更である。別々に登録されていた二人が実は同じ個体だったということはあり得ることだがそれでも名なし同士だったら名ありに影響はないし、名ありと名なしだったら数が減るのは名なしである。名あり同士の可能性もない訳ではないが、名前を登録しているということはある程度他の情報もまとまってあり、個人として識別できるということである。つまり考えられるのは――リストを見たヴルシェが、意図的に誰かを隠したということ。リストは会合内で開示されていないため、偽証は容易い。しかし重要なのはなぜ隠したのかである。ヴルシェの話によれば、ダルテリは姿も名前も載っていて、クレミェは姿も名前も載っていない。これらは恐らく真実だと考えていい、なぜならヴルシェは『パーティ』という言葉を使っていて、なおかつヴィダツという魔人を警戒していたためである。つまり隠したのはダルテリ・クレミェに影響のない範囲ということか。隠したことが仲間の不利にはならないが、隠さないことがその者の不利になる、ということだ。


 さて、ヴルシェの反応を窺うと、


 その顔からは。いつもの笑みは消えていた――瞳は虚ろにゲンを見る。


 ゲンは身を竦めた。やはり魔人なのだと再認識させられた。




「キミにとってあのであるように――いやそれ以上に」




 ヴルシェはゲンが今までの人生で聞いたことがないほど体温の感じられない声で答える。




「ボクにとって、何にも代え難い大切な人だ」




「……すみません。軽率でした」彼はすぐ頭を下げる。心拍数が遅れて上がってくるのを感じる。顔を上げ再びヴルシェを見ると、


 その顔にはいつも通りの笑みが貼りついていて、


「うん。他に訊きたいことはある?」


 と尋ねた。


「えっと、これからの予定は戻ってからのほうがいいですよね。だったらいじょうです。ありがとうございました」


「うん。じゃあ戻ろうか、ボクもキミたちに訊きたいことがあるし」



   *



 ヴルシェが訊きたいこと、それは、


「二人のスキルを教えてくれない?」


 とのことだった。


 まあそれは当然だ、少なくともゲンはヴルシェのスキルを既に聞いているため、彼のほうからも教えるのが道理である。リョーは弟子らしいし既にしばらく一緒に行動していたようだからクレミェには教えているのではないだろうか。


「私のスキルは【獵神の運命】です」


 リョーはすぐに言って、ちらとゲンを見る。ゲンは魔人たちの反応を見た。


「そうなんだ」


 クレミェは言った。


 ……あれ?


「『獵神』って――誰だっけ。 だっけ」


「確か」


 リョーがスキルを明かしていなかったのを驚く暇もなく、魔人たちはそんな会話をした。『ヴィヴェ』とは――魔人の名だろうか。獵神が、魔人?


「ヴィヴェっていうのは誰ですか?」


 ゲンは自分のスキルを言う前にすぐ尋ねた。


「ん? 獵神のモデルの魔人だけど」


 …………。


 獵神の。


 モデル?


「人間がさ、『霊系スキル』? って呼んでるタイプのスキルがあるじゃん。あれは魔人ボクたちが今みたいに討伐対象みたいな扱いを受けてなくて、むしろ神格化されてた頃の名残りみたいなものでさ。『灋神ホウシン』とか『凮神フウシン』とか――ボク自身は何だったかな。まあいいか」


 ゲンは意図せずあるスキルを思い出すこととなった。【劍神ケンシン加護カゴ】。それは誰がモデルなのだろう。ただ、モデルを知ったところで何が変わる訳でもないかとも考える。


「それで? ゲンのスキルは?」


 ヴルシェはもう話をやめてそう訊いた。まあ元々、そちらの話が本筋だったからでもある。


「僕のスキルは【天元突破テンゲントッパ 】です」


 ゲンは答えた。


 リョーは、「また進化したんだ」と呟き、



 ヴルシェは、



 クレミェは、



「そうなんだ。じゃあ戻ろう」ヴルシェは言って歩き出した。


 ゲンとリョーの二人はその微妙な雰囲気を察知した。ゲンは先程のことを踏まえて深くは訊かないことにし、リョーはゲンが訊かないならいいかと、二人でその後を追った。ゲンは、フクシーが言っていたことを思い出す。『魔物のスキルレベルの限界突破は、魔物の限界突破スキルにしかできない』。魔人の場合もそういう制約があるかも知れないと、彼は少し考える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る