□□□の場合④
リョーは寝台で眠っている。その頭の右半分には包帯が巻かれていて、昨日
結論から言うと、対策不足であった。霞狸が恐れられている一番の理由は、実際の大きさが不明という点である。それが霞狸のスキルで、鼠ほどのサイズから山より大きいサイズまで身体を自由に変えられる。それをリョーのスキル
リョーが目を覚ます。
「ごめんリョー」
フウは頭を下げる。
「先走った。もっと慎重に行動すべきだった。オレのスキルはオレ自身しか治せないのに――」
リョーは、何事もなかったように身体を起こす。「顔を上げてよ」
「…………」フウは言われた通りにし、彼女と目を合わせた。
「発案したのはフウだったけど、承認したのは、リーダーの私。私もできると思ったから受け入れたし、ヒッツもそう。だから今すべきことは、後悔じゃないよ」
リョーはフウの膝の上の手を、上から握った。彼の顔が紅く染まった――彼は肌と肌の触れ合いを苦手としているのだ。いつものことなので、リョーは構わず続ける。
「今すべきなのは、これからの計画。ヒッツが戻って来しだい――」
そこに丁度、“オリーブの鱗”の
「おう、おかえり――」
「二人共。心して聞いてくれ」
彼のそんな前置きに、二人は少し背筋を伸ばす。
「靁羆が――討伐されたらしい」
*
その後。
話し合いの末、パーティの活動休止が決まった。それは結成理由にして最大の標的がなくなってしまったことで迎える、当然の結論だろう。リョーは調子が戻ってきたのでリハビリテーションを兼ねて夕暮れ時の街を歩いていた。
考えていたのは、彼女たちがかつて追放した少年のことだ。
靁羆に殺されてしまうだろうからと、本人には言わずに追放した。それが一週間ほど前か。しかし今――靁羆は倒された。それならば追放する必要はなかったのではないかという考えが去来する。結果論ではあろうが、それは自分たちが結論を急ぎ過ぎていたということでもあるのではないだろうか霞狸も倒せない現状で靁羆を倒そうなどというのは妄言でしかない。もう少し、一緒にいてもよかったのではないか――彼が、新たなパーティに拾われるとは、限らないのだから。もしかしたらもう、冒険者をやめてしまったかも知れない。二度も仲間に裏切られ、捨てられ――後悔ばかりが、彼女の胸中に渦巻いていた。
そもそも彼女がもっと強ければ、追放せずに済んだかも知れない。たとえばリョーとフウが前衛で攻撃し、ヒッツが後ろから盾を張り、ゲンはその後ろで攻守の援護、というのはどうだろうか。リョーがもっと強ければ、フウほどの鍛錬を積んでいれば、可能だったかも知れない陣形である。しかし彼女のレベルはまだ102。追放した少年に限界突破してもらってから、まだほとんど上がっていない。それは彼女自身の怠慢で、ならばなぜなおさら、努力していたあの少年を追い出せるのだろう。
強さが必要だ。フウと同等、いやそれ以上の訓練が必要だ。剣技は村で一通り習ったが、これを機に新たに学び直してもいいだろう。それには師がいたほうがよいが――
「強くなりたいか」
彼女に。話しかける声があった。
リョーは、声がした方を向いた。
そこにいたのは、頭の真ん中に鋭い角の生えた、両眼を布で隠している人物。身長はリョーより少し高いくらいか。竜人の角は頭の左右に生えるので、仮面だろうかと彼女は考える。しかしそれより今――何と言った?
「強くなりたいか」
再びその人物は言った。
「えっと……はい。なりたい、ですけど」
シン。
表すならばそんな音が聞こえ――リョーの右眼に傷が入った。
目の前の人物は、剣を鞘に収めるところだった。
赤い血が涙の雫のように垂れていく。傷ついているのは瞼だけで、眼球は無事だ。その血に構いもせず、
リョーは、恐怖、あるいは感動していた。見えなかった。この者についていけば確実に強くなれる。しかもどうも、口振りからして教える気があるらしい。「わ、私を――」リョーは、
その場に倒れた。
彼あるいは彼女はしゃがんで、倒れたリョーを引き上げ、歩き出した。
布が切れて、露わになった右眼にはリョーにつけたのと同じ生傷が見える。
*
「もう一回」
「はい!」
リョーが斬りかかる――前に、クレミェは剣を弾き飛ばす。
「もう一回」
「はい!」
リョーは剣を拾って、再び斬りかかる――前に、彼女は鞘を投げる。クレミェはそれを掴み、リョーの足下に投げ返す。彼女は避けきれず左足を引っかけ、転ばされた。
「今日は終わり」
「ありがとうございました!」
クレミェの言葉にリョーはすぐ身体を起こして言う。クレミェが手招きして彼女を呼び寄せた。リョーは背を向けて師の前に座る。クレミェは、リョーの右だけ大きくなった角を優しく撫でた。尻尾をゆらゆら揺らしながら、「なんで大きくなってるんでしょ」とリョーは呟いた。
それには答えず、「明日、私の仲間に会わせる」と師は言った。
仲間? とリョーは首を傾げる。ここ数日、どこか分からない森の中で自給自足をしながら鍛えられていたが、師匠に仲間がいることは知らされていなかった。角が本当に頭から生えているのは昨日気づいたので、そういう仲間なのではあろうが。
そして会合の当日。
まずはクレミェと同じく角の生えた二人を見た。片方の几帳面そうなひょうは竜人のように頭の左右に一本ずつ。もう一人の、早くも彼女に絡んできたほうは右に一本、左に二本と偏っていた。そして角の生えていない者が一人いて、
リョーは。
自分の目を疑った――そこにいたのは。
かつて、彼女が追放した少年であった。
再び出会えるとは思ってもみなかった――それも、こんな形になろうとは、誰が予想し得ただろう。
生きていてよかった。
元気そうでよかった。
しかしそれよりも彼女が気にかかったのは、まるで一度死を経験したかのような覚悟ある顔つきである。やはり追放は誤りだったか。謝らなければ。許してもらえるだろうか。様々な感情が入り乱れる――
「
彼が名を呼び。
彼女は気がついたら――飛び出していた。
彼を抱き締めていた。
感謝も、謝罪も、嬉しさも、後ろめたさも、全ては、
全ては一つの身体にあって、彼女はその体現だった。
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