●●●●の場合①


「着いたよ」


 ヴルシェは言った。ついていっているうちにいつの間にか森から出て知らない場所を走っていたが、到着したのはどこか分からないが森の中であった。ゲンは息を整えながらきょろきょろ辺りを見渡す。特に珍しい植物がある訳でもない、ふつうの森林に見える。



「遅い」



 二人に対してそんな言葉が放たれる。肉を貫通して背骨に直接触れられたような感覚。しかし――その越えには、聞き憶えがあった。


 ゲンは振り返る。


 そこにいたのは、切り株に座っている――頭の右側に大振りの角が生えている、魔人。


 彼は、その魔人を知っている。


 魔人ダルテリ。


 そういえばと、彼は先程のヴルシェの言葉を思い出した。『遅れたらダルテリに怒られる』。二人は同じパーティのメンバーなのだ。


「紹介するよ。ダルテリ、コイツはゲン。ゲン、コイツはダルテリ」ヴルシェはそうひどく形式的な紹介をする。「そして――あれ? は?」


「遅れるそうだ」


 ダルテリは答えた。


「遅刻するとは、許せないね。頻繁に会う訳でもないのに――」


「クレミェからは連絡があった。貴様からはなかったぞヴルシェ」


 ダルテリは静かに言う。


「実はかくかくしかじかでコイツを拾ってさ、いろいろ話をしてて」


「お前――の子供と一緒にいた人間だな? なぜここにいる」ダルテリはそのことに気づいて立ち上がった。ゲンはビクッと震える。


「私は質問しているが」


「だから――」


「貴様には訊いていない。答えろ人間」


 ダルテリは一歩ずつゲンに近づいていく。その度に威圧感がゲンの喉を締めつける。


 彼はとにかく一言目を発することに集中した。


 魔人は近づいてくる。


 ゲンは、



「あ」



「あ?」


 ダルテリは足を止めた。


「えっと、森で」次に単語を発することに成功する。「魔人に襲われて死にかけてたところをヴルシェさんに助けてもらって」彼は一息で文を発した。


 言ってから、相手も魔人であることを思い出したが言ってしまったことは仕方ない。冷や汗がじっとりと服の中を滑っていく。


「誰だったんだ?」


 ダルテリは――ヴルシェのほうを向き、尋ねた。


だね。が言ってた」ヴルシェは答えた。


「ふん。まあいい」言ってダルテリは切り株に戻り、腰かけ直した。「同席を認める。クレミェが来しだい、始める」


「あ、来たみたいだね」


 ヴルシェが指差した方向をゲンは見た――現れたのは、


 細く鋭い一本の角を額から生やし、


 両眼をクロスさせた布で覆っっている、魔人。


 存外禍々しい感じがしないのは、その綺麗な角のせいか。ヴルシェやダルテリ、あるいはゲンを斬ったヴレディという魔人も、角からして邪悪でおぞましかったがこの今来たクレミェはそうではなかった。目が覆われていて顔のうち口元くらいしか見えず表情を読み取るのが難しい。視線を追うことも困難だ――というか、本人は周囲が見えているのだろうか。


「クレミェにも紹介しないと。クレミェ、コイツはゲン。ゲン、コイツはクレミェ」


 先程と同様に形式的な紹介をするヴルシェ。少し余裕のできたゲンは少し頭を下げてみた。


 しかし――相手は聞こえているのかいないのか、ただゲンを見ている――少なくとも、顔はまっすぐ彼に向いている。


「ボクのペットだよ」


 ヴルシェは続けて言った。


 …………ん?


「ペット!?」


 ゲンは思わず叫んだ。


「あれ、違うの? 人間は自分で世話するために捕まえた魔物を『ペット』って呼ぶんじゃ――あ、『家畜』だったっけ?」


「いやその二つだったらペットでしょうけど」


 彼は困惑する。まさか自分が魔人のペットにされるために救われたとは。ただ、人間が、魔物を家畜や愛玩動物として扱うように、魔人たちにとっては自分より下の存在である人間をペットにすることは至って自然なのかも知れない。これが、魔人と人間の差。


「とにかく始めるぞ」痺れを切らしたダルテリが口を開く。「全員腰を下ろせ」


「ダル」


 ゲンとヴルシェは地面に座った――が、クレミェは座らず声を発した。優しい声色であるようにゲンは感じた。


「何だ」


 呼ばれたダルテリは苛々しながら応じた。


「私も同席させたい者がいる」


「あ?」


「来い」


 ほぼキレているダルテリを無視してクレミェは背後に声をかける。


 やって来たのは。


 右に大きい角、左に小振りな角。あまり邪悪さが感じられないのはクレミェと同じだ。


 角の大きい方の目はクレミェのように布で覆っている。両眼とも覆っていないのよりも覆っているのよりも、片側だけというのが一番危険とも思われるが、とりあえずまっすぐ歩いてきているので大丈夫そうである。


 目立つのは尻尾だ。一歩踏み出す度に、左右にゆらゆら揺れている。他の魔人には見られない特徴だ――



 ――ゲンは。違和感、あるいは疑問を抱く。



 この者は魔人なのだろうか。人間のゲンがヴルシェに連れてこられたように、魔人ではないのかも知れない。


 そう考えると魔人以外でその特徴に合致する種族を彼は知っている。には尻尾はなかったが、左角の形などはそっくりだし、髪の長さも同じくらいだ。


「おお、クレミェもペットを?」


「弟子だ」


 ヴルシェが登場した五人目に近づきながら言うと、クレミェが訂正する。


 自分もペットよりは弟子がよかったと思いながら、ゲンは引き続き観察する。見れば見る程、そっくりに思う。まあ他の竜人をほとんど見たことがないからかも知れないが、身長や、顔立ちも似ていて、


「これ剣? 見ていい?」ヴルシェは全く遠慮せずに言葉を続ける。その五人目は少し頷いて腰の剣を渡した。ヴルシェはしげしげとその剣の柄や鞘のレリーフを眺めた後、鞘から刀身を抜いた。


 その剣は。


 見憶えがある――どころではない、確実にだと言える。彼はいくつものクエストでその剣を見た。その剣に、稽古をつけてもらったこともあった。忘れるはずがない、その剣は、それを持つ彼女は、





「――?」





 ゲンは言った――彼女は。顔を上げ、彼と目を合わせる。


 その時、初めて目が合った――いや、今までに幾度も合わせて、久々に合った、その瞳。それはやはり、



 彼女は。



 ゲンに向かって走り出し――彼を抱き締めた。

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