第三章
▲▲▲▲の場合①
――どれくらい経ったのだろうか。
ずっと、上も下も、右も左も分からないような曖昧な意識の状態だったが、突然くっきりと明確になった。暗闇の中で火種が薪を得て周囲をパッと照らすように、記憶が整理され今の自分を客観視できるようになる。
森。
魔人。
そして。
斬られた――そうだ、身体が真っ二つになったはずだ。彼は身体を起こす――
斬られたはずの胴体は、何もなかったようにひと繋ぎに変わらずある。服も破けていないし――めくって確認しても、傷一つ見当たらない。
夢だったのだろうか。あれだけ実感を伴っていなのだから考えにくいが、斬られたはずの身体が何ともなかったというのと、どちらが受け入れられるだろう。しかし夢といってもいつからなのか。“
『魔人』はそもそも、夢の中だけの存在で――
「
ゲンの右隣。
先程までは確かに誰もいなかった、そこに――一人の、
ゲンは唾を飲む。
「やっと気づいた? このまま無視され続けたらどうしようかと思ったよ。ボクは
右に一本。
左に二本。
合計三本の
しかしその存在感とは対照的にその顔に浮かべているのは――笑顔。
「……あれ? 返事がない――異邦人には見えないから通じるはずなんだけど。喉が渇いてて声が出せないのかな?」彼は言って、袖から鞄を取り出し、その中から円形の水筒を出す。「はい、
ゲンは差し出されたものをとりあえず受け取った。まず上下に振ってみる。中からちゃぷちゃぷと音が聞こえた。見た目通り水筒なのだろう。
彼は改めて目の前の魔人を見る。今まで見た魔人二体と比べ、害意は感じられない。ゲンは水筒の蓋を開け、口をつける。声が出せないというのはその魔人の勘違いだが、喉が渇いていたのは事実だ。中の水(無味)を飲みながら、ゲンは男の言葉を一から思い出した。最初に突然話しかけてきたと思ったら、まず名乗った。ヴルシェと。
……
ゲンは口内の水を吹き出した。
「わっ」
ヴルシェはサッと避ける。
なぜ最初に言われた時に思い出さなかったのか。魔人ヴルシェ。ロイツが言及していた――スキル【
スキル【呪具】は、
呪具を作り出すスキルに他ならないだろう。
水筒を取り出した鞄は服の
「マナーがなってないなあ。それに急に怯えだして。要らないなら要らないって言ってよ」
「…………」
ゲンは魔人を見て、再び水筒に視線を移す。
一見して怪しいところはない。体調に今のところ変化はない。意識もはっきりしている。考え過ぎだったかと思い、再度口をつけた。
「折角の『呪具』なのに、使わないから勿体ないでしょ」
ゲンは口内の水を吹き出した。
「あのさあ! 温厚で有名なボクも、二度もこんなことされたら――」
「ゲンです」
「ん?」
ゲンはむせながら口元を袖で拭いて言う。
「僕の名前です。水かけてすみませんでした」
魔人は目を丸くしたが、すぐにその顔は感動の色に染まり、
「やっぱり通じてるじゃないか! なに、いいんだこれくらい。それよりゲンというのか、年齢は? 身長は? 体重は? 肉は食べられるの? 逆に植物が食べられないとか?」
「あの、その前にこっちから質問してもいいですか」
ゲンは怒涛の嵐に飲み込まれそうになりながらなんとかそう言い出す。
ヴルシェはその言葉を聞くと、
「確かに。キミはボクの質問一つに答えた。今度はボクがキミの質問に答える番という訳だ。いいよ、何でも訊いてくれ」
「ありがとうございます」ゲンは言い。「あなたはスキル【呪具】持ちの魔人ヴルシェさんですか」
「違うよ」
…………。
え?
違う? しかしこれはロイツからの、
「ボクのスキルは【呪具
「…………」
スキル【呪具】ではなくスキル【呪具贈与】。
情報が誤っていた――いや、それは問題だがよく考えれば
「じゃあ今度はボクが質問を――って、ああ、忘れるところだった。ほら立って、
ヴルシェは言って鞄を袖にしまう。水筒はしまわなかったので、とりあえずゲンが持った。
「会合?」
「キミたちが言うところの『パーティ』の、だよ」立って立って、とヴルシェは急かす。
「あの、その前に一つだけ訊きたいんですけど」
「ええ? 歩きながらね、遅れたら
二人はどこかを目指して歩き出した。
「質問してもいいけど、順番的に次はボクが二つ質問するからね」
細かくこだわるヴルシェ。その歩くペースは結構早い。ゲンはなんとかついていきながら、
「僕の身体は真っ二つになったと思うんですけど、なんで生きてるんでしょうか」
と尋ねた――
ヴルシェは、
立ち止まり、
振り返って、
「あれ!? 言ってない!? 言ってなかったね確かに! ごめん!」
「…………」
予想外である。
「会合より優先すべきことだよこれは。キミの命に関わることだからね。背中に触ってごらん、肩甲骨同士の間辺り」
とりあえずゲンは言われた通り手を伸ばす。そこにあったのは、
「それがボクがキミに最初に与えた『呪具』。名づけて
竜人の鱗。
それは――
『お礼は身体でいいよね?』
『もしもの時のために取っておくといいよ』
そうして渡されたものであった。
貸し借りは以降なし、ということだったが、彼女に対してとんでもない借りができてしまったらしい。
「それは使用者の体がちぎれても繋ぎ留めてくれる。ただしボクのスキルで作った『呪具』は――」
ヴルシェはそこまで言って口を噤んだ。
ゲンは背中の『呪具』をさすりながら涙を流していた。
「……大事なヒトだったんだね。道理でキミの身体がぴっちり繋がった訳だ」ヴルシェは言い。「今はどこに?」
「分か、りません」フウと会った時。
「いつか会えるといいね」
ヴルシェはやはり、その湛えられている禍々しさとは裏腹に、そんな優しいことを言う。それが心に入り込んで、ゲンは再び泣きそうになる。
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