ソーク・グルテルの場合②


「私は医務室に行って、そのままクエストの報告をしてくるから、しばらく待ってて」


 フクシーは言い、ゲンと正面玄関で別れる。彼はとりあえず食堂で待機することにした。


 先ほど、突然ゲンとノリアの前に現れた男について考える。ロイツやフクシーの言葉を統合し推測する限り、アレこそが、なる存在であるようだ。


 しかしなぜあの場に現れたのか。そして、そもそも魔人とは何なのか。ロイツは人型の魔物と説明していたが、あの靁羆ライクマから感じた威圧など比ではない――恐ろしさ。理不尽さ。禍々しさ。どれを取っても魔人のほうが遥かに上である。何だかんだ、人間は魔物を狩る対象と見ているが、アレは絶対にそうはなり得ない。


 ――むしろ。人間が、狩られる側なのではとすら思える。


 そもそも、今まで魔人など聞いたことがない。まあ結構有名らしい靁羆も知らなかった時点でゲンのほうにも問題はあるかも知れないが、あれほどの怪物について、会館から何の注意喚起もないなどあり得るだろうか。アレは何の前触れもなく、ゲンたちの前に現れた。今この場に現れない保証はあるのだろうか。《探索クエスト》――おおよその生息場所を把握はしているようだが、あの移動能力があっては前提が崩れる。靁羆はたとえばスハイル渓谷の自分の巣とその周辺でしか活動しない。魔人はどうか。あの森の中から出てこないのか? それは考えにくい――アレは、言葉を使っていた。人型である以上、自然なことのように思えるが言語を使えるということは知能が高いということである。しかもゲンたちと、コミュニケーションを取ろうとしていた。それほどの知能レベル、そしてその計り知れない強さを持つ存在が、ただ森の中で野生の暮らしをしているとは考えられない。そもそも、森の中で会ったというだけで森の外からゲンたちのところへわざわざ来たのかも知れないのだ。詳しく話を聞かねばならないと、再確認する。



「げ、ゲン? ひ、久し振りじゃねえか」



 状況を整理していたところで、


 聞き憶えのある声を耳にした。


 ゲンはすぐに、首を巡らせる。



「……ケン」



 ゲンと目の合ったケンは、ひきつった笑顔を形成し、気さくなふうを装って「よう」と右手を挙げて挨拶した。


 隣には、ゲンの知らない女子を侍らせている。


「いやあ元気してたか。どうだその後は」


「…………」


 ゲンはすぐ顔を背ける。会話しても無駄だと感じたのだ。追放した張本人である上、移籍先のパーティの用意など何もしなかった彼が、『』と。そんな人間を相手してやるほど、ゲンは優しくない。


「あ、この子は、お前の後に入ったヤウだ」


「ども」ケンの隣の少女は状況が分かっておらずとりあえず頭をついと下げた。


「…………」


 ゲンの答えは、変わらず沈黙である。



「最近受けたクエストは――」


「イーヤには会ったか?」


「そういえば――」



 云々。


 時間の無駄だと判断してゲンは食堂を出ることに決めた。


 それでもケンは彼を引き留めようとする。


「お、おいゲン。お前は今何してんだ?」


「あ?」



「おうい少年くん。待たせたな……ん? 知り合い?」



 フクシーが合流する。ケンとヤウは彼女を見てビクッと震えた。フクシーは真っ赤に染まったままの服を隠そうともせず近寄ってきた。左の袖は通すものがなく所在なげに揺れている。


「昔のですよ。今はどうでもいい奴です」


 ゲンは立ち上がる。


「へえ。つまり――敵ってこと?」


 フクシーはべっ! と舌を出す。


「敵ですらないです。本当にどうでもいいので――腕、大丈夫でしたか? 行きましょう」


「そうだねえ。行こうか」


 彼女は舌をしまい、くるっと出口のほうを向いた。


 ゲンも二人を置いて食堂を出て、正面玄関へ。


 そこで丁度、会館に入ってくる二人組がいたため、ゲンは道を譲った――



「あ、ゲン」



 背の大きいほうの女子が言った。


 イーヤである。彼女もまた、ゲンを追放したことなど気に留めていないように気さくに話しかけてきた――いや、彼女に限っては本当に気にしていないというか、特に仲が良かった訳ではないためどうでもいいことだと思っている可能性はある。


「ケンには会った?」彼女は軽く首を傾げる。


「……会ったよ。食堂で」ゲンはそれを受けてケンの時とは少し態度を変えた。「その子は?」


 ゲンはイーヤの隣の、背の小さい少女を見る。ノリアよりは年上だがゲンの三歳下といったところか、冒険者になるには少し若い。ノリアを見た後だと、何ともなくも思えるが。


「なんかケンが、スキルはまだ限界突破できるらしい、とか言い出して。探したの、あなたの代わりを」


 イーヤは言った。


「か、カイです」


 限界突破スキル持ちだという少女、カイは小さな頭を下げた。



 ――



 そうだ、オートから既に話を聞いていた。あの時は、オートを追放して代わりに入れたということで本質が見えていなかったが――結局、にこの少女を入れたということである。


 ゲンに声をかけずに。


「――フクシーさん」


「ん?」ゲンの呼びかけに、フクシーは応じる。




「こいつは敵です」




 ゲンの憎しみは。


 その少女――カイに向いていた。


 戻ってくるよう頼まれても、受けていたかどうかは分からない、というか恐らく受けなかっただろうが、


 彼女が、自分のポストを奪ったのは事実である。


 彼女がいなければ、鉢は自分に回ってきていた。


 今更戻りたいという訳ではない、歪んだ憎しみ。ゲンに睨まれて、少女は萎縮してイーヤの後ろに隠れた。


 そんなゲンを見て、フクシーは。


「そんなちまこい子供を苛めるな。帰るよ」


 彼の頭を軽くはたいて、扉から出ていった。


 その行動に――ゲンの感情は、ぽしゅっと空気が抜けるように心の奥へ去っていった。



  *



「いやー、すっかり暗いね」


 フクシーは空を仰いで言った。日が暮れ雲がかかっていて、辺りには会館の光以外は暗闇が広がっていた。


「あの……すみませんでした、さっきは」


 フクシーの追って会館を出たゲンは外の冷え込みに完全に正気を取り戻した。彼は言って頭を下げる。


「ん? 別にいいさ。それより帰るとは言ったけど、どうも魔人が現れたせいでいつもの森が立入禁止になるってさ。だからあそこには戻れないし、アイツらを呼ばなきゃいけない」


「それは――どうするんですか?」


「これ見えてない?」フクシーは自分の胸の前の空間をつまむ。何かが、そこにあるようだ。


 ゲンはその場所を掴んでみる――変わらず見えはしなかったが、感触は分かった。


 である。


「これがソークのサブスキル【命綱】――今は【碇綱】か。これを引っ張ると」


 じゃら、と音が一つ聞こえ。


 ソークが暗闇から姿を現す。「どうかした?」


「やっぱり立入禁止だって。撤収」


「やっぱりか。了解」


 ソークは闇へ消えた。しばらくして、ロイツとノリアを連れてソークが再び現れる。


「ノリア、ヨーカーは?」


 ゲンは狼がいないのを見てすぐに尋ねた。


「ヨーカーはね、わたしの居場所が分かってるからすぐ来るよ。ソークが、暗いと危ないから、ヨーカーに乗っちゃダメだって」


「落ちたら危ないからね」


 ソークが言う。


「落ちないよっ!」


 ノリアはすぐに言い返した。


 何はともあれ、二人が会館にいる間には何事もなかったようである。魔人。それについて詳しくは明日、ロイツから聞けばよいだろう。今日はとにかく精神的に大変疲れた。いつも寝つきはいいが、今日は特にすぐ眠ってしまうだろう。

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