ロイツの場合③


 翌朝、ゲンはロイツの部屋を訪れる。ちなみに部屋割りは、フクシーとノリアが同室、他は一人一部屋である。


「魔人について、とな」


 ロイツはゲンの質問に応じた。


「はい、今まで一度も聞いたことがなくて」


「そうじゃろうな。情報統制がされておるからの」


 ロイツはこともなげに言った。


 やはり広まっていないのは意図的な工作の結果という訳か。


「魔人が今まで、人の住む市街や村落に現れたという記録はない。ゲンも見て理解したじゃろ、あの者の強さを」


「……はい」


 思い出すだけで、寒気がする。


「人々を下手に恐怖させないため、魔人の存在は一般には伏せられておる。向こうが積極的に関わってこない以上、こちらからも刺激しないということじゃな」彼はあまり緊張感のない声色で言う。「《探索クエスト》は魔人の存在を知らされている一部の冒険者による哨戒じゃ。魔人が変わらず人間に害を為そうとしておらぬか、どこを縄張りとしておるか、そもそも魔人は何体おるのか。会館のほうに登録されておるのは名有りが五体、名無しが十一体。目撃回数が一回の個体も含めての」


「ロイツさんは、四人憶えてると言ってたと思うんですけど」


「そうじゃな。一人は昨日の魔人、ダルテリ。スキルは知らぬ。


 一人は魔人ヴルシェ。スキル【呪具ジュグ 】を使う。


 他二人は名前もスキルも知らぬ。見たのも一度きりじゃ」


「なるほど」ゲンは頷く。「それで、結局魔人とは何なんですか?」



「すまぬが、今話したことで全てじゃ」



「……え?」


「とても強いが、人間の町は侵さない。魔物のたぐい。個体を区別する名前がある。せいぜいこの程度じゃ」


「それは――」


 次現れた時、一体どう対処すればよいのだ?


 魔人が現れた時のことを思い出す。突然声が聞こえ、気づけば二人のすぐ近くに座っていた。アレが用があるのはノリアであるように思えた。リェシャの子、と。


「そうだ、リェシャっていう魔人は確認されてますか?」


 ゲンは尋ねた。


「リェシャ――聞かぬ名じゃのう。どこで聞いたんじゃ?」


「昨日の、その魔人、ダルテリ? がノリアのことを、『』って――」



まことか」



 ロイツは。


 静かにそう問うた。


「は、はい」


「…………」


 ロイツは黙りこくって何かを考え込む。ゲンは何か重大なことを訊いてしまったのかと少しドキドキする。


 そこへ。



「あ、ゲンはっけーん! お話ししてたの?」



 ノリアが元気に扉を開けて現れた。


「おはよう。うん、してたんだけど」ゲンはロイツのほうを見た。彼は依然として腕を組んで考えごとをしているようだ。


「私もね、ゲンにね、話すことがあるの。あの、昨日の続きなんだけど」


 ノリアは言う。昨日――そうだ、魔人とその後のあれこれで忘れていたが、あの時、


 少女の過去を聞き、


 慰めるという話だった。


 ノリアはロイツを見て、くいくいとゲンの袖を引っ張る。「えっと……」まあこれ以上の情報は得られないかと、退室することに決めた。「ロイツさん、それじゃ、ありがとうございました」ゲンは言って、ノリアに連れていかれた。



 *



「わたしは狼に育てられたの。ヨーカーのお母さんだから、わたしとヨーカーはきょうだい。


「本当のお母さんもお父さんも知らなくて、気づいた時には、狼のお母さんに育てられてた。


「別におかしいなとは思わなくて。生まれたばっかりだしそれしか知らないから、それがふつうだと思ってた。人間が来ない山奥だったから、人間にとってのふつうが分からなかったの。


「たぶん三歳くらい? の時に、初めて他の人間に会った。迷ったみたいだったんだけど、ヨーカーと遊んでるわたしを見たら、その人、急にわたしを森の外に連れていこうとして。


「お母さんに、殺されちゃった。


「最近になって、その人がやったことは、ふつうのことだなあって分かるようになった。でもその時は、お母さんとヨーカーとの生活がふつうだったから、それで当然だと思ってた。


「それで、わたしを助けようとした人が帰ってこなくて、たくさんの人が森の中に探しに入ってきたの。やっぱりわたしは見つかって――お母さんがまた立ち向かってくれたんだけど、今度は、すごく強い人で、お母さんは負けちゃった。それでわたしは森の外に連れ出された。


「連れてかれた先は、フクシーがいた、しゅーどーいん 修道院 ? ってところ。そこでフクシーと、あとロイツと会ったの。こじーん孤児院? っていう、同い年くらいの子たちがいるところで過ごすようになった。


「そこでね、わたしは呼ばれたの。


「『魔人』って。


「魔物に育てられたから、人の形をしてても人間じゃないって。それも狼に育てられたから、他の人を食べるんだって。毎日そう言われて、わたしは毎日泣いてた。


「大人たちも、口ではやめさせてたけどたぶん心の中では同じようなことを考えてたと思う。その、来たばっかりの時、わたしが何回かってのもあるだろうけど。


「他の子と同じように扱ってくれたのは、フクシーとロイツだけだった。ロイツはまあ変な人だからだけど、フクシーは動物とすごく仲がよくて、いつもお祈りをサボってわたしと森とか野原に行ってた。そのせいでしゅーどーいんの偉い人には怒られてたけど。


「魔人っていうのが何なのかは知らなかったけど、皆の声の感じで、よくない言葉だってことは分かった。一年半くらい――フクシーとロイツと一緒にしゅーどーいんを出ていくまで、言われ続けた。だからわたしにとって、すごく嫌な言葉。


「っていうのが、昨日までのわたしの気持ち。でも、昨日、あの変な人と会って。フクシーの腕はなくなっちゃってたし、ソークはずっとビクビクしてたし、ロイツはあの調子で、ずっとうんうん唸ってるし、ゲンも、ずっと暗い顔だし。だけどわたしは、





「懐かしいっていうか、落ち着くっていうか――安心した。強いのは分かったよ。すごく、恐ろしい存在だってのも。でもそれ以上に、優しさを感じた。


「だから、わたしは本当に、魔人なんじゃないかなって今は思ってて――だから慰めてほしいって昨日は言ったけど、大丈夫かも。いや、悲しい思い出があるのは事実だから、やっぱり慰めてほしいかも。


「もうちょっと一緒にいてね」

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