フクシー・ブルートーの場合②
ノリアは、三人が出発した後もしばらくゲンの膝の上に座っていた。いつの間にか後ろにはヨーカーが回り込んでいて、ノリアに心配そうな視線を送っている。
「大丈夫?」
ゲンは声をかけてみた。
「……昔のことを思い出したの」ノリアは弱々しい声で答えた。「それだけだから、大丈夫」
「それで大丈夫ってことはないでしょ」
ゲンは言った。ノリアは不思議そうに顔を上げる。
「僕も思い出したくないことはあるけど――そんなになるってのは、相当だと思う。昼食の片づけはするから、横になってなよ」
「…………」ノリアは。「……うん」ゲンの膝から下りて、ヨーカーの腹に凭れた。ゲンは立ち上がって、鍋や薪を片づけ始める。
しばらくして、日が傾いてくる。
「ゲン! 晩ご飯の用意しよー」
ノリアはすっかり元気を取り戻していた。ゲンは少女に手を引かれ、森の中へと向かう。
「何を探せばいい?」
「キノコ!」ノリアは楽しそうに答えた。「えっとね、ぬめぬめのと、平べったいやつ」
「うん――うん?」よく分からなかったが、とりあえず連れていかれることにする。ヨーカーは、その後ろをゆっくりとついていった。
キノコが群生しているところに着いて、ノリアはカゴに集め始める。ゲンも見習って、ぬめぬめのと、平べったいやつを採集する。後で正しい名前を教えてあげようと思った。
しばらく二人でそうしていると。
「――ゲン」
少女が、ゲンの名を呼んだ。
「なに?」
「訊かないの?」
その言葉に、彼は顔を上げて彼女のほうを見た。
「……わたしの、昔の話」
彼女はもじもじして、カゴの中のキノコとにらめっこしていた。ゲンは身体を戻して作業を再開する。「思い出したくないんでしょ」
「ゲンが、訊きたいか訊きたくないか。わたしは関係なくて」
「関係ないことないよ」ゲンは言う。「気にはなるけど、まだ会って間もないし。何よりノリアが話したくないことを――」
ぎゅっと。
ノリアは、ゲンに後ろから抱きつく。
「間違ってることかも知れないんだけどね」彼女は言った。「昔のことは思い出したくない。だけど話したいの。話して、そうしたら、慰めてほしいの。きみは何も悪くないって言ってほしいの」
ゲンの服を掴む手が震えているのが伝わってきた。
「…………」
「ゲンなら、そうしてくれるって思って」
その言葉を受け。彼は、少女のほうを向いた。
「話してほしい。ノリアのこと。そして――慰めさせてほしい」
ノリアは、笑って――
「わたしは――」
「
全身の毛が逆立つ。
その声は、ゲンでもノリアでも、ヨーカーでもなく――二匹目の魔物、あるいは三人目の人間、あるいは――四つ目の個体。
ゲンもノリアも動けない。
その存在感に、抗えない。
「
ゲンは目だけでその者を捉える。正装を身にまとった中年でくすんだ金髪の男が、近くの切り株に腰かけていた。異質な点は、頭の右側だけに生えている、大きな
ヨーカーは力の差を本能で感じているのか、ノリアの元にも来ずむしろ後ずさりしている。
「
「【暑サノ冬】!」
その言葉は。最後まで聞こえなかった――巨大な氷が、男の身体を包み込む。そしてその後、砕け散った。
「ノリア! ゲン!」
フクシ―がいち早く駆け寄ってきた。続いてソーク、そして――ロイツが戻ってくる。
「――
ゲンは叫ぶ――しかし、遅かった。
男は既に、
ロイツの背後に、
「【銀の――】、」
「
男はロイツがスキルを使おうと振り向きながら伸ばした腕をがしりと掴んだ。
「……ッ」
ロイツは――完全に、戦闘の意思を消し去り、その場に腰を下ろした。
男は顎を撫でていたが、身を翻し煙のように消えた。
「ぶ、ぶ、無事!? 二人共!」
ソークが心配そうにノリアとゲンの隣にしゃがんだ。
「た、たぶん――ッ!? ふ、ふくしー、さん」
ゲンはそれを見て絶句した。
フクシーの左肩、その先が――
「え……」
ノリアもそのことに気づいて息を飲む。
「ん? ああ、問題ないさ」フクシーは左半身を二人から隠すように立ち直す。「
「今回は完全に儂の責任じゃったな。すまぬ」
ロイツが合流して、頭を下げた。
「顔上げろよ。いつもの腑抜けた
フクシーは言う。ロイツは顔を上げて、力なく笑顔を作った。
「とりあえず私は会館の医務室に行く。ゲン、ついてきて」
彼女が言って、ゲンはその通り後を追った。何が起こったのかはまだ分かっていないが、とりあえず立て直しが先決だというのは分かった。
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