ノリア・ヒンヴァーの場合
「“白い杖”へようこそ! ぱちぱち」
ノリアがロイツの膝の上で、小さな手を打ち合わせて言う。
「いや、まだ入ると決めては」ゲンが口を挟むと、
「どちらにせよ暇でしょ。休憩がてら話くらい聞きなって」
フクシーが何かの液体が入ったカップを差しだし言った。ゲンはすんと嗅いでみる――強烈な、鉄錆の臭い。血液だ。
「な、何ですかコレ」
「血。蛇の」
「血なのは分かりますよ……」
「滋養強壮。ノリアもよく飲むよね」フクシーは右にいる少女に話を振る。
「嫌い」
「……」
「……」
「儂も臭いが強いものはのう」ロイツは言って右手で岩を触る。するとその場所が白く光り――ぽろんと、木の実が萌え出た。「ほれ」彼は実をちぎってノリアに渡す。
「ありがとう!」彼女は受け取ってすぐに齧る。「甘い!」
「ロイツ、ソークはどうした。アイツに飲ませる」
フクシーは自分のカップに口をつけながら訊いた。
「ソークは――どこに行ったのかのう。狩りにでも出かけたんじゃったか」
「そんな訳ねェだろ」
「た、ただいま……」
ゲンの右隣。
一瞬前まで誰もいなかったところに――しゃがんだ男が現れた。背が高くがっしりとした体つきだが、堂々とした感じはなく背中を丸め上目遣いをしている。
「……ッ!?」ゲンは驚いて左のフクシーがいるほうに飛び退く。右側には今まで、誰もいなかったはずだ。ただしその人物の、存在自体は知らされていた――ここに連れてこられる前、フクシーが『他に
「新入りを驚かさないで」
フクシーが寄ってきて、現れた男にカップを渡した。中身は当然血液である。「それで、どこ行ってたんだ」
「あれ、ロイツさんに言い残した――というか、ロイツさんに頼まれたんだけど」
男、ソークは飲料にはとりあえず口をつけずに岩の上に座る若者、あるいは老人を見遣る。
「忘れてしもうた」
ロイツは言って、かかと笑った。ノリアも真似してきゃきゃと笑う。
「うぅ……く、クエストを見にいったんだ、会館に」ソークは説明を始めた。「新入りを歓迎するために受けようって、ロイツさんが」
「…………」フクシーは何も言わずロイツを睨みつける。「それで?」
「うん、依頼があって――
ゲンはその単語にピクリと反応した。
「あんな
そして続くフクシーの言葉に、驚愕を隠せなかった。
「こ、こ、小物って」
「靁羆は臆病で有名。いつも巣に引きこもってるし」フクシーは言い、
「小食だし!」ノリアは言い、
「群れないしのう」ロイツは言い、
「ぼ、ぼくみたいだね」へへと力なくソークは呟いた。
それは――“オリーブの鱗”での話と、あるいは実際にスハイル渓谷にて経験したことと随分違う。靁羆は超級クエストに指定されるほどの、人類の脅威。こんなに軽々と語られる存在ではないはずだ。
「昼食前に済ませるか」「わたしお腹空いた」「儂も」「さっき食べたばっかりだから」
わいわいと、パーティのメンバーたちははしゃいでいる。まるで楽しいピクニックにでも行くかのような雰囲気だ。
「あ、よ、よろしくね」ソークがゲンに改めて近寄る。
「えっと、どうも――」
「スキル
次の瞬間。
*
五人と一匹は、スハイル渓谷にいる。
「――ッ!?」
突然周囲の景色が変わり、ゲンは再び驚かせられる。先ほどまでいたミアプラキドゥス平原は、会館を挟んだ渓谷の反対側だ。景色が変わった――そう、
そして目の前には、大きな穴。
「入ろうかの」
ロイツが言って進み入り、フクシー、狼に乗ったノリア、ソークと続いていく。
ゲンも進んで、ひとまずついていく。
「スキル【領域】使用」
羆と相対する前に、ソークはスキルを使う。
その直後。
穴の奥のほうから、ずしんずしんという大きく響く音が伝わってくる。
そして。
「ヴァグオオオオオオォォォッ!」
咆哮。
ゲンはその声を知っている。かつてのことを思い出しとっさに耳を塞いだ――しかし、他のメンバーは誰もそんなことをしておらず。
強風を正面で受けながら、
「スキル【
スキル【
いくぞヨーカー、せーのっ」
「「グルゥオオオオオオォォォッ!」」
フクシーと狼が洞窟の奥に叫び返す。
音は怯まず近づいてきて――ついに靁羆は、姿を現した。
「【
そう言うと。
どぢゅ、と、巨木が羆の下の地面から生え――その腹に突き刺さり、
背中まで貫通した。
ヴェオオ、と羆は呻き声を上げる。
「ノリア、後は頼む」
ロイツの言葉に。
「うん! 行くよヨーカー!」
少女は溌剌と答え、
狼は、美しい銀毛に変わる。
突進し――羆の首を噛みちぎり。
そうして靁羆の討伐は完了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます