第二章

ロイツの場合①


「…………」


 ゲンは広い平原に寝転がっている。


 辺りには人どころか動物の姿も見えない。ひらひらと蝶が数匹近寄ってくる。


「…………」


 過去は振り返らない。


 追放は二度目だ。慣れている。だからそのうち会館に戻ろう。倒れながらゲンは考える。


 この間会ったオートのことを思い出す。あの時、ゲンは彼のスキルを限界突破することを拒んだが――もう一度会うことがあれば、してもいいかと考える。追放された側と追放した側が、同じ追放された側でも拾われた者と拾われていない者として再会し、今はどちらも追放され拾われていない。


 ひと眠りしたら出発しよう、そう決めてゲンは目を瞑る。



  *



「おーい」


「…………」


「お~い」


「…………」


「お~~い」


 誰かの呼び声がする。誰を呼んでいるのだろう。


 追放された自分を呼ぶ者はいないだろうと、ゲンはその場で眠り続ける。


「死んでるー。残念」


 その言葉にゲンは目を開けた。思い返せば、眠る前は周囲を見渡す限り誰もいなかった。自分以外に誰かが来て、その人を探しに更に誰かが来た?


 それより、自身に呼びかけていると考えるほうが自然だ。


「あ、生きてるー。報告は誤りでした」


 彼が目を開けたことに気づいたらしく、そんな訂正が聞こえた。呼び声は、小さい女の子であるようだ。ほんの十歳にも満たないくらいか。彼は声の聞こえたほうに首を動かす――



 彼を見ていたのは、


 大きな大きな――



「……………………」


 何とも言葉が出ない。


「おーい。元気ですか。怪我はないですか」


 灰色の狼はそう親切に話しかけてくる。いや――まだ頭がしっかりしていなかったらしい。狼が喋るはずがない。声が聞こえるのは狼の背のほうからだ――ゲンは起立し、狼の横に回り――ようやく声の主、狼の背中の上に乗っている少女を発見した。


「立てるんなら大丈夫だね。こんにちは」


 彼女はへらと笑いながら言った。まだそれほど寒い季節でもないが、もこもこの上着を羽織った六歳くらいの少女。ゲンは思考する。この少女は何者か。なぜ狼に乗っているのか。なぜ自分を助けようとしているのか。考えても分からない。質問をしようかと彼が口を開いたところで、


「ノリア、遅い……って、存命じゃん。回収すんの」


「うん。ほら、乗ってー」


 少女の後から現れたのは、新たな女性だ。髪は短く、目つきは鋭い。着崩しているがその身に着けているのは修道服である。狼少女をノリアと呼んだ――仲間であるようだ。


 さて、乗ってと言われても見知らぬ相手である。ゲンは流石に注意して少し身を退く。


「少年くん、そう警戒しないで」女性はいつの間にかゲンの隣に回ってきていて、彼の左肩に肘を乗せる。「私はフクシー。こっちのチビはノリア」


「チビ!?」ノリアは俊敏に反応する。


「少年くんはあれだろ、追放されたんだろ」


 フクシーと名乗った女性は言った。


「いや――別に、そういう訳では」


「なに、追放は恥じることじゃないさ。何を隠そう私もそうなんだ」フクシーはその服装に合うといえば合う、寄り添うようなことを言い、「わたしも!」ノリアは狼の上から手を挙げて無邪気に言う。


「そして追放理由に納得できてない。そうだろ」


「……」ゲンは小さく頷く。


「私たちはそういうハグれ者たちの集まりパーティだ。他に二人いるんだけど少年くんも一緒に来ないかい」


「二人?」


 ゲンは反応した。「パーティは四人までじゃ」


「興味持ったね。おし乗って乗って」


 フクシーは質問には答えず、ゲンの胴を後ろから掴んで――ぶんっと、狼の上に投げた。続いて彼女自身も飛び乗り、「出ぱーつ」と宣言すると、ノリアが「ヨーカー、出発!」首元をぽんぽんと叩き、



 狼は、全速力で走り出した。



  *



 ゲンの連れていかれた先に待っていたのは。


 目を瞑って、岩の上に座っている男だった。


 年齢は見た目からは分からない、若くも見えるし老いても見える。その岩に座っているはずなのに、空中に浮いているかのような不思議な存在感が、そういった判断をあやふやにしている。


「ロイツ、戻った」


 フクシーは男に声をかけるが、男は答えず目を閉じたままだ。


「おいロイツ」フクシーは語気を強めて再度呼びかける。


 男は動かない。


「無視してんじゃ――」


 彼女が爆発しそうになったところで、


 狼の上から、ノリアが飛び出してどしん! と男に乗っかった。「ただいま!」


「……ん? おお、どうした、昼食かの?」


 のんびりとした口調でロイツは言った。


 というか、寝ていた。


「ッたく。アンタが見てこいって言ったんだろ」フクシーは頭を掻きながらロイツの前に飛び降りて、ゲンを顎で示す。「というか降りてきなよ」そしてゲンを振り返って言った。


「えっと――はい」降りてこいと言われても、乗る時は投げ上げられたのだ。既に降りた二人のように飛び降りるとしても、狼が立っているため結構高い。ヒッツ二人分はありそうだ。


 ……まだ自然と、“オリーブの鱗”を思い出す。それは無念のようなもので、心残りであり――



「――ッ!?」



 景色が――揺れる。目まぐるしく移り――変わる。


「だから言ったのに――ノリアが真っ先に降りたせいだからね」


「ごめんねー」


 ゲンは、狼に激しく振り落とされ。


 結果的には、降りることができた。

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