ヒッツ・ガイストの場合②


「靁羆は常に帯電しているんだが、相手を威圧する時には声に――空気に電気を乗せる。靁羆の巣に誰かが迷い込んだのか何なのかは分からないが、そいつは少なくとも重傷だろうな」


「その電気で、耳が?」


「耳は音を集めるからな。それで電気も増幅される訳だ」


 護衛をそのまま達成し、会館に戻った一行は今回の振り返りをする。リョーの問いにフウは耳の後ろに手を当て答えた。


「耳は防げたとしても全身が痺れる。これは確かに強い」


 ヒッツは肩を揉みながら答える。「まあ逆に、筋肉はほぐれたような気もするけど。そういえばなんで馬は無事だったの?」


「靁羆が生息する地方――少なくとも、生息地の近くを通る際に使役される馬は、霹馬っ カミナリウマ ていう特別な品種でな」フウは応じた。「スハイル渓谷で羆が見つかってからは、この国でも霹馬を採用していった。現状どれくらい進んでるかは知らないが」


「フウさんはあれと、どうやって戦うつもりなんですか?」


 ゲンはそう訊いてみた。


「とりあえず帯電咆哮はヒッツの【廟】で防げるはずだ。ただ他の攻撃も厄介で、鋭い爪によるひっかきとか、防御を貫通する落雷とか、どれも高威力のものばかり。だから戦略として、オレがヒッツに護られながら囮になり、ゲンがサポートしながらリョーが特攻する」


「それが妥当だねえ」


 リョーは頷いた。要するにフウの再生能力を頼りとした消耗戦である。靁羆の攻撃にフウの再生が追いつかなくなる前に、リョーが削りきる。ヒッツは防御の、ゲンは攻撃の支援。攻防バランスの取れた布陣に仕上がっているとは思うが、いかんせん相手の攻撃がいまだに未知数である。もしかしたら一番威力の高い攻撃を隠しているかも知れない、フウの話では知能が高いらしいし。


 とはいえ現状ではそれで充分ではあるだろう。結局超級クエストを受注するためには少なくともリョーとヒッツのレベルを110まで上げる必要がある。それには半年かかるか、一年かかるか。何にせよすぐ戦う訳ではなく、それまではレベル上げと連携の練習、また追加情報があれば作戦の更新などをして、ゆっくり準備をすればいい。


「まあ今日はもう喰って呑んで解散だ。リョー、疲れてないか――って」


 彼女は薄切りの肉を噛みながら舟を漕いでいた。


 手に持っているスプーンは虚空を掬っては床に捨てている。


「……リョー」フウはリーダーの肩を揺らす。しかしその程度で起きないことは知っているので、背中に手を回して立たせて、「部屋に寝かせてくる」と言って宿泊棟に向かっていった。


「いってらっしゃーい」まだテーブルの上には頼んだものが残っているので、戻ってくるだろうと考えヒッツはそう言い、「ほらゲン、食べな食べな」と勧めた。


 そこへ。



「ゲン? ゲンか?」



 ある男が、そう話しかけてきた。


「……オート」


 それは“剣 ツルギマイ”の防御手タンク、オートだった。


 周囲に他のパーティメンバーの姿はない。彼独りのようである。


「ひ、久し振りだな。その人は、今のパーティの?」


 彼はヒッツに視線を遣る。「そうだよー」ヒッツが軽く答えた。


 一方のゲンは固い顔でかつての仲間を見る。良い思い出は良い思い出、悪い思い出は悪い思い出。それはリョーの言葉だが、彼を今支配しているのは濃密な悪い思い出である。


「ま、まあそう睨むなよ」弱気な声で言うオート。「そうだ、お、おれも追放されたんだよ。ケンの奴に」


 そう聞いて、ゲンはようやく話を聞く態度を示す。「……なんで?」


「理由は――理由自体は簡単だよ、



 ――スキル【限界突破】持ちを新しく加入させるから、だって」



「…………」


「ゲンの後にヤウって女の子が入ったんだけど、その後、スキルレベル100の限界を更に突破できる、って事実をケンが知って、【限界突破】持ちを探したんだ」オートは詳細を話し始める。


「というかお前は知ってるのか――って、知ってそうだな。その人、強そうだし」彼はヒッツを見て言う。


「この前、レベル100を突破させたよ」ゲンは無愛想に答える。


「そうか。それで見つけたんだけど、まだ【限界突破】自体のレベルが足りなかったから、パーティに入れる必要があった。でもパーティは四人までだろ。ケンとおれとイーヤとヤウ、誰を外すかって話になって、おれが選ばれた訳だ。信じられるか? タンクをクビにするなんて」


詠唱手キャスターを馘にするパーティだからな」


「……」ゲンの言葉に、オートは少し言葉を詰まらせる。「あれはケンの決定だった。そして今、あいつの目的が明らかになったぜ。あいつは女の子にちやほやされたいだけなんだ。それでおれたちを、理由をつけて追い出した。決めたぜ、あいつとはもう縁を切る!」


「達者でね」


 ゲンは興味なさそうに薄切りの肉を噛む。


「……それで、なんだけどさ」


 オートは、すすっとかつての仲間にすり寄る。「まだレベル100にはなってないんだが、到達したら、その時はお前のスキルを――」


「嫌だ」


「た、頼むよ!」彼は床に膝をついて、周囲も気にせず言う。「タンクを探してるパーティなんてそうそうないんだって。レベルが高かったらまだ多少は貰い手があるだろうから。おれとお前の仲だろ」


「そんな仲はない」


「うう……」


 がっくりと肩を落とし、立ち上がってオートは食堂を出ていった。


 ヒッツは何も言わず、グラスを呷る。


「今の奴、知り合いか?」


 フウが戻ってきて、ゲンに尋ねる。


「――まあ」彼は苛々を追いやるように茎野菜に歯を立てる。


「そんなことより顔、紅いよ?」


 ヒッツがフウに言った。


「う、うるせえな」


 フウはごまかすように、音を立てて空いた食器を重ねる。

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