リョー・フリューゲルの場合②


「護衛いたします“オリーブの鱗”です。こちらがリーダーのリョー。俺はフウ。こっちはゲンです」


 フウはさくさくと紹介を進める。


「それで、護衛とのことでしたがどこまで?」


 依頼主である初老の男は、「ナターシャ村まで。行商をしているのですが至急かの村まで行かなければならなくなりまして。近道をしようと考えたのですが、危険な道程だから護衛をつけたほうがいいと会館の受付の方が」


「…………」


 村の名前を聞いた途端。フウの顔は強張る。


 どうしたのかとゲンがフウの顔を覗くと、


「ナターシャ村に最短で行くには。スハイル渓谷を通る」


 リョーがそう発言した。


「はい。なんでもだそうで。それで護衛として薦められたのがあなた方“オリーブの鱗”でした」


 靁羆。


 それは、フウの因縁の魔物。


 それは、フウの復讐の相手。


「――フウ。お前が嫌なら、この依頼受けないでいい」


 ゲンたちが来る前から話を聞いていたヒッツは、そう耳打ちした。


 フウは一度、深呼吸する。「……リーダーの意見に従う。リーダー、受けるか? 受けないか?」


「受けよう」


 リョーは即答する。


「ありがとうございます」依頼主は丁寧に頭を下げた。


 その即答は、フウの覚悟を受けてのことか。彼はリーダーにこっそりと、「ありがとな」と言い。


「さて、至急とのことで出発はすぐでよろしいですか?」


 と、もとの意気を取り戻して続けた。


「そうですな。道自体が困難ということではないので、半日もあれば着く距離です。今出発すれば日の沈む頃には到着できるでしょう」


「よし、準備開始!」フウは宣言する。「準備完了! 行きましょう!」そしてそう宣告した。


「は、半日とはいえ何か準備するものないんですか?」


 ゲンは驚いて言った。


 前のパーティでは水や食料を中心に結構時間をかけて用意をしていたため、それと比較すればずいぶんとあっさりとしている。


「物資は必要な時にその場で調達。得物の手入れは毎朝してる。今日最初のクエストだから体力も問題なし」


 フウは解説する。


「その場で……」


「靁羆と遭うことはまずない。ちょっとした魔物を倒すかどうかってくらいだ。そんなに心配することはないさ」


 ヒッツはゲンの右肩に手を置いて言った。


「何かあったら私が助ける」


 左肩に手を置いてリョーも言う。


「――聞いたとおりのパーティですな」


 依頼主が呟いた。


「靁羆と相対したことがある、という条件で紹介されたのですが、いちばんの売りは団結力の高さだとか。安心して、道中を任せられそうです」


 ひひとリョーは笑い声を上げ、フウは、


「勿論です。リョーとゲンが荷車の前。ヒッツは乗り込んで荷物にスキルを使用。俺が後ろを歩く」


 てきぱきと指示を出し、一行は会館を出発した。



  *



 スハイル渓谷。


 今や靁羆の生息地として有名だが、昔は美しい景観が人気の観光地であった。それはフウたちがかつて靁羆と遭遇した時点までそうで、そもそも彼らは討伐任務に当たっていたのではなく単なる採集の途中であった。


 


 フウたちが遭遇したのはこの地方で初めての例で、本来はもっと東の地方が生息地とされていたがその後、二頭目が渓谷で発見され、そのデータが修正された。


 討伐対象として超級クエストが出されているが、巣に立ち入らない限りは温厚な性格であるのと、そもそも超級クエストを受けられる者が少ないことが理由で、渓谷における討伐例はまだない。


「止まって。対処する」


 今回は渓谷といっても谷部を行くのではない。その外縁部の森の中に整備された道を通る。だから遭遇確率は極めて低い。今リョーが注意したのは雨兎だアメウサギ 


「スキル【獵神の運命】使用」


 リョーは低い声で呟く。雨兎は一瞬ビクッと身を竦め――その一瞬に、リョーは耳をがしと掴む。


「食料獲得」


 彼女は兎を顔の高さまで上げる。


「ヒッツ交代。皮を剥ぐ」


 荷車を止め、台に乗り込むリョー。羽織っていた上着を下敷きに作業を開始した。ヒッツはスキルを解除してゲンの隣を歩く。


「これが現地調達。まあ心配するなって」


 彼はそうゲンに言う。当初は驚きはしていたが、実際現場を見るとそんなものかとも思う。



「ゲン。火」


「火ですか」


「丸焼きで」


 リョーは荷車を止めてゲンに頼んだ。


「えっと――


 ――『人は舐める――舐めるは火』」


 リョーの上着に並んだ肉片に火がつき、じりじりと油が温まり、肉に熱が通っていく。


「『火は揺らぐ――揺らぐは空気』」


 いい具合に焼けたところでゲンは再び言う。火はふっと消え、こんがり焼けた兎肉が残る。


「休憩にしましょうか。依頼主様からどうぞ」


 フウがそう声をかけ、一同は荷車の隣に集まった。「これはどうも。あの、よければ水いりますか」依頼主は自分の携帯している水筒を見せる。


「いえ、お構いなく。ヒッツ」


 フウの言葉に立ち上がり、


「スキル【廟】使用。リーダー頼む」


「スキル【獵神の運命】使用」


 ヒッツは大きくドームを広げていく。ドームの端が谷に差しかかったところで、そこを中心に範囲を狭める。しばらくしてまた範囲が広がり、最終的に、ヒッツの手を中心としてドームは縮んだ。


 そしてその中には、水が入っている。谷底を流れている川の水だ。


「ほう、便利なスキルですな」


 依頼主は顎を撫でた。



  *




 休憩を終え、一行は再び道を進み始める。


「半分はもう過ぎましたな。残り半分もよろしくお願いします」


 馬を操りながら依頼主が言う。ここまでは何事もなく来ていたので、これからもまあ大丈夫だろう――と五人はそれぞれ考えていた。



 ――空気がぴりりと震える。



!」



 フウが叫んで――依頼主に駆け寄りその両耳を手で覆う。

 リョー、ヒッツ、ゲンもすぐに反応し耳を手で塞ぐ。




 ヴァグオオオオオオォォォッ!




 



 空気が、恐れてびりびりと震えている。


 地もまた恐れでぐらぐらと揺れている。



 しばらくして――あるいは、ほんの一瞬だったかも知れないが――声は止んだ。


「今のは――」リョーはぱっと顔を上げる。「――!?」


 ヒッツとゲンも顔を上げ、フウの姿を見た。


 彼は。


 両耳からだらりと血を流していた。


「…………」


 彼はそれに気がつくと、手で少しそれを拭う。「大丈夫でしたか」そして依頼主に静かにそう言った。


「ええ、今のは一体――」そこまで呟いたところで、彼もフウの負傷に気がつき、顔を強張らせる。「フウ殿、それは――」


 フウは手を前に出し続きを制止する。


「問題ありません。すぐ治ります」


 彼のスキル、【不朽】。【不屈】より更に再生速度が上がっていて、鼓膜が破れたとはいえ治るのにそう時間はかからない。


「――よし。治ったか――馬は大丈夫。他に怪我した奴は?」


「なし」リョーが答える。「フウ。説明を」


「そうだな」


 彼は頷き。


「さっきのは、靁羆の声だ」


 そう言った。

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