リョー・フリューゲルの場合①
「新メンバー加入を祝って、乾ぱーいッ!」
フウの音頭で、四人はグラスをぶつけ合う。会館の食堂ではなく、街のちょっと高めのレストランにて。
「はい、我々“オリーブの
既に酔っているヒッツが拳を握ってゲンの前に突き出した。
「えっと、これからよろしくお願いします。それで、スキルを使う順番はフウさんからでいいですか」
彼は挨拶して一応そう尋ねた。
「? 使うのはリーダーが最初だろ」
ところがフウはそう答える。
「え、だから――」
「うちのリーダーは、リョーだ」
その言葉に、ゲンは思わずグラスをちびちび傾けている、角の生えた女性を見た。
「よろしくね」視線に気づいた彼女は、グラスから口を離して、ゲンに笑いかける。……初めてそんなふうな態度を取られたし、意外な事実だったため、彼はどうとも反応できず少し首を揺らした。
「明日じゅうにレベル90まで上げきるぞ。ほら、喰え喰え」
フウは言って、グラスを呷った。
*
「行ったぞゲン!」
フウが叫ぶ。大きな
ゲンは逃げ出そうとする脚の震えを押さえつけ、両手を前に突き出した。
「『人は喰らう――喰らうは大地』!」
虎の足下の地面がばっくりと割れた。
「『大地は眠る――眠るは獣』」
割れ目は虎の脚を挟むと次第に閉じていく。虎は暴れてどうにか抜けようとするが、始めに結構深く落ちていたらしく、なかなか上がれない。
「ヒッツ!」
フウが続けて叫ぶ。
「スキル【棺】使用!」ヒッツは洞窟でも出した直方体――しかし洞窟で出したものより遥かに大きい――を虎に重ねる。「リーダー!」
剣を抜いているリョーが虎の前に現れる。彼女は剣を振り上げると、
「スキル【獵神の加護】使用」
思いきり、振り下ろす。
ヒッツの出した直方体ごと、虎は真っ二つに裂かれた。
「よしおつかれ」
地形を変え、仲間たちのところ
「まあな。それでゲン、レベルはどうだ」
ゲンは確認する。
『スキル【限界突破】 lv.90。
スキルのレベルが最大です。
スキルレベルの限界突破が可能です。
スキル【限界突破】を使用しますか?』
「あ、レベル90なりました」
「突破だ突破」
「使用!」
『スキル【限界突破】を使用。
スキル【限界突破】のレベルの限界突破に成功しました。
スキル【限界突破】はスキル【限界
「【限界打破】……」
「おめでとう」リョーは言って、今度はゲンの頭を撫でる。
「いやー、やっと限界突破か!」
「ずっと100止まりだったからな」
「サブスキル、何になるかなあ」
一同はきゃっきゃと盛り上がる。
「しかし高レベルの【限界突破】ホルダーは稀少だからな。ゲンを一緒に連れ回してた前のパーティの奴らに感謝だぜ」
フウは言った。その言葉が、ゲンに引っかかる。
確かにスキル【限界突破】は戦闘においては全くと言いきれるほど使えない。だからこそ彼はキャスターとしてふつうの魔法の練習をしていた。それでパーティの一員として二つの役割を果たしていて、スキルレベルが上がっていく結果となった。それは結果論だ。それはまるで、
彼らが間違っていなかったとでも言うようで、
今の自分があるのは、彼らのお蔭かのようで、
せっかく新たな力を手に入れたというのに素直に喜ぶことができない。今は目の前のパーティの仲間だ。だけど昔の思い出は、首飾りの宝石のように頭の中の一部分を確実に占めていると気づく。昨日集めた黒色水晶。長い時間をかけて結晶した固まり。これまでの経験が現在の自分に生かされていないなど、否定するべくもない。しかし素直に受け入れるにはまだ時間が足りないのだ。
リョーはそんなゲンをじっと見つめる。
*
「じゃあ、始めます」
ゲンとリョーの二人は野原に出てきた。ゲンはリョーの胸の前に手をかざす。
『スキル【獵神の加護】 lv.100。
スキルのレベルが最大です。
スキルレベルの限界突破が可能です。
スキル【限界打破】を使用しますか?』
「使用!」
『スキル【限界打破】を使用。
スキル【獵神の加護】のレベルの限界突破に成功しました。
スキル【獵神の加護】はスキル【獵神の
サブスキルが解放されます。
サブスキル【
「やった」
リョーはゲンとハイタッチする。「【獵神の運命】に【夜打つ翼】か。実戦が楽しみ」
「あの、サブスキルって何なんですか?」
先程も言及があったが、今まで聞いたことがない。スキルは一人一つだとばかり思っていた。
「メインスキルがレベル100を突破するとサブスキルが解放されるんだ。初期レベルは1だからまた地道に上げていかなきゃならないけど」リョーは右手をぐっぱぐっぱしながら答える。「さて。お礼は身体でいいよね?」
「あ、はい……え?」
リョーは服に手をかける。
「え??」
リョーは腹をめくり――くびれの辺りに生えている
「はい。どうぞ」
身体。
「身体……」
「なに? 期待外れみたいな顔して」彼女はちぎったものをゲンの手に握らせる。「もしもの時のために取っておくといいよ」
「いえいえ」彼はもらいものを観察する。すべすべとした小さな欠片。大きさは親指の爪よりひと回り大きいくらいだ。宝石のように光をキラキラと反射している。「……ありがとうございます?」
「いえいえ。それとこれで貸し借り的なのは終わり。仲間が助け合うのは当然だから」
リョーは言って、ひひと笑った。
「そういえば」ゲンは思い出したことを尋ねる。「リョーさんって初対面の時はもっと無愛想だったと思うんですけど、どっちの性格が素なんですか?」
「こっちだよこっち」
彼女は右手で脇腹をさすりながら、左手の人差し指を頬に突き立て答える。
「竜人は本能的に仲間意識が強くて排他的なんだ。だからパーティ外での必要な会話はフウにやってもらってる」
それは裏返して、今こうしてフレンドリーになっているということは彼女がゲンのことを仲間だと認めているという意味である。
「改めてよろしくゲン」
リョーは手を差し出した。
「はい!」
ゲンはそれに応じる。
「それと――これはお節介かも知れないけれど」彼女は言葉を続けた。「気にし過ぎないほうがいいと思うよ。前の仲間のこと」
「え?」
「私も、同じような経験をしてて」リューは背中を向ける。「私、尻尾が生えてないんだよね」
「尻尾」ゲンは彼女の尻を見つめながら繰り返す。言われてみれば確かに、竜人といえば人間の身体に竜の角と尻尾、というイメージがある。
「たぶん、タダの人間と竜人の間の子と、タダの人間、の間の子だから」リューは向き直り、「竜人は本能的に仲間意識が強くて排他的だから。だから少しでも特徴の異なる者は仲間とは認められない」同じ台詞回しで説明する。「私はかつての仲間たちを憎んでいるよ。あいつらから逃げてきて、今は二人と、いや三人とパーティを組んでる――だけど、思い返すと嫌なことばかりでもなかったんだ。小さい頃なんかまだ皆も、角とか尻尾とか成長してなかったし、ほら私って可愛いから」
「え?」
「え?」
「え……あっはい」
「ひひ。何その反応。それに尻尾がなくても、ふつうに接してくれた子もいたし」リューは懐かしむように空を仰ぐ。「裏表だよ。ひどいことを言ってきた奴だって、同じ口から嬉しいことを言ってきたことがあった。どっちかじゃなくてどっちも。私に優しい子だって、他の人には優しくなかったかも知れない」彼女は自分でも確かめるようにしっかり言葉を紡ぐ。「良い思い出は良い思い出。悪い思い出は悪い思い出。私はそう分けて、どっちかがどっちかを壊さないようにしている」
「…………」
「どっちの私が素なのかって、質問してきたけど結局どっちも『私』。君に無愛想に接する私と、フレンドリーに接する私、もう分けて考えているでしょう? フレンドリーな私がいるからといって無愛想な私がいなくなる訳じゃないけれど、逆もまた同じ。都合のいい思い出し方をすればいいんだよ」
「――ありがとうございます」
ケンとは友人だった。それは紛れもない真実だ。心の底から楽しかった時間はあった。それも真実。それが今の自分の糧になっている。仲直りをしなければならないというのではない、そんな予定はなくただ日々の中でぽつりと思い出し、また日々を生きる。今の自分を作っているとはいえ今の自分が生きているのは今だ。
「まあ私はこういう優しくて素敵な面だけ憶えててもらえばいいけど。そんなお姉さんと旅をしたと語り継いでほしいな。そういえば何歳?」
「十八です」
「あ、私のが年下だ」
「え?」
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