第一章

フウ・ドリットの場合①


「オレたちと来ないか?」


 ある朝、会館の食堂で男は言った。彼の視線の先にいるのは、パーティを追放され、独り食事をとっているゲンである。


 彼は聞き間違いかと思って、一度辺りを見回す。そして改めて声の主と、その仲間を見た。


 真ん中にいるのが声をかけてきた男だ。腰に剣がなく腕を覆う鎧が特殊な造りになっているのを見るに、攻撃手アタッカーの中でも拳を振るって戦うタイプだ。


 その右隣にいるのは、すらっと背の高い女性で、何より特徴的なのは角が生えていること。竜人である。そっぽを向いていてゲンにはあまりに興味がないらしい。腰には長剣を差していて、こちらは純粋な剣を使うアタッカーだ。ダブルアタッカーのパーティらしい。


 左隣にいるのは一番上背のあるひょろっとした男で、衣装からゲンと同じ詠唱手キャスターではないかと推察される。にこにこと笑っているがその奥の真の感情は窺えない。


「お前に言ってるんだよ、スキル【限界突破】持ちの、ゲン、だっけか」


 真ん中の男は言った。ゲンは本当に自分に用があったのだと知って驚く。しかし――彼は長くいたパーティから追放されたばかりである。そうしたら人間不信になってしまうのも無理はなく、


「どうせレベル90になって僕のスキルを使ったらパーティから追い出すんでしょう」


 と先回って答えた。そう言って早い段階で手を引いてもらおうと考えたのである。


 が、男は少し困惑したように、「うーん、勘違いがあるみたいだけど」と。



「オレたちのレベルは100だ」



 そう言った。


「100?」


「100。だからスキル【限界突破】持ちを探していて、受付のお姉さんに訊いたら、暇なお前を紹介された」


「でも、100って――」レベル90を突破した先にある上限がレベル100である。しかし90から100までには1から90までと同じだけの経験値が必要と言われているし、その上限は、スキル【限界突破】では突破できない。はずである。「あの、勘違いしてるのはそちらじゃ……」


「勘違いしてるか?」男は左の男に訊く。左の男は、


「いや、してないよ」と言い、「勘違いはやっぱり君だよ。確かに君のスキル【】ではレベル100を突破することはできない。だけど、まず自分のスキルレベルを見てごらん。他の人のを見るのと同じように」


 ゲンは言われた通り、自分の胸の前に手をかざしてみる。



『スキル【限界突破】lv.78。

 スキルのレベルが最大ではありません。』



「78……」


「あと12か。すぐだな」男は言った。「オレはフウだ。これからよろしく」彼は言って、右手を差し出した。


「いや、えっと、つまり、どういうことですか?」


 ゲンは状況を飲み込み切れていない。自分のスキルレベルを知ったのは初めてだし、レベルを知ったところで何だというのだ。あと12ということは、78+12=90。90?


。限界突破してスキルは進化する。そうすればlv.100も突破できるようになるいう訳さ」左の男は言った。「ああ、ぼくはヒッツ。よろしく」


「……リョー」


 右の女性はそれだけ言った。


 自身の限界突破。そんなことができるとは知らなかった。ケンは知っていたのだろうか、いや、そんな訳がない。知っていたなら、やがて再び来る限界のためにゲンを手放すことはしなかっただろう。つまり――ケンたちのレベルは、100で打ち止め。


 しかし目の前の彼らはその先へいける。スキル【限界突破】のおかげで。ケンたちを見返せるのである。自分を捨てた者たちを。よくも追放したなと。本当はまだ先があるのに、よく追放できたなと。


「――!」


 ゲンはこれからのことを考え、無性にわくわくしてきた。追放されてから一週間、何の希望もなく過ごしていたが彼は勢いよくフウの手を掴む。


「よろしくお願いします!」



 *



 ゲンのスキルレベルを90まで上げるため、一行はクエストを受けにいく。


「いちばん効率よくレベルを上げられるクエストを知ってるか?」


 クエストが貼り出されている掲示板の前で、フウはゲンに問うた。ゲンは少し掲示されているクエストを眺めて、


「そりゃあ、こういう討伐系じゃないですか」


 と一枚を指差して答える。《霰虎 アラレトラの討伐》。条件にレベル91以上三名以上とある、難易度の高いクエストだ。しかしその答えにフウは首を振る。「正解は、これだ」そう言って彼が壁からはがしたのは。



 マルケブ大洞窟。会館の北西に位置する洞窟で、度々クエストが出される場所で有名である。


 主に、のクエストで。


 洞窟の入口にいる男に入場許可証を見せ、一行は洞窟の中に入った。ランプで照らすと、壁がキラキラと光を反射する。観光地としても知られており整備されている道を四人は歩いていく。


「どゆこと!?」


 ゲンは叫ぶ。洞窟内に音が響いた。


 クエスト内容は《黒色水晶の採掘》。黒色水晶は洞窟のかなり奥、観光客は立ち入ることができないところで取れる石で、主として装飾品に使われる。洞窟の奥には魔物が多く、特に霞狸の カスミタヌキ 巣があるのがレベル91以上の条件がついている理由だ。それを倒して経験値をもらうのかと思って訊いてみると、


「え? いやいや。あれは強すぎる」


 フウは笑いながら答える。ではどうするというのだ。倒さずとも攻撃すれば経験値は得られるがそれは討伐経験値と比べれば微々たるもので、だったらわざわざこんなところまで来なくともいい。ここに来るのには理由があるはずだが、それは何なのか。


 一般人が越えられない柵の先に入場許可証を使って進入し、少し歩くと、開けた空間に出た。ここでこれまでも少しずつ採掘が行われてきたのである。


 フウは、「よし、ヒッツよろしく」とだけ言って腰を下ろす。リョーもその右隣に座った。ヒッツは壁に向かって右手をかざすと、


「スキル【ヒツギ】使用。頼むよ」


「スキル【獵神 リョウシン加護カゴ】使用」ヒッツの言葉にリョーは応じる。すると――壁が、直方体の形に切り抜かれ、ヒッツの手に収まった。


「スキル【棺】使用」


 今度は左手をかざし、もう一度そう言う。再び壁は直方体の形を取られ、それをヒッツは掴む。彼はそれをフウとリョーの前に一つずつ置いて、自分はリョーの右隣に座った。


 二人は直方体を照らしながら、道具を使ってがしがし削り始める。ヒッツは持ってきた干し肉を齧りながらその様子を眺めていた。ゲンは困惑しながら、大人しくこれから何が起こるのかを見守る。


「お! 発見~」


 フウは小さい欠片をつまんでランプの光に当てた。その石は光を通さず黒くそこにあった。


 黒色水晶である。


「ほら、早速」フウはそれをゲンに渡す。


「……?」渡されたゲンは首を傾げる。この石で経験値が上がるというのか? 一体どうやって、と思っていたら、


 同じく水晶を発掘したリョーが――石を口に入れる。


「ッ!?」


「こうして喰うんだよ。コレを」


 フウは笑いながら言う。「ほら、喰え喰え」


 リョーは石をがりぼりと齧りながらゲンを見ている。


「…………」彼は覚悟を決め、目を瞑ると、石をぽいと口に投げ入れ丸飲みする。ごくんと石が喉を通って少し痛い。


「あ。呑んじゃった」ヒッツが言った。


「え?」


「人間が石なんて喰える訳ないだろ。齧るだけだよ齧るだけ」続いてフウが言う。


「え? え? でもリョーさんは」


「リョーは竜人だから。お前はフツーの人間」


「…………」


 とてつもなく裏切られた気分になるゲン。「まあレベル確認してみなよ」ヒッツの言葉に、仕方なく自分の胸に手をかざす――



『スキル【限界突破】lv.84。

 スキルのレベルが最大ではありません。』



 ……ん?


「84!?」


「お、6レベル上がったか。上出来だな」フウは言った。石を食べただけでレベルが6も? 低級の魔物一体倒してもレベル50で1上がるかどうかなのに。「経験値ってのをフツーの冒険者は勘違いしてるんだよ。経験値ってのは経験してる訳じゃあない。魔物を倒して経験値が得られるのは、その今までの『経験』を手に入れてるからだ。黒色水晶は地下深くで長い時間をかけて生まれる。だから得られる経験値は多い」


「えっと、じゃあもう一つ食べればレベル90ですか?」


 ゲンが訊くと、


「それも勘違いされがちだけど、同種のものから得られる経験値は一番最初が一番多く、それ以降はほとんどもらえない。同じ種ならば大抵が同じような生涯を送るからね。鉱石とかの無生物のたぐいは特に大きさが同じなら似たり寄ったりな過程を辿ってるから、もうひと欠片食べてもほとんどもらえないよ」


「だから効率よくレベルを上げる方法はいろんな種類の石を喰いまくることだ。ほら、次はこれだ」フウは新たに発掘した透き通った黄色っぽい石を渡してきた。リョーはその隣でぼりぼり石を食べ続ける。「齧るだけだぞ」


「いただきます」ゲンはもらった石に歯を立てた。これでいいのだろうか。彼はもう一度レベルを確認する。



『スキル【限界突破】lv.86

 スキルのレベルが最大ではありません。』



「2上がりました」


「まあそのくらいだな。食べ過ぎるなよリョー」自分でもひと欠片を口に入れながら、フウは仲間に注意する。ヒッツはリョーに、「オレにもちょうだーい」と声をかける。一同は黒色水晶を要件の小筒一杯ぶん集め、洞窟を後にした。

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