第44話 バグじゃない!

「え、これ、マジで?」

「……バグ、じゃないよね」

「増えてるところも見たんだから本当だろ」


 私はいつものように自分の部屋で、千代と三島君と一緒に画面をのぞき込んでいた。前と違って、三島君からは意識して距離を取ってしまう。


「じゃあ、これって……うぉっしゃー!」


 男らしく叫んだのは三島君ではなく千代だ。三島君は俯き気味にぷるぷると震えている。もしかして、嬉しすぎて感極まっているのだろうか。伏せた顔を見せて欲しいな、なんて思ってしまう。きっとめちゃくちゃに笑み崩れているに違いない。


「天音っち! すごいよ! すごいよ!! 再生数1000だよ! 千!」

「うん」

「うんって! ほら、ハイターッチ!」


 千代に言われてへろへろと手を上げる。

 これは別に嬉しくないわけじゃない。逆だ。びっくりするやら嬉しいやらで、なんて言っていいのかわからないのだ。


「すご! すごいよ! まさか、本当に1000いっちゃうなんて! ほらほら二人も」


 千代が私と三島君にもハイタッチするようにうながしてくる。そういえば、前もしたことあったっけ。あの時はなんとも思わなかったのに、今は妙に恥ずかしい。

 けど、前と違う態度を取っていると千代に変に思われてしまうかもしれない。

 私はそっと手を伸ばすと、同じく上げてくれた三島君の手にちょっとだけ触れた。そして、慌てて離す。三島君もさっさと引っ込めてしまった。もしかして、私とハイタッチするの嫌だったかな……。


「本当にすごいねー」


 千代は興奮した様子でまだ画面を見ている。全く今の私たちの行動に気付いていなかったようだ。とりあえず、ほっとする。


「やっぱり、みんなが知ってるお話って大きいのかもね」


 私は気持ちを落ち着けるように息を整えてから言った。


「あ、ねー。それはあるかも。頑張ってちょっとずつ録った甲斐があったね。長いから録るの大変だから、どうしようってなったけどやってよかったねっ!」

「うんうん」


 今回私たちが上げた動画は、『銀河鉄道の夜』。言わずと知れた、宮沢賢治の名作だ。

 宮沢賢治作品の朗読をやってきて、避けて通れないと相談した結果だった。あまりに有名な作品だから気後れもあったんだけど、やってみたいと思った。それでチャレンジしてみたのだ。

 コメント欄を見ると、やっぱり『銀河鉄道の夜』が好きな人は多いみたいだ。


 コメント

『銀河鉄道の夜、やっぱりいいよね』

『幻想的。乗ってみたい』


 こうして見ると私の力では全然無くて、作品が好きで聞きに来てくれている人が多いんだなって思う。

 私は、ただ読んでるだけ。

 けど。


 コメント

『世界観に合う声ですね。優しげで穏やかで好きです』


 これは嬉しい。

 全部が全部、そういうのではないけど。


 コメント

『鳥捕りのおじさんまで女の子に聞こえるwww』


 これは、しょうがないけどちょっと辛い。


「女の子なんだからしょうがなくない? これは気にすることないよ。むしろ、天音っちのジョバンニ、少年らしくていいと思うし!」

「う、うん」


 千代が慰めてくれるけど、父なら女の子の声だって違和感なく読めるのに、と思ってしまう。千代は細かいことを気にしないように見えるのに、こういうところはちゃんと気付いてフォローしてくれたりする。

 私がもっとうまかったら、きっとこんなこと言われないのに。


「こんなの軽く言ってるだけだから気にすんなよ。別に批判ってわけではなくてただ思ったことをそのまま言ってるだけだと思う」


 三島君まで慰めみたいな言葉を掛けてくれる。


「……そうだね」


 確かにそうだ。三島君が言うとおり。

 ネットってそういうものだ。誰でも何でも言えるから、気軽に何か言う人が多い。


「そうだよ! いいって言ってくれてる人の方が多いんだし! お話も当たりだったけど、天音っちの声がよくなきゃ、そもそもこんなにいかないよ!」


 なんだかいつも二人に元気づけられてばっかりな気がする。二人ともいい人だから、きっと付き合ってもうまくいくに決まってる。


「ね! 三島もそう思うでしょ?」

「そうだな」


 この二人、意見も合うみたいだしお似合いだ。だから、私がこの前気付いてしまった想いは気付かれないようにした方がいい。

 これからも三人で楽しくやっていきたいし。


「二人とも、いつもありがとうね」

「え」

「どうした?」


 二人が驚いたようにこちらを見る。そういえば、いつもちゃんと伝えられていなかったっけ。ずっと思ってはいたことなんだけど。話の流れでありがとうとか言ったことはある気はするんだけど、改めては言えていない。


「こんなに不甲斐ない私なのに、いつも慰めてくれたりして。それに、一緒に活動してくれて、嬉しいなと思って。動画に色々コメントが入るのも嬉しいけど、二人がそうやって言ってくれるのが嬉しいよ」

「なにもー、改まって~」


 照れているのか千代がばんばんと私の背中を叩いてくる。結構痛い。三島君は……、何も言わないけど頷きながら私を見ている。


「よーし! このまま一万再生いっちゃうぞー!」

「いけるかな~」

「いくの! 登録者数も増えてきてるしさ。ファンが増えてるってことだよ! すごいよ、天音っち!」


 笑う千代が頼もしい。うん。私は千代のことも大好きだ。

 同じ人を好きになったりして変に仲が悪くなったりするのは、やっぱり嫌だな。


「うん。私、頑張ってみる」

「お! 天音っちやる気! ね! ここまで再生数伸びて来るとちょっとメンタルが安定するっていうか、いけるところまでいっちゃうかって思うよねっ!」


 千代に言われて私も頷く。


「俺も、藤沢ならいけると思う」

「うん!」


 私は笑って頷く。

 だったら、夢だけでも追いかけてみよう。その為には、今はこうしてVtuberをしているのがきっと役立つんじゃないかなって思うんだ。

 二人には、いつか打ち明けてみてもいいかもしれない。きっと、笑わないで聞いてくれる。

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