第43話 気付いた気持ち

「ただいまー」

「おかえり! 天音」


 家に帰ると父がいた。


「この前の週末はちーちゃんたちが来てなかったみたいだけど、どうしたんだ?」


 あまりによく来ているので、父はもはや千代たちが来るのが当たり前みたいに思っているらしい。怪しまれてないのはありがたい。


「テスト前だから」

「そうだったのか。きちんと勉強するのもいいことだ。学生はそうじゃないとな。わからないところがあったらお父さんに聞いてもいいからな」

「え、お父さん。高校の勉強わかるの? 教科書の内容って昔と違ってきてるらしいよ」

「……昔」


 父が一人でショックを受けてる。そして、気を取り直して話題を変えてきた。


「そういえば、あの二人は上手くいってるのか? ほら、ちーちゃんと三島君。前にいい雰囲気だって言ってただろう」

「……」

「ん? 何かあったのか?」

「う、うん。仲は良さそうだよ」

「そうかそうか。青春だなあ」


 父は私がそういうことに全く関係がないと思って安心しきっているみたいだ。全然と言っていいほど今の発言に悪気も無さそう。

 だけど……。


「私、部屋で勉強するから行くね」

「おう、頑張れよ!」


 父に見送られて私は自分の部屋へと向かう。

 なんだか気持ちがもやもやしてる。なんだろう、これ。

 部屋に入ってドアを閉める。ため息を吐く。鞄を置いて、そのまま放置。まずは着替え。

 テスト前だから勉強を頑張らなくては。

 鞄を開ける。さっさと教科書とノートを出して……と、思うのに目に入ってきたのは。


「……これ」


 三島君のくれたタヌマルのぬいぐるみだ。

 私は知っている。これ、さっき三島君にも言ったとおりゲームセンターの景品限定のやつだ。タヌマルの情報はいつも調べているからわかる。知ってはいたけど、自分で取るのは無理だと思っていたから手を出さなかったやつだ。

 父に言ったら必死で取ってくれるのは知っている。前に私の為だからとか言ってムキになって、母が知ったらちょっと怒りそうな金額をつぎ込んでいたのを見てしまった。さすがに今回までそんなことになっても困るので黙っていた。


「うう、可愛い」


 実物を見るとやっぱり可愛い。大好きなタヌマルだし、ちょっとデフォルメされていつもよりまんまる度が増したデザインになっているところが更に可愛い。

 でも……。


「なんで、私のためにそこまで?」


 小さなぬいぐるみを抱きしめて、私はベッドの上に転がる。


「たぬ~」


 持て余した感情のまま、タヌマルを動かしながら声真似なんかやってみたり。

 さっきの父もいけない。別になんとも思っていないつもりだったのに。

 三島君と千代が上手くいっているかどうかなんて聞くから、考えずにいられなくなってしまった。


「なんなの? これ」


 なんだか、すごくもやもやする。


「お礼にくれただけなんだよね? ブラウニー美味しかったって言ってくれたし」


 きっと、それだけのはず。

 三島君はすごく優しいから。

 思い返してみればわかる。

 私がVtuberの方向性が間違っているんじゃないかと悩んでいるときに、真剣に話を聞いてくれた。三島君がいなかったら、私は私の気持ちがよくわからなくてやりたいこともわからなかった。

 小さい頃から父もよく私の悩みを聞いてくれていた。けど、今回は父には絶対に言えないようなことだったから、相談に乗ってくれて本当に助かった。

 いつもの父と同じくらい親身になってくれた。今みたいに話すようになったのなんか最近のことなのに。

 それに、いっしょにVtuberをやってくれていること自体がすごいと思う。私と千代が巻き込んだみたいなものなのに。

 三島君は楽しいからいいって、そう言ってくれる。

 私だったら、よく知りもしないクラスメイトにいきなり声を掛けられて急に協力なんて出来ないと思う。

 それなのに、三島君は楽しいとさえ言ってくれる。

 それって、すごいことなんじゃないかな。


「ね」


 私はタヌマルに話し掛ける。もちろん返事は無い。

 このタヌマルも、そう。

 私はただ、家にある材料で父の機嫌が直るようにってお菓子を作って、三島君にもあげたらお詫びにもなっていいかなって思っただけなのに。

 お礼だからって、わざわざ私の為に取ってきてくれるなんて。

 しかも、苦手なのに一生懸命頑張ってくれたって。

 そう言われると、普段以上にこのタヌマルが可愛く見えてくる。実際、可愛いのもあるんだけど。

 それでも、いつもよりも特別に見えてしまう。

 なんでかな。

 三島君が私の為に取ってくれたタヌマルだから?

 私の為に三島君がゲームセンターで格闘している姿が思い浮かんで思わず顔がにやける。きっと、すっごく真剣な顔をしている。で、取れた瞬間に喜んで。三島君っていつも無表情に見えるけど、ふとしたときに笑うのが可愛いんだ。


「って!」


 私は一体何を考えているんだろう。

 これって、これって……。

 私、三島君のことを好きって、こと?


「違う違う違う!」


 私はベッドの上でタヌマルを抱えながらじたばたしてしまう。

 だって、千代も同じだ。仲のいい友達として大好き。

 それと一緒のはず。

 そもそも、千代だって三島君のことを好きなんだから……!

 大事な友達と同じ人を好きになるなんてダメに決まってる!

 私は千代ともずっと仲良しでいたいんだから。それに、三島君とも。

 頭の中がパンクしそう。

 テスト前だから勉強しなきゃいけないのに!

 さっき三島君にもテスト頑張ろうねって言ったばかりなのに……!


「よし! 勉強しよう!」


 もやもやした気持ちを吹っ切るように、私は立ち上がった。私にはやらなきゃいけないこともあるんだから。

 そう、私には私自身で考えて決めたことがある。まだ誰にも言ってないけど。

 まずは頑張らなきゃ。

 気持ちは全然落ち着かないけど……。

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