第42話 天国と地獄

 俺は藤沢と二人で、公園のベンチに座っていた。二人の間には結構距離がある。通りすがりの人が見ても恋人同士には見えないと思う。悔しいがそれくらい離れている。

 もちろん、ベンチは道からは木などで遮られていて見えない位置だ。学校から少し離れたところに移動したが、用心に越したことはない。

 けど、もし付き合えたりとかしたら帰り道に二人で歩いていても公園でこうして話していても堂々としていられるんだろうか。それはそれで、藤沢が恥ずかしがりそうな気もするけど。

 って、妄想している場合じゃない。

 ただ話したいだけで藤沢に声を掛けたわけじゃないんだ。実際は吉田に気付かれただけで、自分から声を掛けることすら出来ていないが。

 が、このままちょっと話すだけでも、それはそれで嬉しいからそれでも……。


「で、私に用って?」


 などと思っていたら藤沢から直球の質問が来た。

 そりゃそうだ。用があるからと吉田にも二人にしてもらったんだ。


「……大したことじゃないんだけど」


 実際には大したことなんだが。いや、俺には大したことがある!

 むしろ、そればっかり気になってテスト勉強も手に付かなかったくらいだ。

 ここで渋って変に思われるのも嫌なので、観念して俺は鞄の中をごそごそと探る。あった。ずっと入れてたけど潰れてない。確認して、それを取り出す。


「藤沢、これ」

「え? なに?」


 藤沢はなんだろうといった様子で俺の手にしたものをのぞき込む。

 そして、次の瞬間ぱっと笑顔になった。


「わ! タヌマル!」


 そう。俺の手にあるのはタヌマルの小さいぬいぐるみだ。


「まんまるで可愛い!」

「だろ? よかったら、あげるよ」

「え?」

「藤沢もタヌマル好きだろ? ゲーセンでさ、上手く取れたから」

「嘘! いいの!?」


 藤沢はすごく嬉しそうな顔をして手を伸ばそうとして、


「あ、でも、私がもらうなんて。これ、景品でしかないやつでしょ? 取るの大変だったんじゃない?」


 手を引っ込めてしまう。

 確かにそうだ。上手く取れたなんて言ったけど、実際にはめちゃくちゃ苦労した。それでも、ゲーセン限定のタヌマルがあまりに可愛かったからムキになってやってしまった。藤沢にあげたら喜ぶんじゃないかと思ったら止まらなかった。


「いいよ。前にお菓子もらっただろ? あれだって作るの大変だったんじゃないかと思って。だから、お礼。美味かったから」


 まだ伝えられていなかったことをどさくさに紛れて伝える。これもすぐ後でさらっとlineでも伝えられたら良かったのだが、どう送ればいいのかうじうじ悩んで時間が開いたら言い辛くなってしまった。

 それなら、と一緒に伝えようと思った。上手く言えて良かった。


「本当? よかった。うちのお父さんも、あのブラウニー大好きなんだよ」


 褒められて喜んでくれたのか、藤沢が笑う。父親の話を嬉しそうにしているのが少し複雑だけど。


「本当にもらっちゃっていいの? 私だけそんな」

「?」

「ちーちゃん、私だけこんなのもらってること知ったら嫌な気持ちにならないかな……」


 なんで、そこで吉田?

 ああ、そうか。藤沢は優しいから仲のいい吉田のことまで気にしてしまうのかもしれない。


「気にしないと思うけど」

「そうかなあ」

「吉田もタヌマル好きなの?」

「ううん。ちーちゃんはハコモン自体プレイしてないよ。育てる系って面倒なんだって。捕まえるのも面倒くさいって言ってたし」

「吉田らしいな」

「ね」


 俺たちは顔を見合わせて笑ってしまう。


「あ、でも、三島君もタヌマル大好きなんだよね。なら自分で持ってた方がいいんじゃないかな」


 どうにも藤沢は遠慮してしまうところがあるみたいだ。俺も割とそういう性格だからわかる。こういう時には素直に受け取ってくれた方が嬉しいんだけど。

 確かに俺だってタヌマルは好きだ。前は単純に小さい頃から好きで、その流れでずっと好きだった。

 けど、今は少し違う意味合いもある。

 一番大きいのは藤沢と共通の好きなものだってことだ。

 自分で持っているのも嬉しいが、藤沢が喜んでくれるのはもっと嬉しい。


「お礼だからいいんだって」


 もう一度、藤沢にタヌマルを差し出す。

 ああ、クソ! なんて言ったら素直に受け取ってくれるんだ?

 ええい!


「あ、あのさ。本当は俺、ゲーセンでこういうの取るのむちゃくちゃ苦手なんだよ」

「え?」

「でも、藤沢が喜ぶと思って頑張ったんだ! だから!」

「え、え?」


 しまった。

 あまりに必死に考えすぎて、一周回って本音が出た。


「ええと、じゃあ。いい、のかな?」


 が、なんとか伝わったみたいだ。

 藤沢がおずおずと俺の手からタヌマルを受け取ってくれる。俺は心の中でガッツポーズを決めた。ようやく成し遂げた。

 これを渡すか渡さないか、一体どこで渡せるのか。必死になって取ったはいいが、テスト前だというのにずっと悩んでいたのだ。

 それにしても、なんだろう。この小動物に餌付けをしているような気持ちは。さっき、かなり恥ずかしいことを言ったような気がするのに、俺の気持ちは伝わっている様子がない。

 吉田も藤沢はめちゃくちゃ鈍感だと言っていたっけ……。

 でも、前よりは接点も沢山あるんだ、少しずつ意識してくれればそれでいい。と、思おう。


「すっごく可愛い。ありがとう、三島君!」


 その言葉だけで浄化されそうになる。

 しかし、続けて笑顔で藤沢が放った言葉に俺は固まった。


「お互いテストも頑張ろうね」

「そ、そうだな」


 藤沢のことが気になって勉強が進んでいなかったなんて、本人を前に言えるはずがない。

 今その現実に引き戻さなくてもいいだろ!

 と、思うけれど。藤沢本人は悪気が無さそうだからきっと善意で言っているんだろう……。

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