第40話 ソレハワタシジャナイヨ

「ねえねえ、最近出てきた新人Vtuberなんだけどさ、知ってる?」

「えー、知らないよ。てか、誰?」


 休み時間に教室で席に座っていると、そんな会話が聞こえてきて一瞬ぎくりとしてしまった。私のことのはずないのに。

 そこまで有名じゃないし。

 ちらりと横目で見ると、クラスの子が二人でスマホをのぞき込んでいる。


「朗読が結構よくて、寝る前とかに聞くと眠くなるんだって」

「へー」

「あ、これ。最近上がってたやつ。えっと、『オツベルと象』? だって」


 思わず声を上げそうになる。

 それ、私なんじゃ?

 『オツベルと象』、この前上げたばかりの動画だ。これも宮沢賢治のお話。

 再生数が意外と伸びて500くらいいって、三人でめちゃくちゃ喜んでいたやつだ。それにしても広大なネット世界で、こんな身近にいる人が聞いてるなんてこと、ある?

 て、それにしても寝る前に聞くと眠くなる?

 そんなつもりで読んでいたわけではないけど……。

 もしも、あの子たちが見ている動画が猫野まふのものだったとしたら、私がいつも父に絵本を読んでもらいながら寝ちゃったのと同じってこと?

 それはそれで、嬉し……。

 って、これバレない!?


「天音っちー。次の授業の宿題やってなくてさ、見せてもらってもいい?」


 のこのこと千代がやってくる。あの会話は全く耳に入っていないみたい。


「しっ」

「え、何?」

「あそこで私たちの動画の話してるかも」

「ひぇっ! 嘘!? もがっ」


 もはや恒例になってしまった感があるが、千代の口を塞ぐ。


「気になるけど、バレるといけないし普通にしてて」

「お、おk」


 と、言いつつ私も聞き耳を立ててしまう。千代は素知らぬふりをしているようだが、そちらに集中していることがわかる。でも、なんで口笛吹き出すの? 明らかに普通じゃないんですけど。

 耳を澄ますと、ちょっとだけ動画の音が聞こえてくる。そんなに大きい音にしてないから周りには多分聞こえてないくらいだと思うんだけど、私の耳には届いてしまった。


「……あ」


 崩れ落ちそうになる。椅子に座ってて良かった。もし立ってたら本気で倒れてた。

 私の声だ、これ。

 あ゛ーーーーーーーーーー!

 心の中で大絶叫が止まらない。

 実際に叫び出さなかったのを褒めて欲しい。

 向こうの方では三島君も動画に気付いたようで固まっている。三島君もバレないように不審な動きをしないようにしているみたいだ。


「オツベルと象って、教科書に載ってたやつだよね」

「載ってたっけ。忘れた」

「載ってた載ってた。なんか象が可哀想なやつ」

「わかるわかる。確かに象、可哀想だよね。でも、この動画だと象が可愛いんだって!」

「あー、今聞いてるだけでもそれはわかる」

「宮沢賢治の話にこんなヒロインいたっけ!? とか思っちゃった」

「象って、女の子だったんだ」

「僕っ子?」


 うぐぐぐぐ。

 ここにものすごいダメージを受けている人がいるなんて、普通に会話しているだけの彼らは知らないのだろう。

 いや、別に象が女の子かどうかはわからないんだけど。

 可愛いとか言われているのは嫌ではないんだけど。

 そこまで言ってくれて嬉しくはあるんだけど。

 は、恥ずかしい!

 というか、声が私だって気付いてない?


「キャラも可愛いよね。あざといけど。猫耳でセーラーでメガネとかw」

「あざと可愛いってやつ?」


 今度は千代が私の机にどしゃっと崩れ落ちている。


「あ、うううううう」

「ちーちゃん。しっかりしっかっり~。ダメだよ、自分が描いたとか叫んだら」


 私は千代にひそひそと耳打ちする。せっかく誰にも秘密でやっているのに、こんなところでバレるわけにはいかない。

 本当に私だってバレないんだよね!?


「でもさ、この声なんか聞き覚えない? どっかで聞いたような……」


 ぎくり。


「誰か有名な人? そういう人が名前公表しないでやってることもあるよね」


 そうそう。

 そのまま、そのまま。


「そういうのじゃなくて……。あ!」


 どきり。


「うちのクラスの藤沢さん! ちょっと似てない?」


 ばーん! と立ち上がって走り去りたくなる。


「天音っち、フツーにフツーに」


 今度は私が小声で千代になだめられる。確かに、こんなところで挙動不審になっちゃいけない。よけいに怪しまれる。


「えー、違うでしょ。こんな声だったっけ。授業中に教科書読まされてるの聞いたとき、こんなんじゃなくなかった? こんなに落ち着いてなかったし。こんな喋り方じゃないでしょ」

「だよね。ちょっと似てるかなって思ったけど、まさかねー! あの大人しそうな藤沢さんがVtuberなんてやってるわけないよね」


 あはははは、と笑い声が聞こえてくる。

 私と千代は、ほっと胸を撫で下ろした。多分、三島君も。

 私は横目でちらりと今の話をしていた子たちの方を見る。二人は別にこちらを見ている訳では無さそうだ。本当に疑っていたんじゃないみたい。

 ちょっと冗談で言ってみた、みたいな感じで名前を出しただけ。そんな風に見える。

 だけど、こっちは寿命が百年くらい縮まった。


「ふう、危なかったね。でもさ、やっぱりすごいよ。私が最初に言ったとおり、その人だって確証がなければ意外とわからないものなんだよ。ふー」


 ひそひそと千代が私の耳元で囁く。

 その時、授業が始まるチャイムが鳴った。

 そこで千代がハッと何かに気付いたように言った。


「あ゛、宿題見せてもらってない……!」

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