第39話 不思議な気持ち

『「そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。今でもまだ燃えています。」』


 画面の中で猫野まふが『よだかの星』を読み終えた。

 で、今回は。


「うーん、今度のはちょっとダメだなあ」


 千代が悔しそうに呟く。


「再生数36回か~。す、少ない。新人としては結構いってる方だとは思うけど。この前のが良すぎたのかなあ」

「『やまなし』の方が人気? 『よだかの星』ってあんまりだったのかな」

「そんなことないと思うんだけど。タイミングとか、運とかもありそうだよねえ。聞いてさえもらえれば、いいってわかってもらえるのに~」


 今日も三人で顔を付き合わせている。

 この前の『やまなし』が意外と伸びたから、また宮沢賢治つながりでいってみようということになった。けど、新しく上げてみた『よだかの星』は思ったより再生数が伸びていなくて三人で唸りながら画面を見ているというわけだ。

 三島君の言うとおり、この前の動画が再生回数100回を越えてしまったせいで今回新しく上げた動画の再生数がしょぼく見えてしまう。最初に比べれば多いんだけど、それでも前よりも少ないと悲しい。

 前回も今回も一生懸命読んだのには変わりないし。

 それに、


「私は好きなんだけどな。よだか、一生懸命でいい子だよね。みんなにひどいこと言われて、最後にはお星様になっちゃうなんて……。うう」


 考えただけで涙が出そうになる。


「天音っち、いい子だなあ。よしよし」


 何故か千代が私の頭を撫でている。


「一回ちょっと再生数が伸びたくらいじゃ、すぐにファンが付いてくれるわけじゃないのか~。難しいね」

「でも、この前の動画はみんながいっぱい見てくれて嬉しかったよ。しかも、あっちも私の好きなお話だし」

「本当に天音っちはいい子だなあ。よしよし」


 千代が更に私の頭を撫でてくる。

 三島君も何かしたそうに手をぷるぷるさせてこっちを見ている。他にも何か言いたいことがあるのかな?


「どうしたの? 三島君」

「……なんでもない。じゃなくて。それでも、最初に比べたら聞いてくれる人が増えてるんだから、このまま続ければいいんじゃないかな。今回だって、再生数はこれから増えてくんじゃないか? 前に見てくれた人がまだ来てないだけかもしれないぞ? ファンだって、いると思うし。うん」

「おお、三島いいこと言う」

「それに……。藤沢、朗読してるとき楽しそうだし」

「あ、うん」


 反射的に答えてしまう。

 確かにそうだ。三島君に言われて気付いた。

 私、朗読するのが楽しい。

 クラスのみんなの前で読むのは恥ずかしいし、あんまりやりたいとは思えない。

 だけど、こうやってVtuberとして朗読するのは、楽しい。

 なんでだろう? 不思議。

 顔が出ていないからなんだろうか。

 私が私じゃなくて、他の誰かになれるからなんだろうか。

 自分でもまだわからない。だけど……。

 朗読なら私でも出来るんじゃないかなって思った。でも、違うんだ。出来るからじゃなくて、私がやりたいからやるんだ!

 父の真似かもしれないけど、それでも……。

 うん!

 私は顔を上げた。


「そうだね。私、楽しいのかも。だから、出来たらまだVtuber、続けてもいいかな。再生数伸びるかわからないし、二人に迷惑掛けちゃうかもしれないけど」


 私が言うと、二人はすぐに頷いてくれた。


「ありがとう」

「何言ってんの、当たり前だよ。そもそも私が誘ったんだしさ。最初は全然乗り気じゃなさそうだったから、やる気になっててくれて嬉しいよ~。せっかくなら楽しくやった方がいいに決まってるしね!」


 前はみんなでやること自体が文化祭の準備みたいで楽しいとは思ってた。

 だけど、今は違う。

 最初は千代の言うとおり乗り気じゃなかった。

 なんだろう、この気持ち。




 ◇ ◇ ◇




「天音、最近楽しそうだな。何かいいことあったのか?」

「あ、ええと。うん!」


 夕食中にも顔に出てしまっていたのか、父が話し掛けてきた。


「友達が家に来るようになってから、明るい顔してることが増えた気がするな」

「そうかな」


 えへへ、と私は笑う。


「うんうん。いいことだ。でも、一体、部屋で何してるんだ?」

「あ、えーと」


 それは父には内緒なのだ。バレたら何言われるか。


「和孝さん。あんまり干渉しすぎると嫌われちゃうわよ」

「うぐ。それは困る。でも、気になる……」

「あ、でも、お母さんも気になるなー」


 母が助け船を出してくれたかと思ったらすぐこれだ。これは、何か言わないと二人とも収まらなさそうだ。


「ゲームとか色々、かな」


 嘘は言っていない。


「そうか。ゲームかあ。趣味が合う友達がいるのはいいことだな。そうだ。今度、お父さんともやらないか? 小さい頃はよくやっただろ?」

「別にいいよ」


 どうやら納得してくれたらしい。

 一応、録音するときも父や母がいないときを見計らってやっているから、バレてはいなさそうだ。

 父の影響で朗読始めたなんて知られたら、ちょっと恥ずかしいし。知ったらなんて言うだろう。喜んでくれるかな。

 けど、前に私が声優になりたいと勝手に勘違いした時に、声優よりも安定した職について欲しいとか言っていた。Vtuberをやっているなんて知られたら止められてしまうかもしれない。

 別にそれで生活していこうとしているんじゃないんだけど、父のことだ。先回りしてどんどん大きく考えて反対とかしてくるかもしれない。

 とりあえず、今は黙っておいた方が良さそうだ。

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