第38話 私の才能?
「剥がしちゃうよ~」
そう言って、千代が付箋に手を伸ばす。
そして、
「あ」
どうやら、千代にはもう見えてしまったらしい。声を上げている。千代はさっきも見たはずだけど?
「さっきより増えてる」
「「え」」
私と三島君が同時に声を上げてしまう。
画面に表示されているのは……。
「すごい、さっきより増えてるんだけど」
再生数は101。
「さっきまではぎりぎり90台だったんだよ。それでもすごいと思ってたんだけど」
私と三島君が、今度は同時に頷く。
だって、この前の動画は二桁いけばいったのがすごい! というくらいの状況だったのだ。三桁なんて絶対いかないと思っていた。三桁いったら嬉しいな、とは思ってたけど。
「三桁いった……」
私は思わず呟いてしまう。
「三桁いった! うぇーい!」
千代が手を出してきたので、ハイタッチする。
なんとか100くらいはいきたいねって、前から話してはいた。けど、本当に達成できるなんて!
「けど、こんなところで満足は出来ないよね。次は1000! その次は一万再生!」
千代が鼻息を荒くしている。
「それは、ちょっと壮大すぎるような……」
と言ってしまう私だが、ちょっぴりそんなにいったらいいな、なんて思ってしまったのは内緒だ。
「ほらほら、コメントも見て!」
千代、全然聞いてないし。
と、思いつつコメントも気になるのでのぞいてみる。前のまではちょっと癖のあるコメントばっかり届いてたけど……。
「どんな感じ?」
コメント
『穏やかで素敵な声ですね』
『やまなしとか懐かしい!』
『読み方が落ち着いてて好きです』
「この前までのと全然違う!」
「あ、でも」
コメント
『まふたん、雰囲気ちがくね?』
「これ、前にも見てくれてた人じゃない?」
「あ、本当だ」
「違いすぎて嫌われちゃったかな……」
「違う違う、続き、見て!」
コメント
『でも、こっちも好きだな。いい……』
「よかったじゃん!」
千代がぽんぽんと私の肩を叩く。
ちょっと不安だった。いきなり路線を変えて何か言われないかって。叩かれたりしないかって。
よかった。
心の底からほっとする。
「うんうん。でも、前のも可愛くて良かったよね。私も好きだったし、三島もだよね」
千代はうんうんと一人で頷いている。
「二十歳になってたら完全にビールで乾杯案件だねっ! でもさ、本当にすごかったよ天音っち。いきなりどうしたの? 朗読するなんて急に思い付いたの? 実は私たちに内緒で、一人で特訓してたとか? 山籠もりとか、石割ったりとか!」
「違う違う! って、なんで石割るの!? あのね、お父さんなの」
「藤沢さん?」
「うん。今度ね、お父さんのお話し会があるんだ」
「藤沢さんのおはなし会! 行きたいけど、子どもいないからいけないやつ!」
「そう、それ。やっぱり、ちーちゃん知ってたんだね」
「今から作ったりするのは無理だしなー」
「……! 無理に決まってるでしょー!!」
いきなり何を言い出すんだか!
「って、それは置いといて。ほらー、三島君また困ってるでしょ。で! 私もそういうのやってみたいなって思って」
「じゃあ、いきなり? めちゃくちゃ練習したとかじゃなくて?」
「練習はしたよ。部屋で、一人で読んでた」
「でも、この前の授業中とは全然違ってたよ?」
「それは……」
自分でも全然違っていたとわかる。
「お父さんならどうやって読むかなって想像しながら読んでみたんだ。あ、えと、私じゃ全然お父さんには敵わないってわかってはいるけどね。だけど、子どもの頃からずっとお父さんには絵本を読んでもらっててね。私、お父さんに絵本を読んでもらうのが大好きで……。うん。私もそんな風に読んでみたいなって、そう思って。だからね。動画が伸びても、私の力じゃないんだ。お父さんのお陰なの。あ、もちろんちーちゃんと三島君の力は本物だと思うよ」
そう。動画が伸びているのは嬉しい。
だけど、思う。これは私だけの力じゃないって。千代と三島君が動画とキャラを作ってくれたのもある。更にもっと深いところに、父の存在がある。
「……」
千代は黙り込んでいる。
あ、これ。私も藤沢和孝の朗読、聞きたかった! とか、羨ましい! とか叫ぶやつかな?
と、思ったんだけど。
「違うよ」
きっぱりと、千代は言った。
「へ、何が?」
「これは天音っちの力だよ。天音っちの才能」
「え?」
「だってさ、私には出来ないよ。私だって藤沢さんの演技が大好きで観まくってるし、聞きまくってるよ。だけど無理だよ。どれだけ観たり聞いたりしてても無理なんだよ。私が朗読しても動画なんて伸びない。って、あれ!? また再生数増えてるよ!」
「え、嘘!?」
「ほら、少しずつだけど」
と、画面を示しながら千代が微笑む。
「ちゃんと本物だよ。天音っちは。ね、三島」
「先、言われた……」
「あ、ごめん。いいとこ見せるつもりだったのに取っちゃった!?」
「うるせ。あのな、藤沢。吉田の言うとおりだよ。俺もそう思ってるから。藤沢、すげーよ。自信持っていいと思う」
「あ、ありがとう」
私はまだ私がすごいって思えないけど、実感なんて湧かないけど、やっぱりすごいのは父なんじゃないかなって、そう思ってしまうけど。
二人がそう言ってくれるのは素直に嬉しい。
「あ゛ーーーー-! でも藤沢さんの生読み聞かせをずっと聞いて育ったなんて羨ましすぎるー!」
悔しそうに叫んでいる千代の声で、いい雰囲気台無しだけど。
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