第37話 私に出来ること

『「クラムボンはわらったよ。」

「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」

「クラムボンは跳ねてわらったよ。」

「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」』


 動画の中で、猫野まふがゆっくりと本をめくりながら宮沢賢治の『やまなし』を朗読している。

 今回は最初の挨拶も無しで、本のタイトルを入れてそのまま朗読に入った。雰囲気的にその方がいいんじゃないかという話になったからだ。

 動画の雰囲気もいつものギャグっぽい感じではなくて、落ち着いた感じに変えている。

 それはそれで、私に合っているのかなって心配になるんだけど。

 私の隣で動画を見ている千代と三島君もツッコんだりせずに黙っている。


『つうと銀のいろの腹をひるがえして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました。

「クラムボンは死んだよ。」

「クラムボンは殺されたよ。」

「クラムボンは死んでしまったよ……。」

「殺されたよ。」

「それならなぜ殺された。」』


 この場面、少しは悲しい気持ちが聞いている人に伝わっているだろうか。

 動画の中の私は、前みたいに言葉に詰まったり、おたおたしたりしていることは無い。

 何を朗読するかは、あれから三人で話し合った。父のおはなし会みたいに昔話にするか、それとも他のお話にするか。

 そもそも、著作権が切れていないものは大変なことになりそうだったので、最近書かれたものは最初から除外したんだけど。

 昔話は父が読むのなら、藤沢和孝という人気声優だということと、もうすごく上手くていい声だということがわかっている。だから、みんなが聞きたいと思ってくれる。

 だけど私は違う。

 新人Vtuberで、知名度なんて無いに等しい。

 だとしたら、私が『桃太郎』とか『かぐや姫』とか読んでも誰も聞いてくれないかもしれない。

 それならってことで、『やまなし』になった。

 短いから飽きずに聞いてくれるかもしれないし、小学校の教科書にも載っていたから誰でも知っている。親しみが持てるのっていいかなと思った。

 あとは、私が好きだからっているのもあるけれど。提案したのは私だ。

 千代も私がやってみたいならって賛成してくれた。三島君もせっかく宮沢賢治を朗読するならって、いつもと違う雰囲気の画面を作ってくれた。

 一緒にやっているのが、この二人で良かったなって思った。


『「こわいよ、お父さん。」弟の蟹もいいました。』


 動画の中の私は話し続けている。

 この部分、弟の蟹が可愛い。なんか可愛くて好きなんだ、この蟹の兄弟。

 かぷかぷとかの擬音みたいなのも思わず口に出したくなるくらい楽しい。

 だからこそ、読みやすいかなって思った。父ならどんな風に抑揚を付けて読むかなって、それも考えてみながら読んでみた。さすがにこれは読んでもらったことはないけど、想像で。プラスして、小学生の頃に私が想像していた蟹の兄弟の声で。

 他の人にとって納得出来るものになっているかはわからないけど。

 この前みたいに方向性が違う、とは思わなくなった。私自身が納得出来る。

 納得しているからこそ、再生数が伸びなかったら辛くなる部分もある。けど、違うなって思いながらやり続けるよりは、きっと今の方がいい。

 二人が納得してくれて本当に良かった。

 しかし、二人が静かだ。

 やっぱりまだまだ下手だからかな。

 千代もいつものツッコミみたいなものが無い。

 再生数のところはわざわざ画面に付箋を貼って隠していたりする。見るのが怖いと言ったら、千代がわざわざ付箋を貼って隠してくれている。だからといって、ずっと見ないままなのも気になるのでこの再生が終わったら見るつもりではある。千代もそうすると言っていた。


『私の幻灯はこれでおしまいであります。』


 お、終わった。

 身体に勝手に力が入っていたようで、私は大きく息をついてしまう。

 パチ。

 パチパチパチパチ。

 何の音かと思ったら、千代が拍手をしている。それにつられてか、三島君まで。


「ど、どうしたの、二人とも?」


 何事かと二人の顔を見る。


「いやー、すっごくいいなと思って」


 千代の言葉に三島君もうんうんと頷いている。


「天音っち、すごいよ。授業中に朗読してたときには詰まりまくってたけど声が可愛いからそれでいいと思ってたけど、今回はどうしたの。全然詰まってないし、それどころか落ち着いてるし……、立派になって……、うう、ぐすっ」

「そ、そうかな」

「そうだよー。これこそ私が求めていたものだよ! 今までは方向性間違ってた!」

「それ、前に私が言ったでしょ!?」


 思わずツッコんでしまう。


「本当だったね。あっはー。ごめん」

「ぷっ」


 でへへ、と頭を掻きながら千代が言うと、三島君が小さく笑った。


「仲いいよな、二人」

「え、そう? うちらラブラブだもんね~」


 千代が私の肩を抱き寄せてくっついてくる。


「もー、ちーちゃん」

「三島も入っていいよ」

「は!? 入るってどこに!」


 三島君が顔を真っ赤にしている。そうだよね、女の子同士でいちゃいちゃしているところに入れなんて困っちゃうよね。


「って、そんなこと言ってる場合じゃなくて、再生数、再生数。大公開しまーす!」


 ぱっと、千代が私から離れて画面に向き直る。

 見たくないとか言ってたけど、実は私も気になっていた。

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