私のはじまり! 編

第36話 そ・れ・だーーーーーーーー!

「次は何か歌ってみるのはどうかなっ!」


 はいはい! と千代が元気に手を上げて言う。


「やっぱり歌だよ! 歌! Vtuberといえば、歌ってみた! でしょ」


 ふんす! と千代は鼻息を荒くしている。

 今日も、いつもの三人で私の部屋に集っている。で、次に何をやるか話し合っている訳だが。


「失敗しちゃうかもしれないけど、そこはドジっ子キャラでなんとかね!」


 私はため息を吐く。


「だから、私、歌は苦手だってば」

「あ、そう言ってたっけ。そういえば、天音っちが歌ってるとこって見たことないかも。でも、そんなに可愛い声なんだし! ちょっと歌ってみてよ」

「うー、無理。そもそもドジッ子キャラで歌とか何」

「そんなあ」

「藤沢が苦手だって言ってるんだから、やめとこうぜ」

「……三島君」


 私が本当に困っているのをわかってくれたのか、三島君が救いの手を差し伸べてくれた。この前のlineのことも気にしてくれているんだろうか。

 すごくありがたい。


「本人が嫌だって言ってるんだから」

「むう」


 千代はちょっぴり不服そうだ。


「せっかくいいアイデアだと思ったんだけどなあ」


 そういえば、前にもアイドル声優といえば歌だとか言ってたっけ。残念だけど、私は本当に歌には自信が無いから仕方がない。父はすごく上手いんだけど。


「一生懸命考えてきたんだけどな。でも、確かに本人が嫌ならしょうがないか……。もったいないけど……。ぐぬー」


 頭を抱えていた千代が、顔を上げてちらりと私のことを見る。

 そんなに歌って欲しかったのかな。

 でも、千代だってここまで言ったら無茶なことは言わないはず。友達なんだし、言わない、よね?


「じゃあ、その代わりに何かいいアイデアある?」


 私はごくりとつばを飲み込んだ。

 言おうかどうかって、今日ずっと悩んでいた。そうしているうちに千代が歌うことを提案してきたのだ。

 言うなら今しか無い。


「……うん、ある」

「え! 天音っちから!?」


 ぐぐっと千代が身を乗り出してくる。


「ええっと、いいアイデアかはわからないんだけど……」

「全然いいよ! 聞く聞く! だって、天音っちから何かアイデア出してくれるなんて初だし!」

「そうだっけ」


 自分で言っておいて、そうだと思う。

 全部二人に任せっきりで、私は最後に声を当てたりその場で何かしたりしているだけだった。やったらやりっぱなしで編集だって全部三島君にやってもらっていたし。


「で! で! 何がやりたいの?」


 キラキラした目で千代が私のことを見ている。三島君も、私が何かを言うのを待っているようだ。三島君の方はちょっぴり心配そう。

 無理矢理何かやろうとしていると思っているのかも。そんなことないよって伝えるために、私は微笑んでみせる。

 三島君は私に答えるように少し笑ってくれた。でもなんとなく顔が赤いような。

 私も自分から何か言おうとするのは、提案するのは緊張する。それが伝わってしまったのかな。

 私は口を開く。


「あのね、朗読って、どうかな」


 父に絵本を読んでもらっているときに思った。これなら、私も出来るんじゃないかって。

 違う。出来るんじゃないか、じゃない。やってみたい、と。

 小さな頃から父に読み聞かせをしてもらっていた私だから出来る。父に読んでもらった、あの声を覚えている。間の取り方、声色を私は覚えている。

 あんな風に、私もやってみたい。

 聞いてくれる人に届くように。

 私なんかじゃ、父には全然敵わないけど。

 子どもの私が聞いていたように、聞いてくれる人がいてくれたら嬉しいなって、誰かに届けてみたいなって、思ってしまったんだ。


「朗読?」

「う、うん」

「……………………」


 千代が沈黙する。

 私が朗読とか、無理って思ってるのかな。

 授業で朗読したときも、ひどいものだったからそう思われてもしょうがないけど。

 千代は下を向いてぷるぷる震えている。


「あ、あのね。上手く出来るかはわからないけど、私……」

「そ・れ・だーーーーーーーー!」

「え、どれ!?」


 どうやら、さっきのはタメだったらしい。

 うおー! と叫び出さんばかりに千代は天井に向かって拳を突き上げる。

 三島君がちょっと引いてる。私は千代の唐突な行動に慣れてるからいいけど。


「そうだよ! なんで今まで気付かなかったんだろう? それなら天音っちの声を前面に押し出せるよ! いや、ドジっ子キャラも可愛いんだけどさ。Vtuberとして面白いことやらなきゃって、そればっかり思ってて忘れてた! そうなんだよ! 元々私たちは天音っちの声を世界中の人に聞いて欲しくてVtuberやろうって思ったんじゃないか!」

「そんな風に言われると恥ずかしいけど……」

「でも、本当にそうなんだよ! 天音っち! 思い出させてくれてありがとうっ!」


 そもそもそんな大事な目的を忘れていたというのが千代らしいというか、なんというか。


「えっと、三島君は」

「俺も、いいと思う。藤沢の声なら朗読とか向いてると思う。それに、自分でやりたいと思ったことをやった方がいいだろうから」

「よし! じゃあ、それでいってみよう!」


 おー! と千代が再び拳を振り上げた。

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