第29話 友達のままは嫌だけど

「いやー、大変だったね~」


 自転車に乗って藤沢の家から帰ろうとしていたら、吉田が話し掛けてきた。

 確かに大変だった。あれから藤沢の父が乱入してきてなだめるのに時間が掛かった。最終的には俺がファンだったということで和解したけど。


「それにしても三島、大丈夫?」


 吉田に言われてぎくりとする。

 こいつ、絶対気付いてる。

 吉田の言動を見ていて前からそうじゃないかという気付かれてるんじゃないかとは思ってたけど、今日確信した。


「なんのことだよ」


 が、一応しらばっくれておく。


「またまたー、とぼけてもダメだよ~」


 自転車を押しているのに、吉田はついてくる。


「駅、反対方向だろ」

「ちょっと話したくてさ」

「あ?」

「うわ、怖い。天音っちにはそんな声絶対出さないのに」

「それはっ」

「それは?」


 しまった。引っ掛かった。


「うんうん。わかりやすいもんね、三島」

「なっ」

「あ、でも別にクラスのみんなが気付いてるとかじゃないと思うよ。大丈夫大丈夫。私が天音っちといつも一緒にいるからわかっちゃっただけで」


 俺はほっと胸を撫で下ろした。そんなにわかりやすかっただろうか。もっと気を付けなくては。


「今日はさすがにわかりやすすぎたけど」


 ぐふふとおばちゃんみたいに吉田が笑う。クソ!


「でもさ。それなのに天音っちは気付いてないんだよね~。天音っち、鈍感すぎ」


 吉田がため息を吐く。ため息を吐きたいのは俺の方だ。

 吉田にバレている上に、肝心の藤沢には伝わっていないなんて。藤沢が気付いていたら気付いていたで、それはそれで困るというかなんというかだが。


「本当は天音っちとこうやって歩きたいんだもんね。私でごめんね。応援したいとは思ってるんだけど、天音っちがあれじゃねー。なかなか難しいですわ」

「って、おまっ、もしかして、そのために俺に声を掛けたのか?」

「へ? あー、うん。それもちょっとはあるけど、天音っちのこと好きなら積極的に協力してくれるかなーと思って。それに、好きな人の秘密バラすようなことしないでしょ? 三島、口は堅そうだし。だからちょうどいいかなって」

「ちょうどいいって……。俺のこと利用してんのか?」


 いいように利用されてる俺も俺だけど、ハッキリ言われるとさすがに辛いものがある。


「利用ってそんな、人聞きの悪い。仲間としていい人選だと思っただけなんだけどなぁ。三島はさ、一緒にVtuberやってて楽しくないの? 私は結構楽しいけど。それに、三島まで藤沢さんのこと好きだったなんてびっくりしたし。あ、藤沢さんって天音っちのお父さんの方ね」

「好きというか、やってた役が好きだったから」


 藤沢のことから話題が逸れて、少しほっとする。尋問されているみたいで怖い。女子はそんなに恋バナが好きなものなのか。女同士でやってくれと思うが、藤沢はそういうのはからっきしのようだし。と、思ってしまって更にダメージを受ける。

 友達だとあそこまで強調して言われたてダメージを受けるなと言われる方が無理だ。

 けど、と俺はさっきの藤沢の顔を思い出す。


『よかったぁ。嫌われてたら、どうしようかと思っちゃった』


 あの時の顔は反則だった。

 パッと花が咲いたみたいに藤沢が微笑んで……。

 って、こんなこと考えていると知られたら吉田がなんて言うか。


「やー、本当に最高だよね。藤沢さん」


 が、吉田はどうやら藤沢の父のことを考えていたようだ。助かった。


「藤沢さん、めっちゃ親バカだよね。そういうところも悪くないけど。うんうん。ファンとしてはあんな姿が見られるなんて最高ですわー。天音っちに嫌がられてるけど。でも、口では色々言ってるけど、天音っちも実はお父さんっ子だよねー。基本お父さん大好きみたいだから」

「だな」


 二人のやりとりを見ていると、めちゃくちゃ仲がいいことがうかがえた。俺のことなんか、思いっきり敵視されてたし。あの父親、どんだけ親バカなんだ。

 しかも、人気声優。

 藤沢が恋愛に興味が無さそうだとしたら、一番のライバルはあの父親なんじゃないだろうか。


「って、そうじゃなくて、応援するって話だった」


 話、戻った。


「とりあえず話す機会は出来たんだし、じっくり距離縮めてけばいいんじゃないかな。天音っち、心を許した人としかそんなに長文で話さないし、三島とは結構話してるからいい感じじゃない? 可能性はゼロじゃないと思うよ」

「……」

「まあ、頑張りたまえ! 道こっちだし! じゃ、またねー!」


 手を振って吉田は行ってしまった。自分の言いたいことだけ言って。困ったやつだ。

 でも、少しは感謝している。吉田の言うとおり声を掛けてくれなければこんな風に話すことは出来なかったし、ましてや藤沢の家に行くことなんか無かったはずだ。

 で、何も言えないまま高校を卒業して会わなくなって……、ただの思い出になっていただろうと今まさに想像できてしまった!

 それに比べたらなんていい状況にいるんだろう。

 一人になってようやく俺は自転車にまたがる。そして、漕ぎ出そうとしたとき。

 スマホが鳴った。

 画面を見ると藤沢だった。


『さっきはごめんね。これからもよろしくね!』


 シンプルな文。

 それなのに、なんでこんなに嬉しくなるんだろう。

 前のままなら俺のスマホに藤沢の名前が表示されることすらなかった。彼女の名前がそこにあるだけで嬉しい。繋がっていることが嬉しい。


『大丈夫。俺の方こそ、よろしく』


 少し悩んで、返事を打ち込む。変に思われなくてシンプルなものにしなくては。

 送信。

 ……。

 届いただろうか。

 返信はあるだろうか。

 画面を凝視してしまうけど。


「いや、こんな短文に返事なんて無いよな……」


 少し考えて、俺は画面をスクショする。消えてしまうのがさみしい。

 こんなことをする自分がちょっとキモい。

 けれど、やらない方が後悔しそうだから仕方ない。

 鳴らないスマホをポケットにしまうと、俺は自転車を漕ぎ出した。

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