第28話 ただの友達です

「どうも、こんにちは。お邪魔してます」


 父の絶叫の後で、三島君はぺこりと頭を下げた。礼儀正しい。


「ああ、こんにちは」


 三島君につられたのか父はにこやかに笑う。


「私も、またお邪魔してます。こ、こんにちは」

「ああ、ちーちゃん。また来てくれたんだね。いらっしゃい」


 千代を見てにこにこする父だが、次の瞬間。


「って、天音ー! その男は誰だー!」


 再び錯乱した。


「ちょっと、お父さん! ジュース落ちるー!」


 トレイを投げ出さんばかりの様子の父に私は慌てて駆け寄る。すかさず受け取る。

 よし、ジュースは無事だ。私の部屋にぶちまけられたら困る。

 それより心配なのは父の様子だが。

 私はとりあえずジュースの載ったトレイを机に置いて、父の横に戻る。父はぶるぶる震えている。


「天音、天音が……。男の子を……部屋に……。お父さんは許さんぞー!」


 また吠えた。


「お父さん、ちょっと落ち着いて」

「これが落ち着いていられるか。彼氏か! 彼氏なのか!?」


 大事なことだから二回言っているのだろうか。それとも混乱しているのか。


「違うって、同じクラスの子だよ! 友達! ただのっ! とーもーだーちっ!」

「はっ!」


 父が我に返ったようだ。


「ででででで、でも、部屋の中に男の子を入れるなんて。お父さんは、お父さんはっ」

「別に何も無いってば! ちーちゃんだって一緒だし」

「そうですよ~。三人で話してただけですよ~」


 千代が助け船を出してくれる。


「そ、そうなのか? ちーちゃんがいてくれるなら安心……、か?」

「安心安心、何も変なことしてないから!」

「へへへへへへへへ、変なことだって!?」


 もうダメだ。父が壊れた。

 Vtuberやってるのは変なことに入るだろうか。多分入る。

 父には言えない。バレないように、なんとか撃退せねば。


「もうっ! ちーちゃんが来たときは友達が来てくれたって喜んでたくせに! 三島君だって同じだよ。趣味が合うからこうやって三人で話してるだけ!」


 Vtuberイコール趣味って考えれば別に嘘ではない。


「だけど、ちーちゃんは女の子だけど、こいつは……」

「お父さん! 私の友達のこと、こいつとか言わないでよ。もー、ほらほら」


 私はぐいぐいと父をドアの外に押していく。

 そして、ドアを閉めた。


「天音~」


 ドアの向こうから悲しげな父の声が聞こえるけど放っておこう。

 あ、でも。


「お父さん。ジュース、ありがとう」

「天音~」


 今度はちょっとだけ嬉しそうな父の声。

 本当にうちの父はしょうがない。

 足音が遠ざかっていく。どうやら一応納得してくれたみたいだ。後で何か言われるかもしれないけど。

 とりあえず私はほっと息をついた。

 それから言った。


「ごめんね、騒がしくて」

「いやー、大丈夫だけど」


 千代はすぐ答えてくれる。

 だけど、三島君は……。


「えっ!? 三島君!? どうしたの! 大丈夫!?」


 なんかよくわからないけど、めちゃくちゃ暗いオーラを発しながら膝を抱えて座っている!

 一体何が!?

 まさか、父が叫んでたから自分が悪いと思って!?


「ご、ごめん! うちのお父さんが変なこと言って! 全然うちに来ても大丈夫だからね! 三島君のことは本当に友達だと思ってるし!」

「……お、おう」


 フォローしたつもりだったのに、三島君が更に負のオーラを強くする。


「あー、天音っち? それくらいにしてあげて?」

「え、私、何か変なこと言ったかな」

「ははは。三島ー、気をしっかり持てー」


 更に千代が三島君をフォローしているようだ。そんなに父の言葉がショックだったのだろうか。後でちゃんと言っておかなければ。三島君は信頼できる友達だって!

 あ、でも、


「もしかして、友達だとか言われて迷惑だったかな……」


 一緒に色々やっているうちに仲良くなっていると思っていたのは私だけだったのかな。だったら、ちょっぴりさみしいけど。


「いや! それはない! 迷惑とか思ってないから!」


 そこだけは即座に否定してくれた。


「よかったぁ。嫌われてたら、どうしようかと思っちゃった」

「あ……」


 三島君が顔を赤くして下を向いてしまう。


「それにしても……」


 もごもごと三島君が呟く。


「藤沢の父さんの声、なんか聞いたことあるような気がするんだけど……」


 三島君が首をひねっている。

 さっきの騒ぎでそっちのこと忘れてた!


「藤沢、藤沢……だろ? 藤沢?」


 これ、気付くやつ?


「あ゛ーーーーーーーーーーー!」


 今度は三島君が叫ぶ。


「ま、まさか……」

「どうしたーーーーーーー!」


 三島君の声に、父が叫びながら階段をどたどたと上がってくる。

 何この地獄。


「もしかして、声優の藤沢和孝!? あの、特撮にも声で出てた!? 俺、あれ、めっちゃ好きだったんだけど! いや、今も好きだけど! え、でもまさか!?」

「大丈夫かっ、天音ー!」


 三島君がまくしたてるのと、父が飛び込んできたのは同時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る