第30話 そうだお菓子、焼こう!
「天音、何してるんだ?」
「見ればわかるでしょ」
台所に立っていたら、父がのぞきに来た。さっきのことがあるせいか、なんとなく遠慮がちだ。台所の入り口に立って小動物のように私のことをうかがっている。
「さっきはごめんな。気が動転して」
「もういいよ」
元々、父が家にいるときはまずいかと思って、いない時を狙っていたのだ。母も父に知られないように内緒にしてくれると言っていたし。
予感が的中しただけの話だ。うちの父のことだ。そんなことだろうと思っていた。それにしても想像以上にものすごい反応だったけど。
気が動転というか、錯乱していたというか……。
「また来ると思うから、その時はあんなことしないでよ。あと、ノックしてからも勝手に開けないで。ちゃんと私がドア開けるから」
さっきは画面を閉じるだけでよかったけど、録音してるときとかに入られたら困る。というか、今度から作業をするときは父がいないかしっかり確かめてからにしなくては。
だけど、父は聞いているのか聞いていないのか。
「また来るのか!? やっぱり彼氏なんじゃ!?」
三島君のことがよっぽど気になっているようだ。本当になんでもないのに。
ただ、Vtuberのことは全然バレていないようで一安心だ。むしろ、そっちに気を取られてくれてありがたくもある。
けど、誤解されっぱなしも困る。このままだと、ずっと言われっぱなしになりそうだし、誤解はちゃんと解いておかなければ。
「だから違うってば」
「じゃあ、ちーちゃんの? それなら安心か」
「違うって。本当に友達だってば。彼氏とか彼女とか関係ないから!」
「そうなのか? でも、お父さん心配で」
父の反応を見ていると、嘘でも千代の彼氏ということにしておけばよかったかもしれないと思った。もしかしたら、実際そうなるかもしれないし。
「あー、でも、あの二人ちょっといい感じかも?」
「そうか!」
何故か父がパッと顔を輝かせる。娘に彼氏が出来るのがそんなに嫌なんだろうか。
だけど、これで三島君が来てももう大丈夫かな。
そもそも、気が合うなら男とか女とかあんまり関係ないと思うのに。三島君も一緒にVtuberをやることになって話してみたら本当に気が合いそうだし、共通の好きなものもあるし。タヌマルのことも機会があったらもっと話したい。前にちょっと話しただけだったから忘れていたと思っていたけど、覚えてくれていて嬉しかった。
いい人だから千代とのことも応援できる。……できる。けど、あの二人がくっついちゃったらちょっぴりさみしいような?
仲のいい友達が離れてしまうみたいでさみしいんだろうか?
私はお邪魔になりそうで?
二人がデートなんかするようになったら、千代と出掛けたりするもの減ってしまうかもしれない。
今日みたいに三人でわいわい作業することも減ってしまうかもしれない。
そう思うと、やっぱりなんだかさみしい。
私がVtuberの声をやっているのはまだ慣れないしダメダメだけど、文化祭の準備みたいな楽しさがあるからかもしれない。しかも、気が合う人たちとなんだから楽しくないわけがない。
いやいやダメだ。人の幸せはちゃんと祝福したい。
「で、今はなに作ってるんだ?」
悩む私の手元を父がのぞき込んでくる。
娘の彼氏候補ではないと安心したと思ったら、急に話題を変えてくるところが現金な父だ。
私も悩んだってしょうがない。だって、二人のことは私が口を挟めることじゃないんだから。
「ブラウニー」
「ああ、あれか! バレンタインでもらったことがあったっけ。旨いんだよな~。天音の作ったブラウニー。あのチョコの入ったやつだよな。どっしりしたケーキみたいな」
父が、にへにへと笑っている。
「お父さんの分もあるよ」
「おお、それは楽しみだ。って、ということは他の人の分もあるってことか? まさか、好きな男に……」
「友達にあげるだけ! そもそも好きな人とかいないから!」
「そうか、よかった」
父は面白いくらいくるくると表情を変えている。
あんなに錯乱していた後だ。手作りのお菓子でも作れば、ちょっとでも父が落ち着くかもしれないと思ったのもある。
私の手作りお菓子とか、びっくりするくらい喜んでくれるし。
それにしても、高校生にもなって好きな人の一人もいないのは変だろうか。いなくても困っていないから別にいいんだけど。推しはいるから幸せだし。
「バレンタインでもないのに天音の手作りお菓子が食べられるなんて最高だな」
案の定、父はもう焼ける前からにっこにこだ。作戦成功。
ブラウニーは混ぜて焼くだけで、意外と簡単にできるわりに結構美味しいから助かる。ちょうど材料が家に揃っていたのもよかった。私のおやつ用のチョコも入れてしまったけど、自分でも食べるから別にいい。
だけど、作った理由はもう一つある。
父には絶対言わないけど。きっと、また錯乱するから。
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