第17話 気になんてなってない、はず

「あ、えーと、それはまぁ……。アレだ。前に三島君が天音っちのことを気にしてたみたいだからさ、なんとなく声が好きなのかな~とか?」


 なんだかよくわからないことを千代が言っている。


「私、そんなに三島君と話したことあったっけ? 別に仲いいわけじゃないし……」


 心当たりといえば、ハコモンに出てくるタヌマルが好き同士だということくらいだろうか。そんな話はしたことがある。もしかして、タヌマルの話がしたくて私のことを見ていたんだろうか。

 それは、タヌマル同志としてタヌマル話が出来たら楽しそうではあるが、私の声のことは千代の勘違いだと思う。

 というか、むしろ私に寝癖がついていたり、何か気になるところがあったりして見てたんじゃないだろうか。うう、それは嫌だ。

 あ、それともタヌマルのことで突然話し掛けて変なやつだと思われていたりとか。そっちの方がありえる。


「三島、不憫……」

「?」


 うっ、と千代が目頭を押えている。何が不憫?

 むしろ私の方なんじゃ……。


「でも、それはそれとして!」


 千代が何かを吹っ切るように、拳をグッと握って天を仰ぐ。


「さっき天音っちが言ってたのと真逆なの」

「真逆?」

「そう」


 こくこくと千代が頷く。


「何回も言うけど、私は天音っちの声がすごくいいと思ってるんだ。ピー(自主規制)さん抜きでっ。だから、もったいないなってずっと思ってて。それでね。さっき新居さんの話してて思ったんだ! Vtuberなら大丈夫なんじゃないかって!」

「大丈夫って何が?」

「だ~か~ら~、私にはさっきのVtuberが新居さんじゃないかって話題になってたけど、本当に本人かなんて判断できなかったでしょ?」

「う、うん」

「Vtuberって顔が出てないでしょ? だから、本当は誰か、なんてわからないんだよ。もちろん天音っちがやったとしてもね」

「なる、ほど?」

「だから、親とか関係ないんだって。天音っちは天音っちとして見てもらえるんだよ。あ、ええと。誰かわからないんだから、天音っちとしてというか、謎のVtuberとして?」

「謎の・・・・・・」

「それに、顔出さないから安心じゃない? 新居さんですら本人が公表しないと誰も確証は持てないんだよ?」

「確かに、それはそうだけど……。うん、そうかも」


 一瞬納得しかける。謎のVtuberって響きも無駄にかっこよくてオタク心をくすぐってくる。だけど、


「って、それにしても私がVtuberやるって話になるのは変じゃない!?」

「全然変じゃないよ! 私、天音っちの声を世界中の人に届けたい! だって、こんなに可愛いんだよ」


 千代は曇りなき眼で私を見ている。

 うっ、眩しい。

 なんで、ここまでして私のことをVtuberにしたいんだろう。さっきから本人は私の声が可愛いからもったいないと言っているんだけど。

 私の声って、そこまで言われるものなんだろうか。自分ではわからない。

 父の声は、そうやって言われる価値があるものだってわかっているけど。


「ねっ、やろうよ。私も手伝うから」


 キラキラとした目で見つめられると、断るのって難しい。

 それに、ちょっとだけ気になってしまった。父のことなんて関係なく、私が私として何かを出来る。藤沢和孝の娘じゃない私の声を世界中の人に届けたい、なんて千代は言ってくれた。

 私自身は全然自信が無いし、出来るとも思えなかった。

 それでも、ちょっぴりドキッとしてしまった。何も出来ない私だけど出来ることって、もしかしてあるのかなって。

 そんなことを始めるのって不安しか無いんだけど。だけど、だけど……。

 だから、つい言ってしまった。


「だけど、Vtuberなんてそんなに簡単に出来ないんじゃないの?」


 思えば、これって否定の言葉じゃないと思う。出来ないんじゃない? って言いながら出来るかどうか聞いてるような。


「いやー、それは確かにそうだけど。大丈夫。Vtuberなんてあんなにいっぱいいるんだからっ。私らでも出来るでしょ!」


 あははーと千代が笑う。

 どうやら、本当に急な思いつきだったらしい。

 深く考えて損した気分だ。思わずため息を吐いてしまった。


「ごめん。がっかりしたよね。天音っちも、その気になってた?」

「え、ち、違っ……!」


 私は慌ててぶんぶんと手を振る。ため息をそっち方向に解釈されてしまった。間違ってはないんだけど。けど、困る。

 そんなの、やっぱり私には出来ない。世界中に配信されるようなところで喋るなんて。

 私が否定しても、千代はやる気が有り余っているようで鼻息を荒げている。


「大丈夫。私は本気だよ。出来る! やろうと思えば必ず出来る! 天音っちもやる気になってくれたみたいだしね」

「ちょっと待って、私はそんな……」


 ダメだ。このままじゃ、千代が止まらない。止めなくては。

 そう思うのに。


「天音っちだって、全く気になってないってことは無いでしょ? だって、さっきちょっぴり目が輝いてるの、見ちゃった」


 悪戯っぽく笑いながら、千代は言った。

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