第16話 私がVtuber!?
「ん? んん? よく聞こえなかったんだけど?」
今のは聞き間違いかと思って、私は千代に聞き直す。
父の名前を言っているのを聞き間違えたに違いない。小声だったし。私がVtuberとか冗談にしても笑えない。
「だからさ、天音っちもVtuberやってみない?」
もう一度、ひそひそ声で千代が囁く。
確かに私の名前だった。聞き間違いじゃなかったらしい。
だとしたら、千代が一体何を言っているのか私にはわからない。
「え、ちょっと待って。どっからそういう話になったの? 今の話の流れで?」
頭が混乱する。私がVtuber?
絶対に何かの間違いだ。
だって、さっきも授業中に教科書を読む役が当てられてしまって、先生にもよく聞こえないと言われてしまったばかりだ。思い出すだけでへこむ。大体、静まり返った授業中にみんなの前で声を出すことすら恥ずかしいのに。
「ちーちゃん、さっきの朗読聞いてた? 寝てた?」
「聞いてたよ~。あいかわらず可愛い声でした」
「な、なにそれ」
「え~、私はいつも天音っちの声、可愛いと思ってるよ」
千代はそういうことをさらっと言う。
「あんまり言われるの好きじゃないみたいだったから、今まで我慢してたんだけどもったいないな~と思ってさ」
「もったいないって何が」
「だからさ、天音っちの声が最高に可愛くて天使の声だっていうのに、もったいな……、ぐ、もががっ」
私は再び千代の口を塞ぐ。
「もう、やめてよ。私の声が可愛いとか、て、天使の声とか。全く、何言ってるの」
「げほごほ、天音っち容赦なさ過ぎ。窒息して死ぬ」
すはすはと千代は大げさに深呼吸なんかしている。
「だって、こんなところでちーちゃんがそんなこと言うから」
「こんなところって」
もちろん、教室。
天使の声なんて。
みんなが笑っているんじゃないだろうか。私の声に聞き耳を立てているんじゃないだろうか。そんな大した声でもないのにって。
私が小さい頃よく言われていた声の印象は、アニメ声。
そんな声じゃなくていいのに。普通に聞こえればそれでいいのに。
私の声って変なんだと思った。
録音して聞いた私の声は、他の人と違っていて嫌だった。目立ちたくなんかないのに。
人前で話すのが好きじゃなくなった。
親の知り合いには、お父さん譲りのいい声だね、可愛いねって言われた。きっと、みんな父に気を遣っているんだと思った。
可愛い声だと言われても、私は全然嬉しくなかった。
「ちーちゃん、こっち来て」
「え、え?」
私はずいずいと千代を引っ張って教室から連れ出した。
「トイレ? それとも……、ま、まさか、校舎裏!?」
この際、千代の笑えないジョークは置いておこう。
◇ ◇ ◇
「人気のない廊下! これは何かイベントが起こりそうな予感」
「ち~ちゃ~ん」
「怖い、怖い。天音っち怖い。ひっ! 壁ドン! リアルで始めてされたっ」
千代の言うとおり、私たちは人気の無い廊下にいた。というか、無理矢理連れてきた。いくらひそひそ声だからといって、あんな話教室でしていて誰かが聞いていたらと思うといたたまれない。
「ご、ごめっ、あ、でっ、でも、お父さんの話はしてないよっ」
確かにそうなんだけど……。
「私がVtuberとか何!?」
あ、しまった。
今度は私の方が大声を出してしまった。
でも大丈夫。人に聞かれないように、わざわざ誰もいなさそうなところまで来たんだから。
「天音っち、声でか。学校でそんな、珍しい」
「それは……、ちーちゃんのせいでしょ」
思わずため息を吐いてしまう。
昨日は、千代のことを大切な友だちだと思った。私のことをすごく考えてくれているって。だけど、違ったみたいだ。
「ちーちゃんもだったんだ」
「へ? 何が?」
千代がきょとんと首を傾げる。
「私が、藤沢和孝の娘だから……。だから、声が可愛いとか言って持ち上げて……。私なんて全然可愛くないのに。声だって変だし。それなのに、Vtuberなんて……」
きっと、千代は私を藤沢和孝の娘だって大々的に宣伝でもするつもりなんだ。千代は父が大好きだから。それで父がもっと注目でもされて出番が増えて、自分でもVtuberをやり始めたら嬉しいとか……。
きっと、千代に悪気は無い。
だけど、だけど……。
あんなに友だちだと思ってたのに、千代は父の方が……。
「何言ってるの……?」
千代は目を丸くしている。
「別にそれは関係ないよ? うん。私がピー(誰かに聞かれたらまずいので自主規制)さんのこと好きなのは確かだけど、それはそれとして」
謎に何かを横に置くような仕草をしてから、千代は続ける。
「私、その事実を知る前から天音っちの声、ずっと可愛いって思ってたよ。天使の声だって思ってたよ。前にも言ったよね?」
「う、うん」
確かに、前にも何回か言われたことがあった。声優になったらどうか、とか。
だけど、あれは聞き流していた。本当に私は私の声が好きじゃなかったし、それなのに父の知り合いにも言われていたせいでお世辞として聞き飽きていたから。
「でも、あんまり嫌そうにしてるからなんでかなって思ってたんだけど、そんな風に思ってたんだね。うう、ちょっと悲しい」
よよよ、と千代は涙を拭くポーズをしている。
「だけど、本当だよ。誰の娘とか関係ない。私は、天音っちの声が好きだよ。あ、あと多分、クラスの三島も」
「なんでそこで三島君?」
唐突に出てきた名前に、今度は私が首を傾げる番だった。
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