第14話 夢みたいだけど夢じゃない
「おーい、飲み物持ってきたぞ。開けてくれるかな?」
ドアの外から、父の声が聞こえて千代がびくんと硬直する。
「は、はーい。今開けるから待って!」
私は目の端の涙を拭ってから、ドアを開けた。ちょびっとだから、涙ぐんでたのなんてわからないはず。
ドアの前では、父がなんだかにこにこしながら立っていた。あたたかーい目で私を見ている気がする。
「ほい」
「ありがと」
二つ並んでトレーに載ったオレンジジュースを渡しながら父が私の耳に囁く。
「天音が友達を連れてくるなんて珍しいからな。うんうん。お父さん嬉しいよ」
嬉しそうに目尻を下げている父だが、一体誰のせいだと思っているのか。
そして、
「ゆっくりしていってね」
今度は千代に向かって言った。
「は、はい!」
千代はもう、顔を真っ赤にして汗だくだくで答えている。
ぱたん、とドアが閉まって千代はようやく大きな息を吐いた。
「……藤沢さん、天音っちのお父さんなんだね。本当に」
「うん、まあ」
「世界にはまだまだ私の知らないことがいっぱいだった」
「いやいや、世界七不思議とかじゃないんだから」
私たちは顔を見合わせて笑った。
「あ、でも安心して!」
千代がびしっと人差し指を立てる。
「私、誰にも言わないから! そんなことして天音っちが嫌な思いする方が嫌だし!」
「ちーちゃん・・・・・・」
「うん。だからもう泣かなくっていいってば~。ちょっぴりショックではあったけどね」
「うー、ごめんね」
「謝るのも、もういいってば。私さ、毎日あの声が聞けて、藤沢さんの娘が羨ましいとかずっと思ってたんだよ。でも、それはそれで大変だったんだね。だからしょうがないよ。大丈夫。今でもちょっと信じられないけど」
言いながら、千代が自分のほっぺたをつねる。それを見た私も、同じく自分のほっぺたをつねってみた。
「痛い」
「え、天音っちまでなんでつねってるの」
先にやっていた千代が笑う。
「……だって」
言葉にするの、恥ずかしい。だけど、
「こんなのバレたら、ちーちゃんともう友達でいられなくなるんじゃないかって、ずっと思ってて、だから夢じゃないかと思って……」
「えー」
「えー、って」
「なんで、それで友達でいられなくなるの?」
千代が首をひねる。
「ずっと嘘ついてたから……」
「別に隠してただけで嘘はついてないでしょ。だから大丈夫だってば-。言いにくくしてたのは私にも原因はあるわけだし。天音っちが隠したくなる気持ちもわかるし。だから、大丈夫だよ」
「……よかった」
「それに、藤沢さんの娘だからって、天音っちが大事な友達なのは変わらないしね! 何も変わらないよ」
千代が屈託なく笑う。
そうだった。千代って、こういう子だった。
「ありがとう」
そう言って私は、もう一度ほっぺたをつねってみた。
うん。夢じゃない。
◇ ◇ ◇
「またいつでも遊びに来てね」
「明日学校でね」
天音と藤沢和孝が、並んで私を見送っている。
私、吉田千代は未だにドッキリなんじゃないかとか、夢なんじゃないかとか疑ってしまう。足取りがまだふらふらしてる。
「大丈夫? 家まで送ろうか? 心配だよ」
天音は言ってくれたけど、そこまでしてもらうのはさすがに悪いので断った。
私は頭を下げて、二人と別れた。
振り返ると、二人ともまだ手を振ってくれていた。私ももう一度振り返すと、曲がり角を曲がった。そして、名残惜しくてもう一度、角から顔を出すと二人が仲良さそうに門の中に入っていくところだった。
実は私がもう一度のぞき見ると二人は他人同士で、ドッキリの看板を持っているとか、そういうのではなかったらしい。
やっぱり二人は親子ということで……。
……………………………………………………。
「―――――――――――――――――――――っ!」
私は叫び出したくなるのを堪えて、声にならない叫びを上げる。
こんなところで奇声を発していたら通報される、とわかるくらいの理性はある!
って、無事に帰れるかどうか心配されるくらいの状態ではあるっぽいけど。
それにしても、今日は盛りだくさんすぎた。
藤沢和孝のトーク&握手会に行けただけでも最高の日だと思っていた。それなのに、更にびっくりするような事実が判明した。
前にも名字が同じなのと声が可愛すぎるってことで、もしやと考えたこともあったけど、さすがにそんな偶然は無いと思っていた。そうだったらいいなと夢みたいに思っていただけだった。都合のいい妄想だと思っていた。それがまさか本当だったなんて!
握手できただけでもすごいと思っていたのに、名前を呼ばれてしまって、肩まで貸されてしまったり、更に家にお邪魔しちゃったりなんかして・・・・・・。夢か! ドリーム!!
思い出しただけで、ぶっ倒れそうになる。
しかも、また遊びに来てねとか言われてしまった。あの声で。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
思わず口の中で小さく叫んでしまう。モスキート音みたいなものだから大丈夫だろう。
それにしても、
「親子か・・・・・・。てことは、天音っち、めちゃくちゃいい声受け継いでるってことじゃん」
そう。天音の声は、天使の声だ。
本人はそれをあまりいいことだとは思っていなさそうなんだけど。
「うーん、もったいない」
心の底から思ってしまう。
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