第13話 大切な友達
私と千代は、私の部屋で向かい合って座っていた。もちろん、父はこの場にはいない。
多分、事情もよくわからずリビングでくつろいでいるに違いない。
さっきから二人とも何も話していない。どう切り出していいのか、わからなかった。
あれから、ショックのせいか腰が抜けたような様子でへろへろになった千代を、父と二人で家まで連れてきたのだった。あのまま無理矢理一人で帰らせたりしたら、本当に交通事故にでも遭いそうな感じだった。
部屋の中には重苦しい空気が漂っていた。
あんなに好きだと言っていた父のことを今まで隠していたんだ。きっと責められるに違いない。もう友達ではいられないかもしれない。
だけど、このままずっと無言で向かい合っているわけにはいかない。
何か言わなくては。まずは謝ろう。大切な友達を騙していたのは確かなんだ。
私はごくりとツバを飲み込んだ。
「「あのっ」」
声が重なった。
どうやら千代が何か言おうとしたのも同時だったらしい。二人で気まずく顔を見合わせる。
タイミングが良すぎて、というか悪すぎて、再び沈黙が訪れてしまう。
「……あ、えっと、どうぞ」
「そっちこそ、先に」
で、もう一度口を開いてみれば、再びお互いに譲り合いになる。
ダメだ。
私は覚悟を決めることにした。
「ちーちゃん!」
「はい!」
気合いを入れたせいか思ったより大きな声が出てしまって、千代がつられてかびしっと背筋を伸ばしている。そんなに畏まられても困る。だって、悪いのは私なんだから。
「今まで隠しててごめん!」
私は頭を下げた。もし、これからは友達でいられなくなったとしても、今までのことを謝っておきたかった。
「え、え……。あ」
頭を下げっぱなしだから顔は見えないけど、千代の困ったような声が聞こえる。やっぱり、困ってる。私のこと、嫌いになったかな……。
「待って待って、顔上げてよ」
頭なんか下げても許せないってことだろうか。辛い。
私は顔を上げる。
「本当に、ごめんね」
それでも、謝らずにはいられない。
「いやいやいや、そんなに謝られても困るって」
「え?」
改めて千代の顔をうかがう。戸惑っているような顔をしている。
「ええと、そりゃびっくりはしたけどさ。てか、今でも心臓ばくばく言ってるよ。だって、さっきまで握手会とか行ってて、それだけで心臓爆発しそうでさ。なのに今、その藤沢さんの家に来てるわけで。藤沢さんの家! とか! どんなファンでも来れない禁断の地!! プライベート空間! に私は来てしまっている訳で! さっきなんて、藤沢さんに支えられて・・・・・・。あーーーーーーーーー! うわーーーーーーーーーーーーーーー!! お、思い返しただけで、死ぬ! 私、死ぬの!? 明日死ぬ!!? いや、この家から出た途端に暴走トラックにどっかーんって? え? それ、異世界転生? あ゛ーーーーーーーー!」
千代がなんだかもうむちゃくちゃなことを言いながら、頭を抱えて悶えている。まだ混乱が収まっていない様子だ。
「ちーちゃーん! 落ち着いてー!!」
こんな状況でも、とりあえずツッコまずにはいられなくなってしまうのはなんなのか。
「ハッ!」
一通り混乱した千代は我に返ったのか今度は、すんとした表情になる。
それから、
「いや、でも……、そうだよね……」
腕組みして眉間に皺を作って唸る。そして、言った。
「私こそごめん!」
「え!?」
今度は私が驚く番だ。
私には謝るべき理由がある。でも、千代にはそんなもの無い、はずだ。それとも、実は千代にもびっくりするような秘密があったりとか!?
なんて想像を膨らませてしまっていたら、
「私がいつも藤沢さんのことで騒いでたから! だから言い出しにくかったんだね。ごめん! しかも! 声聞いただけで妊娠するとか言っちゃってて。自分のお父さんの声そんな風に言われたら、複雑、だよね。うん。いや、本当にそうだからしょうがないんだけど・・・・・・。藤沢和孝の声が良すぎるから悪いんだけど・・・・・・。それは! それとして! 今まで知らなかったとはいえ、なんか色々ごめんね! うあー! 藤沢和孝の娘本人にそんなこと話してたなんて、改めて考えると恥ずかしーーーーーーーーーーーー!」
千代がじたじたしている。
私は、
「・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・。
「ち、ちちちちちちち」
「ち?」
「ぢーじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!」
思わず私は千代の名前を呼びながら泣き出しそうになってしまった。
なんて! なんていい子なんだーーーーーーーーーーーーー!
それなのに! 私は!!
「今まで隠してて本当にごめんねぇぇぇぇぇぇ」
私は千代に泣きついてしまう。
「だって、だって、お父さんが人気声優とかさ、人に知られたくないじゃん! 言ったら、そういう目で見られちゃうし! それだけで注目されたりするの嫌だし! 私、目立つの苦手だし、というか嫌いだし・・・・・・」
気付いたら、ずっと嫌だと思っていたことが口に出ていた。
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