第12話 余計なことを言わないで!

 どうして!? なんで千代がここに!!?

 私がパニックになっていると千代は、すっと何かを差し出した。


「ほら、座席に定期入れ落ちてたよっ。天音っちが行っちゃってから気付いて、慌てて追いかけてきたんだ。私に気を付けてなんて言ったくせに、もう」

「……あ、ありがとう」


 とりあえず、お礼を言って受け取る。


「よかった~。まだ改札行く前で。直前に気付くと大変なことになるからね。後ろに列が出来ちゃうからねっ」


 走ってきたのか、はひはひと息を切らしながら千代が言う。

 定期をわざわざ届けてくれたのは本当にありがたい。私のためにここまで走ってきてくれたのも、すごく嬉しい。

 だけど、だけど……。

 今は気付いてくれなかった方がよかったーーーーーーーーーーーー!

 冷静に考えれば、千代は何も悪くない。むしろ走って追いかけてきてくれるなんて、なんていい友人なんだろう。

 むしろ、悪いのは私だ。こんなときに限って……。

 私が定期入れを落としさえしなければ。

 すぐに落としたのに気付いて拾っていれば。

 もっと落としにくいところに入れておけば。

 後悔したらキリが無い。

 だけど、今は後悔している暇すらなくて、この状況をどうにかしなければならない。

 どうにかって、一体どうすれば!?

 だが、幸いまだ千代は私を必死で追いかけてきてくれたせいか父の存在に全く気付いていないようだ。

 このまま気付かずにいてくれればいいんだけど、そんな奇跡起こるわけがない。次の瞬間にも父のことに気付くに違いない。何しろ千代は父の大ファンなのだ。気付かないわけがない。

 私に出来るのは……、


 1、千代に気付かれないうちに足早に立ち去る。

 2、他人のフリをする。

 3、そっくりさんだと言い張る。

 4、消失マジックで父を消してなかったことにする。


 さあ、どれだ!


「天音のお友達かな?」


 だが!

 必死でごまかす方法を考えているのに、私が何か言う前に父が勝手に千代に話し掛けていた。

 せっかく私にだけ向いていた千代の視線が、ぎぎぎぎと音を立てそうな動きをしながら父の方へ向く。

 なんかちょっとホラーな動きで怖い!! って、そうじゃなくて!

 声を出してしまったら、そっくりさん説も使えないじゃないか! 父の声は、唯一無二なんだから!

 いや、顔も似てれば声も似てる説が使えるかも!? 体型とか骨格が似ていると声も似ていると聞いたことがある。

 世の中には似ている人が三人はいるとも言うし。

 なんとかごまかせない!?

 千代は謎の首の角度で固まっている。

 父が再び口を開く。

 もうこれ以上、喋らないで-! と思っているのに。


「ああ、天音と一緒にイベントに来てくれていた子だね。さっきはありがとう」


 父はにっこり笑ってトドメを刺す。

 ……もうダメだ。ごまかしようがない。


「天音っち、これは……」


 助けを求めるように千代が私の方を向く。


「ち、ちーちゃん。えええっと、これは」


 私も言葉が出てこない。この状況で何を言えばいいのか、もはやわからない。

 いや、でも、まだ父だとバレてはないよね?

 バレては……。


「天音がよく話している、ちーちゃん、かな? いつも天音と仲良くしてくれてありがとう。天音の父です」


 父がにこにこと笑いながら告げる。

 あああああああああああああああああああああああ!

 わざわざ言わなくていいのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!

 私は心の中で絶叫した。

 バレた。

 せっかく今まで一生懸命隠してたのに、一瞬でバレた……。


「え? どういう、こと? 藤沢さんが私の名前を呼んだ? ち、ちーちゃんて……。え、藤沢さんが、私の名前を……。本当に藤沢和孝? おおおおおおおお、推しが、推しが……、私の名前を……」


 え? 今、そこ?

 いや、うん。推しに名前を呼ばれたら狂喜乱舞するのもわかるけども。


「じゃなくて! ……天音っちのちち……父? 藤沢和孝。藤沢、天音……。うーん。藤沢和孝。藤沢天音。うんうん。なる、ほど? 二人とも藤沢、で? 親子?」


 千代は父と私の名前を、ワインのテイスティングでもするように口の中で呟く。


「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」


 そして、駅の構内に千代の叫びが響き渡ったのだった。

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