第7話 同じものが好きってなんだか嬉しいよね
「天音、子どもの頃からハコモン好きだなー」
人がせっかくハコモンを見ていたのに父が話し掛けてきた。
箱からモンスター、通称ハコモン。私の大好きなアニメだ。ゲームも面白いので時々引っ張り出してやっている。
その中でも今、テレビの画面に出ているのは、
「お、タヌマルだな。小さい頃、ぬいぐるみ買って欲しいとか言ってたっけ」
「今でも好きだけどね」
「そうか。あー、この声、新居君だよな?」
「そう、だから静かにしててよ」
「う」
そう、子どもの頃から私の好きなモンスター、タヌマル。まんまるですごく可愛い。だけど、声が新居さんというダークホースなのだ。しかも、無駄にラブリーな声で演じている。どうしてそうなった、と思うが意外に合っているところがすごい。進化するとモンスターながらイケメン(?)になるので、そっちに合わせているのだと思う。
けど、私は進化前の方が可愛くて好きだ。
そもそも小さい頃は新居さんとか気付いていなかった。タヌマルはタヌマルとして見ていたから。
気付いたときはちょっと驚いた。けど、余計に好きになった。
「また、新居君か……」
父がむむむと眉間に皺を寄せている。
「そ、それくらいお父さんでも出来るもんね! うっうん、あー、あー。たぬー、たぬたぬ~。たぬん」
静かにしてと言っているのに父はタヌマルの声真似を始める。正直、ちょっと可愛い……。千代が聞いたら卒倒するかもしれない。藤沢和孝がタヌマルの声を演じるなんてレア中のレアだ。
が、今聞きたいのは本物のタヌマルの声なわけで。そして、ビジュアルとしてはおじさんが可愛い声を出しているという謎の状況なわけで。
「ちょっと! お父さん! 本物のタヌマルの声が聞こえないでしょ!」
「えー、お父さんの声も可愛いと思うんだけどな……」
私は怒って、父はしゅんと肩を落として、更にそこへ、
「何今の-! 和孝さん! 今、タヌマルの声やってなかった!?」
母がやってきて、
「あ、うん。ちょっとやってみた」
「か、可愛い! 和孝さんのタヌマル可愛いぃぃぃぃぃい! ぷりてぃぃぃぃぃい!」
「そ、そうかな……」
大興奮の母に父がデレ始めて……、我が家ではいつものこととはいえ、カオスだ。
とりあえず、盛り上がっている二人は放っておいてテレビの中のタヌマルを鑑賞することにする。
やっぱり可愛い。
そして、思い出した。そう、タヌマル。
まだ高校に入学したばかりの頃だ。
クラスの男子(三島君だっけ? 人の名前覚えるの苦手だから)が、鞄にタヌマルのマスコットを付けていることに気付いた。この人もタヌマルが好きなのかな、とちょっと嬉しくなった。しかも、進化後じゃなくて可愛い方!
だが、その直後、詳しくは何を言っていたか忘れたけど、三島君と話していた男子が、タヌマルのことを馬鹿にしたのだ。小学生かよとかなんとか言って笑っていたと思う。
ムッとして頭に血が上った。
好きなものを否定されるのって、頭にくる。
それで、その男子が去った後に私は三島君にうっかり話し掛けてしまった。普段の私だったらそんなことしないのに。
だけど、三島君がタヌマルを馬鹿にされて落ち込んでいるように見えたから。
私もそれ好き、とか言ってしまった。
口に出してから我に返って、さっさと立ち去ったけど。
あああああ。
今思い出すと恥ずかしい。
きっと、三島君はそんなこと忘れてるだろうけど。
だけど、大好きなタヌマルを馬鹿にされて何も言わないなんて無理だった。馬鹿にした方に言い返すんじゃなくて三島君に話し掛けてしまったのが私らしい。
よく知りもしない女子に話し掛けられて、三島君はポカンとしていたはずだ。きっと迷惑だったに違いない。
だけど、今も三島君はタヌマルのマスコットを付けている。
馬鹿にされても自分の好きなものをずっと貫いている三島君はすごい。きっと三島君もそれだけタヌマルが大好きなんだろう。
私だったらいくら好きでもまた馬鹿にされるのが嫌で外してしまうかもしれない。そして、自分の部屋でこっそり愛でることにする。
そんなに好きなら私がタヌマルのことを『それ』なんて言ってしまって不愉快だっただろうか。『その子』とか言えばよかった。自分の好きなものを『それ』呼ばわりなんてきっと嫌だったに違いない。
あの時はそんなこと考える間もなく話し掛けてしまった。冷静に考えるなんて無理だった。
余裕があったらちゃんと考えて話せるのに。
あの時、こう言っとけばよかったなって思うことはよくある。後になって、別の言い方があったのにと後悔してしまう。
だから、人と話すのって苦手だ。
「たぬーん。たぬたぬ♡」
私が心の中でため息を吐いているとも知らずに、父は可愛いタヌマルになりきって母に頭を撫でられている。
相変わらずのラブラプっぷりだ。
全く! 人の気も知らないで!
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