第6話 私も、それ好き

 今日も俺・三島英明ひであきはクラスの女子・藤沢天音を目で追ってしまっていた。


「三島、なにぼーっとしてんの?」


 同じ部活のはらが話し掛けてくる。俺は慌てて藤沢から視線を外した。


「別に」

「そんならいいけど。部活行かね?」

「行く」

「おう。行くべ、行くべ」


 原に促され、俺は鞄を持って立ち上がる。

 よかった。俺が藤沢を見ていたことは気付かれていないようだ。そんなことがバレたら、からかわれるに決まっている。無意識に凝視しないように気を付けた方がよさそうだ。

 ちらりと藤沢の方を見ると、彼女はもう教室を出て行くところだった。彼女はなんの部活にも入っていない。帰宅部だ。そんなことを仲良くもない俺が知っているのがバレたら気持ち悪がられそうだ。だが、いつも見ていたらわかってしまったのだから仕方がない。

 藤沢とはほとんど話したことが無い。この前も、めちゃくちゃ勇気を出してようやく話しかけることが出来た。ほんの一言だけだけど。それでも最高に嬉しかった。

 藤沢が日直の仕事を忘れてくれていたお陰だ。声を掛けた後で、更に黒板を消すのを手伝えばもっと良かったのかもしれない。そうすれば、もう少しだけでも彼女と会話が続いて、しかも、好感度がアップして俺のことを……。

 などと、後になってから思ったがそこまでは正直出来る気がしない。

 どうやったら、もっと自然に話しかけたり出来るようになるのだろう。


「おーい、置いてくぞ?」


 原の声に、俺は慌てて後を追った。

 ダメだ。藤沢のことを意識しだしてから、彼女のことを考えることが増えてしまってぼんやりしがちになってしまった。

 もっとしっかりしなくては。




 ◇ ◇ ◇




 俺は自分が使っているパソコンの前に腰を下ろす。


「あー、またホームページの更新かぁ。パソコン部ってこういうのだったわけ? なんかイメージと違うよな」

「わかる」


 隣のパソコンの前で原がぶつくさ言っている。俺も同意する。

 ゲームを作ったり3Dの動画なんかを作ったり、そういうのを期待してこの部活に入ったのに、やることと言えば学校のホームページの管理だった。


「先生がやるの面倒だから俺たちに押しつけてんじゃないの?」

「まあ、それもあるかもしれないけどね」

「あ、先輩。おはよーございます!」


 いつの間にか、後ろに先輩が立っていた。慌てて原が挨拶している。と言っても、文化系のせいか上下関係はそれほど厳しくない。


「文化祭に向けてゲームとか作ったりするしさ。今の作業が一段落したら少し教えようか?」

「マジっすか!」


 俺も声に出したりはしないけど、ちょっと楽しみになった。とはいえ、小さい頃から家でもパソコンを構っているので教わることはそんなにないのだが。けど、学校でもそういうことができるなら嬉しい。


「んじゃ、がんばるっす!」


 猛烈にパソコンに向かい出す原は現金なやつだ。

 俺も自分のパソコンへ向かう。けれど、思い出すのは教室で見た藤沢の姿だ。彼女の姿ばかりが頭の中に浮かんできて集中できない。さっき、しっかりしなくてはと思ったばかりなのに情けない。

 俺は足元に置いた鞄に目を落とす。持ち手のところに付いているのは子どもの頃から大好きなゲームに出てくるモンスターのマスコットだ。

 彼女はもう忘れているだろうか。きっと忘れている。

 たった一言だったから。


『私も、それ好き』


 けれど、俺の耳にはまだ彼女の言葉が残っている。


 高校に入学してすぐのことだった。

 まだクラスにも慣れていなくて、特定のよく話すやつもいない。中学の頃から仲のいいやつもクラスにはいなかった。自分の立ち位置があやふやだった頃。

 近くの席のやつが、このマスコットを見て言った。


『なんだよ、お前。まだそんなの好きなのか? 小学生かよ』


 ゲラゲラ笑いながら、冗談のつもりだったに違いない。もしかしたら、そいつもまだ仲のいいやつがいなくて、話の取っかかりにしようとしたのかもしれない。

 そうは思っても、その時は好きなものを否定されてカチンときた。

 それでも言い返すのも面倒で、合わせて笑っていた。これから一年間、このクラスで過ごさなくてはいけない。

 ここでクラスメイトと気まずくなっても仕方がない。

 ただ、明日からこのマスコットは外してこようと、そう思った。

 だけど、この場に居続ける自信が無くて、


「俺、トイレ行ってくるわ」

「ん」


 曖昧に笑いながら俺が言うと、そいつはさっさと別のやつのところに行ってしまった。

 本当にトイレにでも行くかと立ち上がろうとすると、ちょうど通りかかっていた藤沢と目が合った。藤沢は俺の鞄に付いたマスコットを見ていた。

 カッと顔が熱くなった。

 今の会話を聞いていただろうか。

 彼女も馬鹿にするだろうか。

 高校生にもなってこんな物を付けている男は恥ずかしいと思っているだろうか。

 けれど、


『私も、それ好き』


 そう言って彼女はにっこりと笑ったのだった。

 彼女にとってはなんでもないことだったのかもしれない。その後は何も言わずに立ち去った。

 俺はぼうっと彼女の後ろ姿を見送った。

 それからだった。俺が藤沢を目で追うようになってしまったのは。

 もちろん、マスコットを外すのは止めにした。

 これを付けていれば、また藤沢と話せるチャンスがあるかもしれない。あれからずっと見ていてわかった。藤沢はあまりよく話す方ではない。自分から人に話し掛けているのを見たことがない。仲のいい友達とは楽しそうに話しているのを見るけれど。

 だったら、どうしてあの時、俺に話し掛けてくれたのか。考えられるのは、本当に藤沢もこのモンスターのことが好きで声を掛けずにいられなかったってことか。

 まさか、俺のことが気になっていたからなんて考えてしまったこともあるが、そもそもまだ入学したばかりでお互いのことなんて知らなかったはずだし、そんな夢みたいなことはあるわけない。

 ともかく、彼女が好きだと言ってくれた大切なマスコットは、今日も俺の鞄で揺れている。

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