魔剣技『燕返しver.3』

 列堂義仙の屋敷は帝都郊外に立っていた。柳生真祖の住まいと知らなければ誰にも分からない質素でこじんまりした屋敷だった。近隣には上級柳生の邸宅が立ち並んでいる。夜の闇の中に雨がしとしとと降り始めている。

 列堂義仙という柳生真祖と二代目佐々木小次郎の血戦は通常時間にしてわずか六十秒だった。

 異星の秘術である身体能力を向上させる刺青が小次郎の全身を走っている。外見には現れぬ無数の冒涜的身体強化を行い、小次郎は常人ならざる剣鬼とも称すべき存在と成り果てている。

 一方、列堂義仙の外見は常人と同じように見える。柳生真祖であると知らなければ穏やかな僧侶に見えるだろう。

 どちらにしても二人は人間の領域を超えた怪物同士だった。

 先ず最初の一撃は列堂義仙が放った。音速を超えて飛ぶ斬撃は半径一キロメートルの範囲を両断した。

 絶え間なく斬撃が四方へと飛び、あらゆるものが粉微塵に刻まれていく。

 その斬撃の奔流を小次郎は搔き分け進んだ。たった数メートルの距離を進むだけで六十秒の時間が掛かった。

 優れた剣士同士であれば、剣の撃ち合いでお互いを理解することができる。小次郎は六十秒で三百回の斬撃を受けてやっと列堂義仙を理解することができた。

 列堂義仙の私邸は粉微塵に刻まれて、周囲一キロメートルに居住する柳生は一人たりとも生きていない。少なく見積もっても千を超える柳生が切り刻まれた。

「理解した。良い剣だな。何処までも真っ黒で逆説的に綺麗な剣だ」

 小次郎には列堂義仙がどのような者であるか理解できた。自らの意思で相手を殺すことから逃げ、自らの意志に関わらず無意識に殺す。それ故に絶技へと至った魔剣。またあるいは何もかもを切り捨ててしまいたいという列堂義仙の破壊衝動は綺麗だった。結局のところ、剣とは他者へ向けられた攻撃性だ。

「お前は魔剣豪ではないな。魔剣使いだ」

 列堂義仙の首は胴体から離れていた。小次郎の『燕返しver.3』により既に切られていたのだ。術理としてはシンプルで、ただ通常の『燕返し』と同じく同時に二つの斬撃が放たれる。そして相手に一瞬先の斬撃が直撃した未来を見せることで隙を作り、ほぼ同時の三撃目を当てるというものだ。

 目くらましとして未来を見せる技は先の先が見える素質のある剣士にしか通用しない。強者のみがかかる魔法マジックであり、剣による勝利に拘らず、魔剣技を勝利の為の手段程度にしか思わない二代目佐々木小次郎だからこそ見出せた。

「かの列堂義仙殿にそこまで褒められると照れるなあ」

 小次郎は無傷では無かった。大小の切傷が身体に刻まれていた。たった六十秒の死闘で気力を使い果たしていた。

「騒ぎになる前に消えろ」

 犬養咎雛は全身を列堂義仙に切り刻まれていたが、辛うじて致命傷は避けていた。上級柳生の再生能力を考えれば半日もあれば全回復するだろう。

「ああ。また愉快な仕事を頼むぞ総理」

 小次郎によって殺された列堂義仙の身体は麻薬カルテル所属の潜水艦に回収され、ミスカトニック大学に輸送される。来たるべき柳生十兵衛復活時に十兵衛の欠損した部位を列堂義仙の身体で補うのだ。

「次は柳生十兵衛と戦うか。兄弟子殿?」

 二代目佐々木小次郎はミスカトニック大学と深い繋がりがある。

 しかしながら小次郎は依頼があればそれがミスカトニック大学と敵対する勢力であろうと柳生であろうと仕事を受ける。小次郎に構成員を殺されていない勢力は無い。

「それはいいな。依頼があればそうしよう」

「皇帝陛下が崩御されたのならば次は私が皇帝になろう」

 咎雛が列堂義仙の自殺じみた謀を手伝った理由は、ただ自身の栄達のためである。

「十兵衛が皇帝を討ったならば、柳生はお仕舞いだ。馬鹿みたいな夢を描いてないで身の振り方を考えておけ。」

「兄弟子殿はお優しいな」

「少し優しくすれば図に乗りやがる。勝手に死ぬがいい」

 そうして列堂義仙の身体はミスカトニック大へと運ばれ、数年の後に蘇った十兵衛の欠損部位を補うために使われた。

 柳生真祖を減らし、十兵衛の負担を減らすために列堂義仙はその身を捧げたのだ。

 今度こそ柳生十兵衛が幸せになるために。

 

 


 

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柳生十兵衛を待ちながら 筆開紙閉 @zx3dxxx

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