第41話 覇王と弥生、焚き火の前で甘く魅惑の時間

 私は、アレッドおじいちゃんがドラゴン仲間から貰ったという異世界の魔牛アウズンブラのミルクを譲り受け、それを使ってミルクでアイスクリームを作ったんだ。

 魔牛アウズンブラのミルクは滋養に優れ、豊潤でとっても濃厚なアイスクリームが出来上がったよ。


 冷やす時はミントさんとバジルさんの氷魔法をかけてもらったので、たくさん作ったアイスをおすそ分けして。


 アイスクリームはシンプルなミルクアイス。赤く熟した甘酸っぱい苺をトッピングしたもの、レモン味に蜂蜜味、それからヨーグルト味を少しずつのせて、いちごサンデーにしてみる。


 野営キャンプの簡素な木のテーブルに、私はあったかい紅茶も用意した。

 アイスで身体が冷えるだろう。


 枕木をベンチ代わりにして、私とフリード様が二人横並びに座る。

 フリード様の手にイチゴサンデーのグラス皿を手渡すと彼は目の前まで掲げて、眺め微笑んだ。

 ほんと、甘いものに目がないんだなあ。

 フリード様の喜んでいる笑顔が可愛い。


「ほお……。これがアイスクリーム……か。華やかな甘味だな」

「はい。とっても冷えているので焚き火とホットで砂糖なしの紅茶も用意しました。あま〜くって口の中でとろけて美味しいんですよ」

「三色のアイスとトッピングの苺……。まるで宝石のように輝いている」

「そっか、宝石みたいですよね。うん、……キラキラしてます」


 フリード様が不思議そうに、それから嬉しそうにガラスに盛り付けたいちごサンデーを眺めている。


「すぐに溶けちゃいますから。さあさあ、食べましょう! フリード様」

「儚いものだな。もっと目でも堪能したかったのだが」


「「いただきます」」


 焚き火の前で魅惑のアイスクリームをフリード様と食べ始める。


「これは……! 美味いっ。甘く冷たく……口の中ですっと溶けた! なんと美味であることか。味がそれぞれ違うのだな……」

「う〜んっ! 甘ぁーい、美味しーい」


 私はいちごサンデーを一口ずつ、ゆっくり、じっくりと味わう。

 フリード様と一緒に同じものを食べて、感想を言い合って。

 ――この時間がずっと続けばいいのに。

 二人でのんびりとこんな風に星空を眺めながら、甘いスイーツを堪能してる

 すごく素敵な時間だ……。

 フリード様の満足そうな微笑みが見れて、胸がとくんと一つ高鳴る。

 私の作ったスイーツで大好きな彼が笑顔になってるって、すっごくすっごく嬉しいんだ。


 大好き……。

 私、フリード様のことが好き。


 わかってる。

 ――どきどき。胸がどきどきってしてるのは、フリード様のことがすごく好きだから。

 私は……。

 無理やり「推しへの好き」と同等でとどめなくてはって型枠におさめようとしてきたけど、とっくにそこから溢れてしまってる、この気持ちはもう私にとっては規格外だ。感じたことのない、初めての気持ち。


 こんなに。こんなにも……人を好きって、心が苦しいんだね。


「弥生、どうした? 急に押し黙って。ああ、寒いのか? ……アイスクリームとやらは美味いが夜空のもとで食べたのでは冷えたよな?」

「えっ、えっと……大丈夫です。焚き火もある……し」


 ふわっと肩にフリード様の愛用のマントがかかる。

 すぐ近くに彼の顔があって、私は恥ずかしさに目をそらした。


「あ、ありがとうございます」

「……」

「フリード様?」

「こっち向けよ」


 フリード様の指が私の顎に触れ、そっと顔を上向きにされる。


「なあ? ロマンチックだと思わないか? もう、我慢ならんな。絶好のシチュエーションだろ? 俺はもういっそ、お前に口づけてしまいてえんだけどさ。……だが、お前の望みは夕日が沈む海辺でのファーストキスを夢見てるんだもんなあ」

「そっ、それは……」


 正直、そのままフリード様に唇を奪われても構わないと思っちゃってた。

 恋し合ってる二人のいい雰囲気って、きっとこういう感じなのだ。


「口づけてみてもいいのか?」

「やっ、それはちょっと……。あの……」

「ふーん。やっぱり、最初のキスはこだわりがあって当たり前か。……初めてって一回しかねえからな。……無理やり力づくで奪うもんじゃないのは分かってけど」


 フリード様はからかうようないたずらな笑顔をしたかと思ったら、次にはちょっとムスッと不満そうな顔になる。

 ころころ変わる彼の顔が、皆の前で見せること無い表情で。


「あの、どうして私なんです? フリード様ならたくさん女の子が寄ってくるでしょ? キスしたいなら、お相手はいくらでもいるんじゃないですか」

「お前の前では偽る必要もないから、俺は上手い具合に気が抜けてな、ああ、楽だ。好きにもなれない相手とキスしてなにが良い? そんな相手と交わす口づけ、気持ちよくもなさそうだ」

「……気持ちいいとかでするんですか? キスって」

「知らねえよ。俺だってしたことねえし、お前以外の女にくちづけたいとか思ったこと一回も無いんだからな。……強いて言うなら、理由なく欲情するって感じか」

「よっ、欲情って、あの、破廉恥な感じでドン引きなんですけどっ」

「したくなるんだから、仕方ねえだろ。まったく破廉恥ってなんだよ。弥生が魅力的だからいけないんだぞ。だからお前の責任だ。お前だって俺の腕枕で眠らないと眠れないとかいやらしいこと想像してるくせに」

「はあうぅっ!? なっ、なっ、なっ、なんでそんなっ! 私がフリード様の腕枕でまた寝たいとか、最近はくっついて寝てたから抱きまくら代わりのフリード様がいないと寝つきが悪いとか考えてたの知ってるんです!?」

「知ってるって。だってお前、……分かっちまうんだよ。さっきベッドで俺の名前、呼んだだろう?」


 たしかに、……フリード様の名前をつぶやいちゃったかも。

 ちょっと寝つけなくって、……ちょっと恋しくなっちゃっただけだもん。

 それもちっちゃな声で呼んだだけ。


「紋章の力が共鳴したんだ。それから」

「それから……?」

「お前がつけてる花の精霊のアンクレットは近くの精霊に影響を与えてしまう。主である弥生の寂しさは囁きとなって精霊に伝わって、俺に教えに来てくれたのだぞ」

「ええっ、……もぉ、誰かに聞かれてしまうなら、滅多のことを愚痴ったり出来ないじゃないですかー」

「ハハハッ。あのなあ、姿を消したり見えないだけで妖精や精霊はどこにだって存在している。弥生……大体な、別に俺を恋しく思うのは悪いことではないだろう?」

「まっ、まあ……」


 フリード様に軽くハグされてしまうとほわっと心があったまって、心地よさに眠気が襲ってきてしまった。


「今夜、俺と一緒に寝るか?」

「ふぁいっ!? い、い、一緒にぃ? フリード様と私が?」

「何も珍しくはないだろうが。お前がこっちの世界に召喚されてから今日こんんにちまで、俺達は幾度も共寝してきてるはずだが?」

「なっ、なんか当然みたいに一緒に寝てましたが、あの時はベッドが一つしか無かったから仕方なしに……」

「そう身構えるな。なにもしやしねえよ。力づくでお前の操を奪っても後味悪そうだしな」


 フリード様が先に立ち上がり、私をマントで包んでお姫様抱っこしてしまう。

 私には「否」なんて言えない。

 だってほんとはそうしたかったし、なんならフリード様が私の気持ちを知ったから叶えてくれようとしているのだから。


 フリード様がキリッとさせた瞳で焚き火を見ると、一瞬で炎が消える。


「どうだ? 魔法は便利だろう? 弥生、お前も少しは使えるようになっていると思うが、明日試してみるか」

「……フリード様」

「うん?」

「私ね、魔法なんて使えなくってもいいし特別な力なんて……あんまり要らない」

「そうか」

「フリード様。そりゃあね、ちょこっと食材を冷やしたり出来たらスイーツも作るのがきっと簡単なんですよ。えっと、欲を言ったら私は【覇王の料理番】としてフリード様に美味しい料理を作れるための補助の魔法なら使えるようになりたいです。それからみんなにも美味しくって栄養たっぷりの御飯を食べてもらいたい。私の今の願いはそれだけ。……誰かを傷つけるための魔法は欲しくないな」


 フッとフリード様が笑って、私を優しく見てる。

 彼の美しい揺らめきの瞳が細められ、私のおでこに口づけを落としてくれた。


「そうだな。お前は優しい人間だ。たとえ相手が敵であろうと傷つけたくないのが伝わってくる。では、俺がお前の代わりに魔法も剣も振るおう。俺は大切なものを守るためなら躊躇いなくこの力の限りと命を賭して戦うと決めているんだ」

「私だってきっと大切な人を傷つけられたら戦います。でも……」

「『でも』、なんだ?」

「人でも魔物でも……命を奪うことに躊躇いがあります」

「ああ。弥生、お前はそれで構わん。……お前は俺の理想であり夢の形だ。幼き頃は俺だって誰かの命を奪う者になるとは思わなかった。それはとても重いものだ。どんな相手であれ尊厳は守り戦うつもりではいる。……俺が怖いか?」

「いいえ」

「ふははっ、即答とはありがたい。周りには俺を怖がる人間ばかりが増えていくから、時々このまま怪物にでも堕ちるのではと錯覚する」

「フリード様……」


 私は見上げた。すぐそばでフリード様の寂しそうで哀しそうな顔……。

 この人の憂いを少しでも晴らしてあげたい。

 美味しいもので癒やされてほしい。

 あっ、――もしかしたらそれが私の使命なんじゃないかな?

 私はこの時、うっすらとそう感じていた。

 束の間でも、安穏を抱いて休んでもらいたい。


 帝国を治めるフリード様の、心を休める場所でありたい。

 私がいる間だけでも……。


 じっと私はフリード様を見つめた。

 そうして、胸が苦しくなって、ぎゅうっとフリード様の首根っこに手を回す。

 ぐっと距離が縮まった。


「ねえ、フリード様」

「なんだ?」

「キスしてもいいですよ」

「……ッ!? はあっ!? 何言ってんだお前……。大事にしてきたんだろうが」


 フリード様の顔が熟れた林檎みたいに真っ赤に染まった。

 恥ずかしそう。

 彼が動揺して、焦った顔で声を大きくする。


「シチュエーションより、今の気持ちを大事にしたくなったんです。今なら、そのぅ……。私もフリード様としてみたいかなって〜」

「してみたいって、弥生お前、そのあの、なんだ……」

「案外、意気地なしですね。女の私が意を決して勇気を出して『良いですよー、どうぞキスしても』って言ってるのに。……これでも恥ずかしさをぎゅっと抑えて頑張ったんだけどなぁ」

「良いのかっ!? ……いや。いや、駄目だ」

「なぜです?」

「弥生、なぜってお前。駄目だ出来ないと言われ続けてきたのに、突然キスしても良いとか……、戸惑うだろうが……」

「じゃあ、私からしても良いんですか?」

「……いや、あのなぁ、嬉しいが。やっぱりここまで待った以上俺はシチュエーションにこだわりたいぞ。お前の胸に思い出として残すなら、素敵な記憶として刻み込みたい。……俺との初めての口づけはロマンチックに過ごした後にだなあ」


 私、フフッと笑いが出てしまう。


「フリード様って可愛いんですね」

「なっ、何を! お前はまったく何を言い出すんだ。突拍子もない……」


 あたふたと慌てふためくフリード様が、すごく可愛らしいなって思った。

 こんなフリード様の顔が見られるのが嬉しい。


 私とフリード様がそんな甘い言い合いをしていると、突然野営キャンプに馬の鳴き声や蹄の音、ざわめきとどよめきが起きた。


「なんだ?」

「どうしたんでしょう?」


 騒ぎのもと、それは、ローレンツ料理長だった。


 もたらされたのは盗賊団を追って行ったローレンツ料理長がほぼ怪我なしに私たちの所に戻って来たという安堵と共に、彼はある重要な報せを届けるために急いでいたのだった。

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