第42話 ローレンツ合流、強盗団の根城
ローレンツ料理長が、私たちの前に戻って来た!
息も絶え絶えになった彼は必死に声を出す。フリード様と目が合うなり、片膝を地面に着く。
「フリード閣下、ローレンツただいま戻りました! 急ぎのご報告があり」
「ご苦労。怪我を回復させ、それから発言を続けろ」
「いや、今すぐにでも取って返さねばなりませんぞ……」
「ローレンツ、いいか?
フリード様がパチンッと指を鳴らすと、風の精霊と救護班の人たちが瞬時に現れた。そこにはミントさんやバジルさんの姿もある。
「まあまあ……、賊の仕業ですか?」
「ローレンツ、派手にやりましたわね。……しかし、あなたが手負いとは手練れがいるのかしら」
ローレンツ料理長の大きな身体には複数の出来たばかりの傷があった。
なかでも腕に剣や刀で切られたと思える裂傷が……!
「ローレンツさん! 大丈夫ですか」
私は慌てて駆け寄って、ローレンツさんの腕にハンカチをあてた。
「大丈夫だ、ヤヨイ殿。こんな傷は造作もない……」
「いっ、痛そうです」
「ヤヨイ様、そのまま止血しておいてくださいな」
バジルさんがウインクして、私にそう言った。
「さて、治療を始めますわよー」
ミントさんたちが魔法で救護手当に必要な専用の救急箱や道具を次々と私の目の前で出現させていった。治療薬を救護セットから取り出し、ローレンツさんに治療回復魔法をしつつ、手当てをしていく。
「わあっ、皆さん手早いですね」
「フフッ、私どもはこんな傷は日常茶飯事、慣れっこでございますからねえ」
「ヤヨイ様。ハンカチ、いただいても?」
えっ? 私のハンカチをどうして……?
「追跡呪術魔法を退けます」
「ツイセキジュジュツ……?」
「どうやら傷を負わせた際に、ローレンツさんの血に呪いをかけたようですわね。……厄介な相手でないと良いけれど」
「厄介な相手……?」
そういうとバジルさんが私のハンカチに手をかざす。
じゅわっと音がしてハンカチとあたりに点々とたれたローレンツさんの血が蒸発していく。
蒸発の煙からほどなくいくつかの黒い魔法陣が現れて、それをフリード様がかざした手から出した光の魔法で打ち消した。
「むっ、生意気な呪縛だな。この魔法は手が混んでいる」
「すいません、閣下。あの攻防の束の間に、まさか追跡をかけられてるとは気づきませんでしたぞ」
「追跡だけじゃないな。ローレンツ、誘致催眠の類も、だ。おおかた拐った者たちを呪縛魔法で操って根城に戻そうとしたんだろう」
私には皆が何を言ってるのか、半分ぐらいしか分からなかったけど、どうやらすごく悪知恵の働く魔法使いもいるみたい。
「フリード様、それって強い魔法使いなんでしょうか」
「さあな。だがロクでもねえ連中だ。……俺の部下に呪術魔法をかけるとは腹立たしい。俺を挑発したんだ、こっちの魔法使いの方が格上だと知らしめてやろう。……相手は相当修練を積んで陰謀術や戦慣れしているようだ。ヤヨイ、お前は戦おうとするな。いいか? こいつは裏に何者かがいる。危険な相手だと認識しろ」
「えっ、はい」
ぐぐっとフリード様の顔が引き締まった。
不敵に口角が上がり、彼がニヤッと微笑んだ。
悪巧みを思いついたって、そんな少年の顔。
フリード様は頼もしい。
けれど、どこかゾクッとした。
フリード様の美貌に陰影が落ちて美しい黒い瞳に浮かぶのは容赦のない光……。私はこんな時、危うい感じがして、どこか落ち着かなくなる。
きっと、自分の命の価値を一番低く見ている。
この人は――、大事なものを身をていして守り抜こうとするあまり、自分を犠牲にしてしまうのだろう。
そう思うと、私はフリード様に儚さすら覚えて、ぎゅっと抱きしめたくなった。
消えちゃ駄目! 死んじゃ駄目!
あなただって大切な命なんだよ、どうか大事にしてほしい。
そんな願い、きっとフリード様は曖昧に微笑って聞いてくれないだろうけれど。
「……ローレンツ、奴らの
「はい。……それが、あの」
「どうした? 歯切れが悪いな」
「大勢の子供が人質になっていまして」
「そんなっ! 助けた人たちだけじゃないの? もっとたくさん捕まっているんだなんて……」
「そうなんですぞ、ヤヨイ殿」
「フリード様! さらにはこれから風のドラゴンの村里に奇襲をかけると呟いてた輩がおりました」
――ええっ!
風のドラゴンの村里って……お姉ちゃんやフーリュンくんにドラゴンの赤ちゃんたちがいるところじゃない!
「……私。フリード様、私っ! お姉ちゃんを、みんなを助けに行かなくちゃ!」
「ヤヨイ、まったくお前というやつは……」
フリード様が呆れ顔で深いため息をついた。
「今さっき戦うなと俺はお前に言ったのだが? 忠告をまるで聞かぬとは」
「無理っ! フリード様っ、お姉ちゃんも風のドラゴンたちも私は放っておけない」
「ヤヨイはここにいろと言っている。この俺が放っておくはずがないだろうが? ドラゴンだって俺の領土に住む俺の大切な民である。――そして仲間だ」
「私も行くっ! 絶対に行く!」
フリード様はめっちゃ強いのを知っていても、それにきっと全力でみんなを助けようと戦う自分なりの正義感の強い人だってわかっている。
だけど、私は……。
「行かなくちゃならないの。私だってフリード様と同じ、みんなを大切に思っているから。助けたいと思ってるんだもん。――私はあなたのそばで戦いたい」
フリード様の瞳をまっすぐに見つめ、私は力を込めそう言った。
「まったく仕方ねえなあ。……俺が守ってやる。絶対に俺のそばを離れるなよ? 弥生」
深い嘆息のあとに呆れたような声でフリード様はそう言うと、私の頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。
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