第39話 【フリードside】野営バーベキューは突然に 照焼きチキンとサーモンフライタルタルソースがけ(3)

【――フリード視点――】




 大陸中に放った斥候から続々と報告が上がってくる。

 俺はそのもたらされる膨大な情報から五感に訴えてくる『可能性』を拾い取っていく。

 光って目に入りどうも気になる、……そんな感覚だ。

 俺の経験上、噂のなかにも本物の情報は混じっているものだ。


 報告書とさらに魔導書を交互に見比べる。

 最近起きている事象と、『癒やしの光の聖女』が世間の話から消える前に起きていた事象を照らし合わせる。

 

 同時にその頃に消えた人物……、魔導書に記されている英雄の名前はリューキだ。

 語源は「竜の騎士」という。


 リューキは異世界召喚転移者で、勇者召喚儀式で喚ばれたとある。

 彼の能力はドラゴンソードマスターにしてドラゴンアニマルテイマーだった。

 辻褄がばっちりと合うな。

 そして、……弥生と葉月の母はこっちの世界の姫君にして『癒やしの光の聖女』のエミリアなのではないか。

 そうだ。すとんと腑に落ちて。


 この答えに俺は辿り着いた。


「ああ、まさか。……そうだとするならば、弥生も葉月も半分はこちらの世界の人間だということか」


 ――ハッ……。

 まずい、俺は声にしていたか?

 入り口に気配が二つした。


「それってどういうことっ!? もしかしたらうちの母親がフリード様にとって敵になりうるってことだよね?」

「お姉ちゃんっ。勢いのままフリード様のテントに勝手に入っちゃだめだよ」


 天幕を捲って先に不躾に飛び込むように入ってきたのは、弥生の姉の葉月。

 続けて入ってきた人物は凄い剣幕の葉月を後ろから抱きとめた。……葉月の後ろに居るのは、弥生だった。


「まあ、お前らなら構わん」

「ごめんなさい、食事を持って来ていいか聞こうと思って来たの。……あの、でもフリード様。……さっきの言葉って本当なんですか?」

「弥生、葉月」


 俺は弥生の顔をじっと見つめた。それから葉月の視線に応える。


「聞いてしまったのなら仕方ない」


 俺は斥候から届いて開いていた報告文書をいくつか丸め、元のように紐で留めた。弥生や葉月がこちらの文字を読めることが分かっているから、姉妹が衝撃を受けそうな文書は素早くしまった。


「知りたいのだな? 確信に近いと思ってはいるが、可能性の一つだ。俺の見解であり憶測が混じることを念頭に置くように」

「はい。だけど、フリード様。あの……」


 口ごもる弥生の表情からは怯えと戸惑いを感じる。その質問を俺にすることの重要さを十分に理解していると言えた。

 ――この娘は聡い。そして弥生からは思いやりも感じられて、瞬間目眩に襲われた。

 自分のことより、他人を思いやる気持ち。当たり前に持ち合わせている弥生に、俺の心がまた傾く。


「弥生、疑問は口にしろ。俺の答えられる範疇で答えてやるぞ。はぁ……、だがまずは食事をしようか。お前たちがせっかく作ってくれたのだからこの機を逃せまい。温かい食事を食える時に食え。いつ有事が起こるか分からん。食べることは生きる活力なのであろう? まずは腹を満たそう。なあ、弥生。食べながらでも構わんだろ?」

「そうだよね。こっちに食事を持って来ようか、弥生」

「フリード様、お姉ちゃん……」


 俺は弥生を抱きしめたい衝動を抑えた。

 不安そうにしている弥生を抱き寄せ、安心させてやりたかった。

 だが、姉の葉月がいる手前、その気持ちをぐっとこらえた。


 なんてもどかしいのだろう。

 こんなに近くにいるのに、ままならないもんだ。

 恋心ってやつは、苦しくて甘い。


 手を伸ばして胸のなかに抱きしめたくたって堪えなくてはならない。

 欲望にも衝動にも勝たないといけねえな。弥生のメンツのためにも。

 


     ◇◆◇



 野営のテント内に美味そうな匂いが漂っている。

 弥生の腹の虫と俺の腹の虫が同時に鳴って、二人で顔を見合わせて笑った。


 小さなテーブルに所狭しと並ぶのは湯気を立ち上らせている料理の数々だ。


「すっげ〜な!」


 俺の感嘆の声が思わず飛び出し、自分でも驚いた。片手で口を抑える。

 人前では威厳と怖れを与えるよう、つとめてきたというのに。

 自分自身ですら、こんな年相応の言葉が出るとはびっくりしていた。……気軽で気を許した相手にだけなのだろうな。他人事みたいに、分析した感想が浮かぶ。

 ――好きな女の前では、俺もただの男だ。

 純粋無垢で天然な弥生の前では皇国を治める炎帝だとか、そんなもの通用はしない。ちょっとした一言や行動であたふたと内心は焦っている。

 それもまったくない恋愛経験のない初心うぶな普通の18歳の男なんだと思い知った。

 弥生の前では素が出てしまって。


 うるうると弥生の期待に満ちた煌めく瞳が俺を見つめていて、視線をひりっと肌に焦げ付くぐらい熱く感じた。その瞳をとらえると甘い想いが広がる。

 彼女は自分が作った料理を食べた俺がどんな感想を抱くのか、楽しみにしているんだろう。

 弥生と葉月が揃って席に着く。仲が良い姉妹というのは時折り行動が共鳴して息が合うのか。


「フリード様! これね、照焼きチキンって言うんだよ。あとはサーモンフライタルタルソースがけ。どっちもね、お米にのっけて食べてもいいしパンに挟んでも美味しいんだからね。照焼きチキンはフリード様の好みに合うと思うんだけど……」

「ふふっ、そうか。どちらも試してみよう」


 弥生は料理のこととなるとさらに雄弁になって面白い。


 さっきまでの深刻さはいったん消えている。


「いただくことにしよう」

「「いただきまぁす」」



「うっ、美味い」


 照焼きチキンってやつ、ロックバードの肉をこんがりと焼いてタレに絡めたのか……、このタレ甘くてたまんねえな。蜂蜜とフルーツの香りを感じ、調味料は醤油といったところか。

 しっとりと仕上がって肉がぱさついていない。

 ボリュームがあって、付け合せのポテトと人参のソテーも食べごたえがある。


「フリード様。食べたら元気いっぱい! がっつりメシです。生姜と葱とアーモンドを刻んだ漬けダレやにんにくと玉ねぎ入りもあるんですよ? フリード様の好きな味に味変してみてください」

「これで十二分に美味いが。……んっ、うおっ、味が変わった! こっちも美味い! 色んなタレや刻んで食べやすく工夫された野菜、自分で好みの味を模索するのも楽しいものだな」

「そうでしょう、そうでしょう」


 すごく嬉しそうにはにかむ弥生の顔に見惚れた。


 ふと、じっと見つめる視線を感じてたどると、その先は葉月である。

 なにやらニヤついて俺たちを見て、意味深に笑う。


「フフフッ、あんたたち、お似合いねえ。すごく楽しそうでいい雰囲気」

「そうか。俺は同調する」

「な、なななに言ってるの、お姉ちゃんっ」


 慌てふためく弥生がみるみる顔を真っ赤に染めていく。頬が朱に染まった顔もまた可愛らしいとなどと思ってしまう俺は、そうとう弥生が好きなんだろう。

 だって愛らしいのだ。……とても。

 ――早く二人きりになりたい。

 お前に触れたい、抱きしめたい。

 弥生からも俺に触れて欲しいなどと願ってしまう。


「フリード様は肯定しているじゃないの。弥生、あんただって素直に私に言ってくれていいのよ?」

「お姉ちゃん。……えっと、……フリード様のことは尊敬……してるし、好ましく思ってるよ。だけど、推しって分野で好きってことにしておきたいんだ」

「『推し』ねぇ。それで良いの? フリード様は?」

「良いのではないか? まっ、俺は弥生からそれ以上の気持ちを受け取っているがな」


 いずれ終わる恋だ。

 別れの確定した俺と弥生には、これ以上のものを望むのは残酷なことかもしれない。



 ……とにかく、速やかに強盗団を殲滅してしまおうか。

 そして、弥生の母親の居所をもう少し特定せねばなるまいな。

 裏にオリランツ教団が絡んでいるのなら、この俺とこの国々を潰す気だ。

 『癒やしの光の聖女』の異世界転移召喚とドラゴン狩り、同時にオリランツ教団の指示の元に起こっているというのなら、妙な胸騒ぎしかしない。


 エミリア姫がもしあちら側に付くなら……、俺は選択を迫られることになる。



「フリード様、難しい顔してる。あの、プリン食べますか?」

「おっ、良いのか? もちろん食べるに決まってんだろ!」


 ぷるぷるとした黄色いぷりんは匙をいれる瞬間もたまらない。

 弥生の作ったぷりんを一口匙で掬って食すと、ほろ苦い甘さが広がった。


「美味いっ。口の中で蕩ける……、すぐに口溶けて無くなってしまうな。余韻は甘くとても素朴な味だ。スイーツは儚いものだな、あっという間に皿から無くなってしまうぞ。なあ、弥生。カラメルソースも美味いが俺はやはり木苺ソースに病みつきになったようだ。次は木苺ソースで頼む」

「ああっ、はい! 喜んで。腕によりをかけてまた作りますよ、フリード様」


 ――とくん。

 弥生がにっこり笑ったら、俺の心に喜びが柔らかい陽だまりのごとく熱となって広がる

 俺に聞きたいことは山ほどあるだろうが、食事を楽しませたいという料理人の気概を感じて、いっそう健気な弥生に心が惹かれ傾く。


「食事がすんだら質問を受けつけてやろう。……葉月、何を笑っている?」


 弥生の姉の葉月の様子には調子が狂う。俺のことが怖いとは微塵と感じていないのか、余裕のある顔でクスクスと笑っていた。


「いえ、だって。……フリード様がさ、ああ、うちの弥生のことが大好きなんだなってダダ漏れだから。可愛いよね、二人とも」

「――お姉ちゃんっ!」

「俺は否定しない。葉月の発言、まったくその通りだからな」

「――フリード様っ! もぉ、二人してからかって。私の反応を見て面白がってるんでしょ」


 弥生は隣りに座る葉月をぽかぽか力弱く叩いてるが、頰を膨らませた顔がなんとも言えん。可愛すぎんだろーが。


「からかってない、からかってない」

「もー、ほんと?」

「俺が弥生を大好きなのは真実だから。からかいようがないだろ」


 顔が真っ赤になって照れた弥生がすっげえ可愛くってそそられた。俺の胸がきゅっと鳴ると我慢が効かなくなってくる。


 早く二人きりになりたい。

 だが、俺と弥生がいい雰囲気になれば、いつも邪魔が入るのは悲しいかな宿命さだめだろうか。


 俺はそっとため息をいた。

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