第37話 野営バーベキューは突然に 照焼きチキンとサーモンフライタルタルソースがけ(2)

 フリード様は自分のテントで食事をするという。

 私は彼がみんなと御飯を食べたら良いのになと思って提案したんだけど、色々と思うところがあるらしく、却下されてしまった。

 どうしても片付けないといけない執務があって、もう少し後で晩御飯にするっていうから、私も食べずに待つことにした。旅先でも皇帝の仕事はやらなきゃ溜まったり滞ると困る人がいるのだろうね。


 気になって赤ちゃんドラゴンたちの様子を見に行くと、そこには風のドラゴンの若長のフーリュンくんがいて、ちょっとドキッとした。この『ドキッ』はフリード様にさせられるドキドキとは違うからね!

 フーリュンくんに感じたのは、さっきちょっと言い合いみたいになったから、気まずい『ドキッ』だ。


「フーリュンくん、ここにいたんだ。晩御飯出来たよ! みんな食べ始めてるから、君も食べにおいでよ」

「ヤヨイ、さっきはごめん」

「えっ、……ああ、うん」


 振り返ったフーリュンくんは赤ちゃんドラゴンを抱っこしてる。

 抱っこしていないドラゴンも愛おしそうに、一匹ずつ撫でていった。


「私の方こそ、ごめん。突っかかったりして……」

「いや、ボクが未熟だからいけないんだ。君や葉月が他の人間と仲良くしてるのを見ると何故かムカムカするのもあって」

「ムカムカ?」

「たぶん君らが人間のなかでもボクたちドラゴンには意味があって特別で繋がりがあるからだと思うけれど」

「それって……」


 フーリュンくんみたいに私も赤ちゃんドラゴンの顎を撫でてみる。そしたら、ごろごろと赤ちゃんドラゴンは喉を鳴らす。

 可愛〜い。

 私はケアのつもりで、赤ちゃんドラゴンの体をゆっくり撫でたりさすったりを続けて、出来るだけ犬や猫を撫でるみたいに優し〜く触れた。

 あれ? 気持ちいいのかな? 赤ちゃんドラゴンは目を細めて私の手に頬を擦り寄せて。きゃっあ、またまた可愛いっ!


「流石だね。君、ドラゴンアニマルテイマーだもんね」

「あのさ、それよく分からないんだよ。私、動物が好きだし、仲良くしたいけど。特別な力があるとは……ひゃあっ」


 ほわっと首筋や肩にあたたかい風を感じて、びっくりした。

 フーリュンくんの手が私の肩に触れた。


「はははっ、君って面白いねえ。君は炎帝の加護に精霊の加護……たくさんの護りを無意識に身体に受け止めて循環させてる。……ああ、ありがとう」

「『ありがとう』? フーリュンくんからありがとうって……どうして?」

「ほうら、見てご覧よ? さっき、君の力で満ちたミルクを飲ませてもらったこととさ、君の優しさでちびたちの傷が完璧に癒えた」


 赤ちゃんドラゴンたちがぱたぱたと羽を動かしている。

 そうして私たちの目の前ぐらいまで、赤ちゃんドラゴンたちが飛んだ。

 楽しそうに空中遊泳を楽しんでいる。


「治った……の?」

「そうだよ。君のおかげさ」

「本当に?」

「見たら分かるじゃないか。ヤヨイがこのちびたちの傷を治したんだよ」

「やっ、やったあ! 良かった! 良かったね、良かった〜!」


 私がフーリュンくんの両手を掴んでぶんぶん振ると、彼の顔がみるみる真っ赤に染まりだす。

 あれ? 意外と純情で照れ屋さん?


「ボッ、ボクに気安く触るなよぉ。なんか君に触れられると胸の動悸がする。無駄な加護パワーがありすぎなんじゃないの?」

「えっ? そうかなー。あれ、もしかしてフーリュンくんって見た目よりぜんぜん女慣れしてないんだー。人懐っこそうだから意外だなぁ……」

「女? ヤヨイ、君さ、男の子だろ? ……ハヅキが君をみんなに『私の弟』って言ってた」


 ああ、そうか。

 私、今男装してるんだった。

 フリード様が作った男装という防御に、お姉ちゃんがさらに予防線を張ってくれてる。

 そういや、変身とか見破れるのって人によるんだね。


 私の肩に赤ちゃんドラゴンが乗った。

 私はドラゴンをさすりながら、フーリュンくんに自分が女だって明かすか悩んだ。

 でもでも、言う理由もない、かー。


「しっかし君が男なのにフリード様の【運命の番】とは皮肉だね。子を成せないんじゃ、次の皇帝はセイロン卿の子になるのか。フリード様に万が一があった場合の世継ぎが誰になるのか意思表明をしないと争乱の元だからな。皇帝の座を狙う内乱やこの辺を手に入れたい他国との戦争になればドラゴニアを守るドラゴン族も戦場いくさばり出され巻き込まれるから大迷惑だ」

「そ、そうだね」


 実際は私は女ではあるけれど、この世界にとどまるわけじゃない。

 フリード様はいずれどこかのお姫様をめとって結婚するんだろう。

 ――チクッ、チクリッ。

 そう考えたら、私の胸の奥のほうが痛んだ。

 私では、フリード様のお嫁さんにはなり得ない。将来、彼の横にいるのは私じゃない誰か。

 どうして……。

 こんなにも……、その事実が私の心をざわざわと泡立たせるのだろう。


「ねえ、ヤヨイは炎帝フリードが好きなんだろう? 向こうも相当君を好きだろうけど、もし関係が破れたらドラゴン族の娘と結婚しない?」

「ええっ? それはどうゆうこと?」

「風のドラゴン族としてはドラゴンソードマスターやドラゴンテイマーを血流に入れたい」

「血のため……」

「そうだ。でも、ボクはハヅキや君なら特別じゃなくっても、見た瞬間にドラゴン族に迎え入れても良いと思った。直感が言うんだ、君やハヅキはとても可愛い。うんっ! ボクの好み」


 ぎゅうってフーリュンくんに抱きしめられて、私の肩に乗っていた赤ちゃんドラゴンが空中にぱたぱたと飛んでいく。

 な、なにが起きた〜っ!?


「フッ、フーリュンくんっ?」


 私はさらにぎゅうっと苦しいぐらいに抱きしめてくるフーリュンくんを押し返そうとしたけれど、彼の正体は勇ましいドラゴンだもの、私が彼に力では適うはずがない。

 出来る精一杯で手足をバタバタ暴れさせてみた。ううっ……あんまり手足も動かせない。

 すごい力だ。

 うーん、多少は魔力なのか、ドラゴンの魔法も使ってる?

 ちっとも離れられない。


 どうしてか、親しさを感じる。例えるならば弟みたいな、かな? フーリュンくんに通じ合うもの、そう理屈じゃなく感じるの。家族とか親戚みたいな不思議な気安さがあった。

 これがドラゴンアニマルテイマーとかいうのとドラゴンの絆なのだろうか。

 私、フーリュンくんに抱きしめられてそんなにイヤじゃない?


 ――けれど、こんなとこフリード様に見られたら怒られる、誤解されちゃうよ。

 あと、罪悪感みたいなのが襲う。


「離して、フーリュンくん」

「……」


 肩にフーリュンくんの頬があたる。

 彼の寂しそうな吐息が私のすぐ近くで聞こえた。


「ねえ、ヤヨイ」

「なに? そろそろ離して欲しいんだけど……」

「もう少しだけ、……こうさせて」


 切なそうな甘えた声。


「ごめん。……飼い犬の気持ちってこんな感じなのかな。ボクも唯一の御主人様に甘えたいとか思うんだ」

「ドラゴン族は対等な立場だってフリード様が言ってたよ」

「それはドラゴニア皇国だけだよ。他の国ではドラゴンに酷い仕打ちをしたり殺してボクたちの心臓や鱗を武器や強壮薬や延命水にしたがる連中もいっぱいいる」

「酷い! 酷いよ、どうしてそんな……」

「でも、それが摂理だ。この惑星ほしの地上のみんなみんなが命を喰らっている。君だってボクだって……生きとし生けるものはみな何かしらの犠牲の上で生き長らえているんだ」


 私には言い返せる言葉がすぐには見つからなかった。


「このまま君を炎帝フリード様から奪って巣に連れて帰りたくなった」

「ええっ――! そ、それはだめ」

「どうして? 良いじゃない。君はドラゴンを癒す――、ボクは君を護り生かすよ。稀有なもの同士、相互利益の生ずるWINWINな関係じゃないか。ボクなら世界中のどこへでもあっという間に連れて行けるよ? 金銀財宝や珍しい鉱物だって探し出せるんだから。君が望むなら敵対する人間を殺してあげる」


 背中にぞーっと冷たい氷が這ったみたいに、寒気がはしっていく。


「だめだよ? 簡単に人を殺すとか。そんなこと言っちゃだめだよ、フーリュンくん」

「言うだけ。口にするだけさ。実際に行動に移すそのきわに数秒考えるよ。フハハッ、ボクだって良心があるもの」

「言うだけもだめ。おばあちゃんが言ってたけど、言霊があるっていうもん。悪い言葉には悪い負のことが寄って来るし、良い言葉や優しい言葉には素敵なことやあったかい優しい出来事が集まってくるんだって」


 私が話した後しばらくフーリュンくんは黙って静かになった。


「ヤヨイ」

「うんっ?」


 ぐすぐすっと嗚咽が聴こえた。


「ヤヨイは良い匂いがするねえ。……不思議。……はあぁ、死んでしまった母様を思い出すよ」

「うーんっと良い匂いは晩御飯の支度で料理をした匂いだと思うけど」

「違う。ああ、違わないか。御飯の美味しそうな匂いと混じるのは鼻腔をくすぐる芳しい花の香りだ。あと懐かしい……優しい匂い」


 なんだか可哀想になってきた。

 私を抱きしめてきてるフーリュンくんの腕を払いのけるのも振りほどくのもやめる。

 気が済むまで付き合ってあげようと思った。


 孤独――――、感じるのは孤独だ。フリード様みたい。

 流れ込んでくる。

 フーリュンくんもフリード様みたいに、上に立つからこその孤高さと厳しさにさらされているんだろうな。


「……フーリュンくんのお母さんは死んじゃったの? 私、数年前にお父さんとおじいちゃんが病気で亡くなったんだ。フーリュンくんの気持ち、少しは分かってあげられると思う。辛くなったらお姉ちゃんか私に言って」

「じゃあ、甘えても良いんだね? 炎帝フリード様の【運命の番】はずいぶん寛容だね。良いの? 本当に? 浮気にならない?」

「浮気……? えっと変な意味じゃないから。甘えるってそんな恋人同士だけのあいだだけのものではないでしょう? 仲間とか友達でだって、あのね辛かったら頼って良いんだよ?」


 フーリュンくんは若いうちに風のドラゴン族をまとめて、大変なこともたくさんあるんだろうね。ただの女子高生の私なんかに、想像つかないぐらい。

 そういうとこはフリード様と一緒だよね……。


 そこで突然――!

 ズモモモモモモモモォォォォォッと効果音がするような、すごい圧力を私は背中に感じた。

 殺気のような……。

 怖ろしい気配がする。


「――なっ?」

「あちゃ〜っ、もう嗅ぎつけてきちゃったか。フハハハッ、さすが【運命のつがい】同士だね、絆は確固たるってことか」


「お前らぁっ! ……ここでなにをやっている? フーリュン、いい度胸だな。俺の弥生に手を出すなとあれほど忠告しただろうが」


 この声、振り返るまでもない。

 まあ、テレビで見たプロレス技みたいにがっちりホールドされちゃってるから、振り返れないけれど。


「フッ、フリード様?」

「弥生、これはどういうことだ」

「あの……」

「炎帝フリード様、そう怒らないで。ボクが抱きしめちゃっただけなんだ。ヤヨイは悪くないんだよ? でも抱きしめたくなるのも仕方ないと思わない? だってヤヨイったらと〜っても可愛いし良い匂いがするし、ボクを心配してくれるんだよ? やっさしいよねえ」

「……ふんっ、そうか」


 めっちゃ怒ってるぅ。

 ごめんなさい、隙があった私も悪いんです。


「離れろ。これは皇帝命令だ」

「痴情に皇帝の威厳を持ち出すわけ? 了見狭いよ、炎帝フリード」

「御託はいいから弥生から手を離せ」

「ボクとヤヨイは友情をあたためあっていただけださ。ドラゴンとドラゴンアニマルテイマーは通い合うものがある。いざとなったら共闘するんだ。意思疎通は密に交わしておかなくっちゃね」


 ブチッと切れた音がした気がした。

 どうやらフリード様の堪忍袋の緒が切れたみた……い。


「フーリュン、お前っ! いい加減にしろーっ!」


 雲一つない夜空にバリバリバリッっと雷鳴が轟き、稲妻がジグザグに迸っていった。

 それはフリード様の炎帝の力で起きた雷だ。


 私は気づけばフーリュンくんからベリベリーッと引き剥がされ、フリード様の腕のなかにいた。

 見上げると、わなわなと震えて怒るフリード様の顔が美しすぎて凄絶すぎて怖ろしい。


「からかうにもほどがあるだろう」


 あわわわわっ、フリード様とフーリュンくんの間にバチバチと火花が散っている。

 本当に炎と小さな雷の電流と風とが舞ってるの。


「決闘でもする? でも本気でったら君に殺されちゃう。ボクが死んだら困るのはドラゴニア皇国の皇帝であるあなただろ? 良いじゃない、ちょっとぐらい、ヤヨイの愛情をボクにも摂取させてよ。男同士、ボクには愛でてるだけで何も出来やしないんだから。見たって減るもんじゃないし」

「――断る。お前がそばにいたら見ているだけでも弥生の大事なものが減る気がする」

「くすくすくす……。ボク相手に余裕がなくなるとはまだまだだね。炎帝フリード様ってばそれってただの嫉妬だ……。ヤヨイのこととなるとさ、冷酷で表情筋が僅かにしか動かないあなたも必死になるんだねぇ」


 フーリュンくんがフリード様をわざと怒らせ、神経を逆撫でするような態度と言い回しで挑発してる。

 もう、なんのために……。


「良かった。……炎帝フリード様も人の子だったんだ。ようやくあなたの人間らしい感情の一端を見れた気がしますよ。人と成りを確かめたかった。見極めたかったんだよね、炎帝フリード様をさ。これならボクの大事な一番の宝物、何ものにも変えられない大切な一族のみんなを任せても良いかなぁ。あなたは我ら風のドラゴン族が仕えるに値する良き導きをする支配者だ。加えて皇国領の統率は上手くいっていると言える。行く末に困難を抱え、あなたに従わない巨大組織がある。……まあ多少の不穏、危険は孕んでいるけどさ。意地悪な方法で試させてもらいました。……風のドラゴン族もあなたの配下にお加えください。ドラゴニア皇国皇帝フリード殿下」


 一変して、フーリュンくんが地面に片膝をついた。

 するとフリード様がフッと笑った。


「危うくお前のとこのドラゴン族を潰しにかかるとこだった」


 冗談に聞こえませんよ、フリード様……。

 私は変な汗をかいちゃったわよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る