第35話 野営キャンプと覇王の嫉妬

 私たちは、強盗団にとらえられ働かされていた人たちをひとまず、近くの教会の敷地の牧草地に連れて行くことにしたんだよ。


 フリード様自ら話をつけに教会へ――。

 突如やって来た覇王の顔を見た教会の神父さんは、彼が炎帝フリードだと気づいて震え上がっていた。その一部始終を見ていた私はちょっと苦笑いになっちゃった。


「まさかあのフリード殿下がこんなド田舎の教会にいらっしゃるとは……」

「フッ、髪色を変えても分かる者には分かってしまうようだな」

「わたくし、以前は皇都の教会で働いていました者です。式典の際にご尊顔を拝したものですから覚えておりました」

「そう畏まらずとも良い。――ちょっと敷地に邪魔するぞ。速やかに教会の僧侶や魔法使いを総動員して怪我をしている者の応急手当てを頼めるか? ポーションが足らなさそうなのでな。後で俺の部下の救護隊のメンバーがやって来るがそれまでで構わん」

「フリード殿下、一連は強盗団の仕業だとか?」

「そうだ。奴らを見つけ次第、この俺が即座に直々じきじきに討伐してくれよう」


 教会の神父様と話すフリード様がニンマリと不敵に笑ったので、私はすくみ上がる思いがする半面、妖艶さにドキリとした。

 もぉー、フリード様はキラキラ眩く光り輝いて尊いっ。ほんと、だだ漏れなただならぬ色気がすごいな。

 時々、フリード様が眩しすぎて目が開けてらんな〜い。




 とにかく人数が多いのから引率が大変だったよ。

 フリード様は流石だった。

 周りに的確に指示を与えていく。

 お姉ちゃんと私が大声を張り上げ捉えられていた人々を励ましたり、風のドラゴンたちの手を借りたりで、なんとかみんなを移動させた。


みな良いか? 聞け。俺が結界を張り防御を施しておくが、結界の外には決して出ないようにしろ。これから夜が更けたら魔物や魔獣がわんさか湧いて出てくる。奴らの餌になりたくなかったら大人しくしておけ」


 フリード様が一同に睨んで凄みをきかせて忠告すると、場が凍りつく。

 ひゃあっ、ゾクゾクッとする。

 一瞬、私はフリード様と瞳と

瞳がぶつかり合った。

 するとフリード様が私に向けて悪戯な笑みをつかの間見せてきたので、ドキッとしちゃう。

 私はフリード様に向かって小さく手を振ってみたのだけれど、彼はまたムッとした畏怖を感じさせる表情に戻る。

 


 それからフリード様が教会の敷地一帯に碧い魔法の光を出して結界を張った。

 彼の凛々しい横顔に、気づけば私は数秒見惚れてた。

 そんな場合じゃないのにね……、フリード様に出会ってからどうも自制心が利かなくって困っちゃう。


「なんだ弥生? 俺に見惚れているのか? フッ、……お前にそんなに熱い眼差しで見つめられると嬉しいが、心の奥がさわさわと落ち着かなくなるな」

「みっ、見惚れてなんかいませんっ! どうやって結界を張るのかなあって見てただけです〜」

「そうか。お前はずいぶん勉強熱心だな、とても感心なことだ。弥生にも魔法力がつき始めているはずだから、明日の早朝から剣の稽古だけでなく魔法の訓練もしていくことにしよう」


 にやにやと意地悪に笑うフリード様の表情、からかい半分本気半分な言葉が飛び出す。


「私に結界とか張れるようになりますか?」

「ああ、素質は感じる。だが弥生、お前は頑張り屋だから無理はするな。あと他の者が大勢いる時はあまり熱く見つめてもらっては俺が恥ずかしくなるから少し遠慮しろ。二人きりになったら可愛がってやる」

「ふはあっ……」


 離れ際に耳元でこそっと甘い声で囁かれると、身体も心も跳び上がった。

 見つめ過ぎなのは自覚してるもん。

 それもこれもカッコ良すぎるフリード様がいけないんだぁ。

 私の勝手に目がいっちゃうんだから、推しの存在の輝きは罪だ。



     ◇◆◇



 教会の敷地はフリード様によってある程度の安全が保たれたので、そこでいったんキャンプを張ることになったの。

 ここでしばらく過ごすことになりそうかな。


 お姉ちゃんは風のドラゴンの若長フーリュンくんと何やら深刻そうな顔をして話しこんでいる。

 きっとちびドラゴンの怪我が心配なんだよね。

 ドラゴンの赤ちゃんって何を食べるの? まだミルクかな?

 ポーションは飲まなかったから、どうやって怪我を治せば良いんだろう?

 お姉ちゃんとの話が終わったら、かぜのドラゴンのフーリュンくんに聞いてみる!


 ――私に出来る限りのことをしてあげたい。


 私が思いついたのは、みんなに魔法のリュックに詰め込んできた手作りお菓子や果物やジュースなんかを振る舞うこと。

 甘いものは疲れた体や心を癒やし、不安を和らげるのに効くはずだよね

 プリンやクッキーを振る舞うと、過酷な境遇に落とされて辛い目に遭った人たちの強張っていた顔が、みるみる笑顔に変わっていった。


 少しずつ殺伐とした空気が和んでいく。


    ◇◆◇


「フーリュンくんっ!」

「ヤヨイ? ボクに何か用?」

「ドラゴンの赤ちゃんってミルク飲むかな?」

「ミルク? どんな獣の?」

「えっと、山羊とか牛っぽい魔獣とかのだった気がする」

「ヤヨイが飲めるなら飲めるよ」


 言い切った!

 そんな大事なこと言い切っちゃって良いの?


「私が飲めるなら飲めるってどうして」

「えっと……」


 話し掛けたら、風のドラゴンのフーリュンくんの緑がかった前髪がふわっと浮き上がり、エメラルドの宝石みたいな瞳が優しげに揺れた。

 フーリュンくんは笑って目を細めた。

 曇りや翳りのない純粋な綺麗な目だなって感じる。

 嘘、偽りの苦手なコ、真っ直ぐなそんな印象の瞳を持っている。


「だって君、『癒やしのドラゴンアニマルテイマー』だろ?」

「はっ? 『テイマー』って何?」

「知らないとか無しでしょ。本当に? ヤヨイ。君さ、自分の正体とか女神に与えられた能力や適切な職業知らなかったりする? まさかハヅキがドラゴンソードマスターなのも分からない? 炎帝フリード様は気づいてたようだけど?」


 フーリュンくんから次々と疑問形『?』の応酬をされて、私はわけが分からなくなった。


 ド、ドラゴンアニマルテイマーって何?

 しかも『癒やしの』って二つ名っていうのだっけかついちゃってる。

 それにさ、お姉ちゃんがドラゴンソードマスターって、それは剣を持ってドラゴンと一緒に戦う人のこと? お姉ちゃん、剣を持ってるし、ドラゴンと仲良しだもん。


 目の前にずいっとフーリュンくんの顔が迫って来た。

 ちっ、近いよ〜。

 驚いたような呆れたようなフーリュンくんの顔。


「ハヅキはちゃんとこっちの世界に順応してる。ヤヨイはさ、自分の世界に帰りたいからってにわかな気分なんだね。この世界に来た意味や役割を理解しようとしてないよね」

「そ、そうじゃない。私なりに一生懸命にやってるつもりだよ! 私は料理が好きで、今は炎帝フリード様の料理を作る【覇王の料理番】ってことになってるんだ」

「へえ〜、【覇王の料理番】ってことは主に一人が対象なの? もったいない。ハヅキはボクたちさかぜのドラゴン一族やドラゴンのこと全部を面倒みようとしてくれているのに」

「フーリュンくん、あのね、お姉ちゃんと比較しないでくれるかな? 私の大好きなお姉ちゃんが私より優秀で完璧なのなんて知ってるもん。お姉ちゃんは何でも出来てこなしちゃう器用な人で。そう私は、……私はお姉ちゃんにはどんなことも敵わない」


 そうだ、私はお姉ちゃんには敵わない。

 何したって。

 お母さんやお父さん、おじいちゃんやおばあちゃんは、歳が離れた姉妹だから比較とかしなかったけれど、周りは違った。

 私たち姉妹を知っている学校の先生や友達、ご近所さんやたんぽぽ洋食亭に来る常連のお客さんだって、お姉ちゃんが美人で優秀なことをことあるごとに私に言ってくるんだ。


『葉月ちゃんは生徒会長だったわよ〜。弥生ちゃんはやらないの?』

『お姉ちゃんみたいに文武両道極めて目標になさいな』

『弥生の姉貴ってすげえんだってな〜。学校の廊下にお前の姉ちゃんのトロフィー飾ってあるぞ』

『弥生ちゃんさ、綺麗で素敵なお姉さんがいるんだって? 紹介してよ』


 お姉ちゃんは憧れで自慢のお姉ちゃんだ。

 でも、私には同時に越えられない壁でもある。


 私はずーんっと気分が落ち込んでふさいできた。


「ごめん、言い過ぎた」


 パッと見ると風のドラゴンのフーリュンくんの手が伸びてきてて、私の頭を撫でようとしてる?

 その手が空中で所在なさげに止まった。

 ……?

 私の肩にあたたかい感触……、温もりのある手が添えられて振り返るとフリード様が居た。

 見上げるようにして私が彼の顔を見ると軽く笑ったが、すこぉし怒気をはらんだ表情が浮かんでいる。


「弥生は弥生だ。姉であろうと誰であろうとも、こいつを比べ否定するな。俺の弥生をあまりいじめないでもらえるか?」

「ボクはイジメたつもりはないね。フリード様ももうちょっと弥生に大切なことを教えておくべきだよ。……ああそうそう、山羊のミルクは風のドラゴン族の好みだ。出来たら人肌に温めてちびたちに与えてくれる?」

「あっ、ありがと〜!」


 風のドラゴンのフーリュンくんが去ってしまうと、フリード様がさらに距離を縮めて横から覗き込むように私の顔をうかがってくる。

 フリード様の顔がちょっぴり恨めしげに見えるのはどうしてだろう?


「フリード様!」

「ふ〜ん。ずいぶんと親しげだな。出逢ったばかりだというのに妬けるな。ドラゴン族とは波長が合うか? 俺だってドラゴンの血がほんの少し混じっているんだぞ」

「妬けるってそんなんじゃないですよ。えっと……嫉妬してくれたんですか?」

「ああ。俺はそんなに寛大じゃないんでね。好きな女が、……弥生が他の男と話していれば気になるし、嫉妬の炎を燃やす」


 直球ストレートな物言いに、私のほっぺが熱くなるのを感じた。

 フリード様に手を引っ張られ連れられて、木陰に二人で隠れるようになっていた。


「せっかく二人きりの旅路であったのに思わぬ邪魔が入りこんで俺はこんなに残念であるのにお前はちっともそんな素振りは見せず、風のドラゴンといちゃついている。俺を翻弄して楽しいか? 無自覚に小悪魔なんだな、弥生は」

「小悪魔だなんて言われたことないですよ! フリード様、勘違いです。フーリュンくんとはただ赤ちゃんドラゴンにあげるにはどの種類のミルクが良いのか話していただけだもん」

「フーリュン? やはりずいぶん親しげではないか」

「くんづけぐらい、誰にでもしますぅ」

「声音が優しい。ドラゴン族は特別か?」

「すっごい突っかかってきますけど、私の【運命の番】はフリード様だけなんでしょう? もぉ、疑わなくったって大丈夫ですから、あのっ、もっと自信を持ってください」

「何に自信を持つんだ? お前が俺に惚れていると公言しても良いなら信じられるがな。お前の姉に俺とお前が好き合っていることを聞かれて弥生は否定したくせに、どこをどう信じると言うんだ」

「聞こえていたんですか?」

「あいにく教えてくれる噂好きな精霊はそこかしこにいるからな」


 沈黙があって、フリード様の熱が私の頬に感じられる。

 次に首筋に口づけが落とされて、甘い囁きと吐息が耳元に伝わる。


「これは炎帝の加護。それから……」

「フリード様っ」


 一瞬、唇に口づけられてしまうんではと勘違いしてた。

 フリード様のキスは私のおでこと鼻先に軽く触れた。

 どきどきどき…………。

 心臓が早鐘を打つ。 


「今、お前の魅惑的な唇にキスしょうものなら止まらなくなりそうだ。なあ、弥生。口づけしたい時にいつでも出来る関係に俺たちは進めないのか?」

「そ、そそそそんなっ! えっと〜……」

「困りすぎだろ、お前」

「だって……」


 私はいつかフリード様とはお別れする身だ。それが【運命の番】の私たちであろうと。住む世界が違うのだもの、私はいずれ自分の世界に、おばあちゃんが待っている世界に帰るんだ。


 ――でも。……もしも。

 お姉ちゃんが実は言っていた。


『あのね、弥生。もしもの仮定の話で縁起でもないことだけど、自分たちの居た世界に帰れなかったらどうする? 家族みんなでのんびりスローライフを送るのもいいと思わない? 気ままに。こっちの世界も慣れたらなかなか良いわよね〜。私たちが得意な料理を活かしてたんぽぽ洋食亭異世界店を開いたり。……私、ちょっとなら魔法が使えるの。もっともっと練習して頑張って、いっそおばあちゃんもこっちに喚べるような召喚魔法を習得しちゃえれば良いんだよね。……知ってた? 帰還魔法はすっごい難しいんだよ。しかも私たちを喚んだ魔法使いを突き詰めて術式を解き明かして、逆をしなきゃならない』


 それがいかに困難なことだって、お姉ちゃんは理解しているんだ。

 だけど帰還魔法が絶対に出来ないことじゃない無理なことではないと私には思えるのは、――フリード様が私たちを元居た世界に還してくれるって言ったから。

 謎に彼には説得力と安心感があるんだもん。


『お姉ちゃん、家族みんなでスローライフは良いね。だけど私はやっぱり自分の世界に帰りたい。……なにもかも中途半端だったから。おばあちゃんに会いたい。学校もあるし、友達とも会いたいよ』

『そうだね、弥生。だけど私たちは今はここでこの世界で生きてる。覚悟を決めないといけないと思うんだ。ここは夢の世界でも仮想空間でもないんだよ。みんな命があってちゃんと生きている存在だもの。異世界の人やドラゴンたちが困っているのを私は見過ごせない』

『私だって困っている人とか魔族だって助けたい! でも一人残してきたおばあちゃんが気がかりで仕方がないんだもん。お母さんだって早く助けなくっちゃ!』

『……そうね。おばあちゃんのためにも、ここでやるべきことをやってお母さんを助け出して。帰る方法を考えましょう。炎帝フリード様の手も借りて』


 お姉ちゃんの眼差しは厳しく、纏う雰囲気は使命感に溢れていた。

 私は感じてしまっていた。勘づいていたのを誤魔化せないぐらいお姉ちゃんの生気オーラが炎の風に包まれている。


『ハヅキはドラゴンソードマスターで。だって君、癒やしのドラゴンアニマルテイマーだろ?』


 風のドラゴンのフーリュンくんに言われた衝撃の事実、そのことが引っかかって気がかりとなっていた。


「弥生、考え事か? 俺との二人きりの時間に他の奴のことを考えているとはずいぶんと余裕じゃないか」

「ええっ、余裕なんかないですよ」


 私はフリード様に抱きしめられていた。

 ぎゅうってきつく……。

 密着したフリード様の胸の鼓動が早い。

 彼から切なそうなため息がして、私も切なさに襲われる。

 私は頬に当たるフリード様の厚い胸板にすっと手を添えた。


「前も言いましたよね、私。これ以上あなたと親しくなって好きになったら離れるのがイヤになってしまいそうなんです。いずれ私は自分の世界に帰るのに、どうしたら良いんですか」

「……そうだよな。悪い、俺がお前を困らせているのか。だが、想いが溢れて戸惑うのはお互い同じだと知って少し気が軽くなった」


 彼の甘さのこもる声の熱に包まれて、私は胸にうずもれてみる。

 溺れていく感覚――、ああ、もうどうしようもないな。

 ――私は! 私はこの人が好きだ。

 止められるわけがない。

 頭の先から足の爪先まで、フリード様への想いでいっぱいに満たされていく。

 彼からの気持ちを受け取って甘く蕩けそうな気分で幸せで、同時に息苦しいぐらい切なさで胸がきゅうっとなって痛かった。

 なのに、かけがえのない気持ちはもう失くせない。この熱を消したくないと願っていた。


 大好きと切ないと、嬉しいと『いずれ訪れる別れの予感に切ない』が混在して。

 きっと離れる日が来て別れたら寂しさと悲しさはとてつもないダメージになると分かってる。

 それでも、本当はとことんフリード様の甘い罠のような愛に溺れてしまいたい。

 


 ――こんな気持ち、生まれて初めてだった。

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